第440話・久遠家の結婚式

Side:久遠一馬


 この日は見事な冬晴れだった。


 吹いている風は冷たいが、青空が見えている。


「お前のそんな顔は初めて見るな」


 朝食を食べて清洲城に来たオレとエルたちだが、エルたちは準備のために別行動となっていて、オレは信秀さんと信長さんたちとのんびりとお茶をしている。


 そう。今日は一月二十一日、オレたちの結婚式の日なんだ。


 落ち着かないといえばそうなんだろう。少しにやにやした信長さんにそこを突っ込まれる。


「私はこんな盛大な式を挙げるような立場ではなかったんですよ」


 昨夜、幼い頃に亡くなった両親の夢を見た。


 亡くなったはずの両親に結婚を報告する夢だ。幼い頃で止まっている両親の姿は若く、よかったなと喜んでくれていたが、ふと夢の中のオレは気付いたんだ。


 すでに両親は亡くなっていることを。これが夢だということを。


 夢の中でもいい。会えたことが嬉しくて夢が醒めないでほしいと願うが、それは意識が覚醒に移ろうとしていた頃なのだろう。


 すぐに夢から醒めてしまった。


 かつて付き合った女性はいたが、オレも若かったこともあり結婚を意識したことはほとんどなかった。仮に結婚するとしても、式はやらないだろうなと漠然と考えていたくらいだ。


 両親がおらず親戚とも交流が途絶えて久しいオレには、元の世界のリアルで結婚式に呼ぶべき人、呼びたいと思える人がいなかった。


 そんなオレがこれほど盛大な結婚式を挙げることに、なんとも落ち着かないのが本音だ。


 結婚式のために島からは二十人ほどの擬装ロボット兵とバイオロイドが来ている。オレやエルたちの血縁者たちの代表ということにして、最低限の人員を用意したんだ。


 主に日本人的な容姿の者だが、数人は外国人に近い容姿の者も用意した。


 尾張は完全にお祭りムードで、ウチの屋敷には今朝から祝いの品を持ってくる人が途絶えることなく続いていた。


 資清さんは那古野の屋敷で、そんな祝いの品を持ってきてくれる人の応対をしてくれている。


 午後には清洲と那古野では、信秀さんと信長さんが振る舞い酒や振る舞い菓子をするというので、織田領の各地から人が集まっている。


 信長さんの時の結婚式で大きな話題となり好評だったことで、今回も配ることにしたようだ。


「そなたの若きが故に至らぬ所よな。形式はそれなりに大切ぞ。皆、喜んでおるであろうが」


 ストーブの放つ熱で暖かい部屋で信秀さんが点ててくれたお茶を飲み一息つくと、信秀さんには苦手なところを指摘されてしまった。


 そうなんだよね。堅苦しいのとか形式が苦手なことを完全に見透かされている。


 信秀さんもこの時代の人としては形にこだわらない人だ。現に茶の湯に関しても侘び寂びという感じではなく、みんなで落ち着いて楽しむモノとなっている。


 狭い茶室とか狭い入り口とか史実の利休が求めたような茶の湯は、尾張ではまったく流行っていない。


 これにはウチも関係するのだろう。抹茶も紅茶もウチでは楽しく飲むのが当たり前なんだよね。その影響が少なからずあるはずだ。


 まあ侘び寂びの文化を否定はしない。ただ、それの推奨者がえげつない商人である堺の顔役かおやくだったり、畿内の権威志向丸出しの貴人だったりするので個人的に関わりたいとは思わない。


