第438話・警備兵の現状と結婚前の日常
Side:セレス
火消し隊の創設が決まりました。私はこれを機に警備兵に対して、防火意識の徹底と火事防止の方策をいくつか提案しました。
まず、火を扱う際には周囲に燃える物を置いたりしないことや、水を入れた桶を火の近くに置くことなど、この時代でさえも少し考えればわかる注意点を領民に徹底してもらうように指導すること。違反している場合は、理由を説明して対応してもらう必要もあるでしょう。
この時代は行灯などもあり、火はよく使います。それでも基本中の基本である、それらの策を実行するだけで火事は減るでしょう。
それと町の各所に、消火用に水入りの
将来的には史実の江戸時代にあった、
もっとも、史実の竜吐水は木製でお世辞にも消火の役に立つとは言えず、作る際には改良が必要でしょうが。工業村の職人が、加圧シリンダーと耐圧容器の製造にまで至れば良いのですが。
バケツリレーのほうが簡単で現状では効果があるでしょう。ただ、バケツリレーには領民の協力も必要なので、紙芝居などで周知する必要がありますね。
火事が延焼するのは人口密度の高い都市部であり、清洲・那古野・蟹江では防火の指導や消火訓練に避難訓練なども始めたいです。
先にあげた町はエルが防災を意識した町として町の拡張や建設に関与したので、この時代にしては防災がしやすいのもあり、訓練をすれば火事や地震での死傷者は大きく減らせるでしょう。
考えればわかることでも繰り返し指導や訓練は必要です。元の世界でさえ、防火意識の問題で大きな被害が出た歴史があるのです。
「確かに訓練は必要ですな」
「逃げる訓練までするのは、考えたことがありませぬな」
警備兵の幹部たちの反応は概ね良好です。
警備兵は家柄を重視せずに実力主義です。創設当初から若様の友人たちで始めたためでしょう。
幹部たちも様々です。もっとも、家柄のよい者には教育を受けていた強味があります。
要領のいい者は警備兵でも出世が早いですね。
「それから問題が起きた時に話を聞く際には、必ず複数の警備兵で関係者を一人ずつ詮議すること。証言は一言一句そのまま紙に残して、証言が本当か、証言に矛盾が無いかを確かめることは徹底してください」
ああ、警備兵の本分である治安維持業務でも改革が必要です。
事件の捜査や聞き取りすらいい加減で、最初から犯人を決めつけてかかる者が警備兵の中にさえいるのです。
ほかには事件の関係者は捜査や詮議に加えないなど、細かい決まり事を加えてはいるのですが。
時代の違いからくる価値観の違いでしょう。単純に禁止してもなかなか守られていないこともあります。
例を挙げるならば警備兵への謝礼や便宜を得るために金銭などを渡すことや、受け取ることは禁止していますが、今もなくなっていません。
これに関しては渡すほうも貰うほうも悪気がない典型的な事例でしょう。狼藉者から家族を守ってくれた謝礼に金銭などを渡すのは善意でしかないのですから。
そもそも平等に治安維持をするという概念が、庶民はもとより武家に至るまでほとんどありません。
賄賂に関しても、渡すほうは必ずしも悪気があるのではなく、受け取ってもらえないときちんと詮議してもらえるか不安になることが多いようです。特に被害者と加害者に身分差がある場合は多いようです。このため、謝礼を断り切れなかったという警備兵も多いのです。
特に警備兵は若く身分の高くない者が多いです。経験豊富な商人や寺社の僧、身分がある武家が相手だと、謝礼だと渡されると突き返すのは難しいのが現状のようです。
無論のこと私も、手をこまねいているばかりではありません。
報告や残念ですが密告があった謝礼の金銭などは、回収して返しに行っています。これに関しては警備兵ではなく隠居した武士や馴染みの寺社の僧にお願いしています。
警備兵の仕事は平等に行うので謝礼は受け取れません。相手のメンツを傷つけないように説明して返すには経験豊富な年配者が最適なのです。