 ウチの関与しないところで頑張って残してほしい。


 少し話が逸れたが、必ずしも形式に厳格ではない信秀さんでさえも結婚式は必要だと考えていて今回の結婚式となった。


 まあ政治的にはわからないでもない。信秀さんが猶父としてオレの結婚式を出してくれるということは大きな意味がある。


 織田家も久遠家も大きくなっている。オレと信秀さんや信長さん個人はよくても、家として今後も密接に上手く付き合っていくには苦労がそれなりにあるんだろう。


 とはいえ、未経験の結婚式というのは落ち着かないね。




Side:エル


「エル様、とってもお似合いでございますわ」


 私が紅を塗るのは今回が初めてです。当然、白無垢も初めてですが。白粉は肌の色が違うことも、久遠家の成り立ちの証しということにして、アンドロイドの私たちは遠慮させてもらいました。


 清洲城には織田一族の女衆とその侍女が集まっていて、式の準備と手助けをしてくれています。


 鏡に映る自分がまるで自分ではないような、そんな印象を感じてしまいます。


 千代女さんとお清さんを合わせて百二十二人の花嫁の結婚式は歴史上初でしょう。


 古代のソロモン王はもっと多かったと聞き及びますが、歴史として確実な形に残る結婚式ではこれが最初で最後かもしれません。


 鏡に映る姿を見ながら、ログインされた司令と初めてまみえてからのことをいろいろと思い出してしまいます。


 仮想空間にて生まれた私が、こうして現実世界で白無垢を着て花嫁になるなんて……。


 みんなもいつもより大人しめです。すずとチェリーでさえ今日は借りてきた猫のように大人しくしています。


 風に乗って聞こえてくる町の喧騒も、城の中で慌ただしく働く人々の様子も、なにもかもが夢のように感じます。


 千代女さんとお清さんも無言で支度をしています。


 彼女たちには少し申し訳ないという思いもあります。一世一代の晴れ舞台が、私たちと一緒になってしまったのですから。


 司令は今頃落ち着かない様子で、暇を持て余しているかもしれませんね。


 そういえば司令が以前、学生時代の友人の結婚式に出席した話をされていたことを思い出します。


 出席する分にはいいが、やる側には回りたくないなと話されていましたね。


 おそらくこんな機会でもないと、結婚式などはしない人でしょう。もともと男性はそれほど結婚式にこだわりはないとも聞き及びますし。


 本音を言えば、今回の一件は嬉しかったりします。


 私からは言い出せませんでしたし、もともと私たちが夫婦となったのは、司令のリアル世界の過去とも、私たちの生まれた仮想空間から考えても、異世界とも言える、この時代に来たことによる緊急避難的な意味合いからでしたので。


 結婚は勢いだ。これも司令が以前おっしゃっていましたね。ご結婚をした友人が言っていたそうです。


 勢いのまま夫婦となり式など挙げるタイミングがなかったのが実状でしたから。


「おお、皆、よく似合っておるの」


「ありがとうございます。このような立派な婚礼を出来るなど、思ってもみませんでした」


 準備がほぼ整った頃になると、土田御前様がおいでになられました。


 実は今回の私たちの結婚式は土田御前様の発案なのです。


 以前に私たちに対して、故郷の結婚はどのような形だったのか問われたことがきっかけでしょうか。


 私はその時、庶民ですので宴を開いて祝いましたとだけ言ったのが、きっかけだったのでしょう。


 言い訳として流行り病で司令の父上様・母上様や私たちの両親を始めとして多くが亡くなり、簡素にしたとは言っておきましたが。白無垢での婚礼もないと聞いて驚いていましたから。


「そなたたちは織田の嫁。このまま新しき世の先駆けとなるがよい。女子供が泣くことのない世を願っておるぞ」


「はい。確かに承りました」


 さすがは弾正忠家を中から支えておられるお方。私たちのことをきちんとご理解していらっしゃる様子。


 ただ羨むわけでも嫌うわけでもない。私たちの本質をきちんと見抜いていらっしゃるお方です。


 私は心から深々と頭を下げました。ほかのみんなも同じでしょう。


 人が変わり歴史が変わる。


 今、この瞬間にも私たちは新たな歴史の一ページとなっていると思うと、胸が熱くなるものがあります。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る