ただ長期的には警備兵の信頼度を高めることが必要でしょう。身内の恥を晒すようですが、不正を働いた警備兵はきちんと処罰し、そのことを紙芝居などで知らせることも考えねばなりません。
なかなか難しいものです。
Side:望月千代女
殿に嫁ぐ日が近づいてまいりました。
父上は年明けに甲賀から新たに来た者たちの受け入れと、私の嫁入りの支度で忙しく働いておられます。
ちなみに信濃の本家からは、一応祝いの使者を寄越すようです。殿のお話では『内心で面白くなくとも、この機を
ただ信濃の本家は相変わらず、尾張望月家が望月一族の総領となる気なのではと警戒しているようですが。
ありえませんね。久遠家においてはそんな立場など役に立ちません。
「エル様。これはよろしいのでしょうか?」
久遠家に嫁ぐことが決まり、私はエル様の仕事を手伝うことが増えました。お清殿はケティ様やパメラ様のところで手伝うことが多いのですが、私はこちらが向いているようなのです。
「あら、困ったわね」
今や尾張一の知恵者として
見た目は特に気迫などがあるわけでもなく、失礼ながらそれらしい雰囲気もあまり感じません。
今も若々しくも穏やかな笑みで、私が報告した懸案に思慮を
ただ、大殿でさえ困ったらエル様に相談されておられるのを私は知っています。そして、殿や大殿がお決めになったことが上手くいくようにと、陰ながら手配されておられることも巷では知られていませんが事実です。
もっとも、織田一門衆の方や重臣の方たちはお気付きのようですが。
「エル様ならば天下も差配できるのでは?」
「フフフ、天下の差配とは誰がやっても難しいことですよ。苦労も多く、心も休まらないかもしれません。私は自らそのような苦労を背負うことなど望みませんよ」
嫁ぐことが決まり、私はエル様とはいろいろお話をしました。
久遠家は天下など本気で望んではいないが、荒れ果てた世を変えることは望むと。
太平の世になったら、隠居してのんびり旅をしたりしながら暮らしたいとエル様は語っておられました。
ちなみに、尾張のそこかしこで真似する者が増えた襟巻は、もとはエル様が、外出する際に寒そうにされておられる殿のために、暖かい糸で編んだものがきっかけです。
近頃では織田の若様や市姫様がたまに身に着けておられることで、手ぬぐいなどで真似する者が増えました。
殿もエル様も本来はもっとのんびりと暮らしたいのでしょう。
立身出世は殿方の夢といいますが、私はそんな殿やエル様の飾らない姿に憧れます。
「エル、私たちは津島の市に行ってくるでござる!」
「見回りをしてくるのです!」
「ふたりとも夕食までには帰ってくるのですよ」
そのまま各地からの報告や新たな賦役の概要をまとめていると、すず様とチェリー様がやってこられました。
お二方はよくあちこちに行かれます。
お止めすると抜け出していかれるので、止めるのではなく供を付けることになったほどです。
「お土産を買ってくるでござる」
「千代女も楽しみにしていてほしいのです」
「はい、いってらっしゃいませ」
この日は、ほかにも十名ほどの御方様がたが、津島の市にいくようですね。
騒ぎに巻き込まれなければいいのですが。
そういえば久遠家の皆様が尾張に来て以降、髪飾りや装飾品などが増えましたね。
近頃では工業村にて
今までは装飾品というものは京の都の雲上人ならばともかく、尾張にはなかったそうですが、久遠家の皆様を土田御前様たちが真似たことが理由でしょうか。
明や南蛮では首から装飾品を下げることもあるようで、ネックレスと殿は言っておられましたものも、ちらほらと見られるようになってきました。
エル様は本当によくお似合いです。私は頂いたものを身に着けていますが、似合っているのか不安です。
でも着物を選び装飾品を選ぶのは楽しいのが本音です。
私も久遠家の嫁として御家のために、なにか新しいものを見つけたいですね。
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