天文19年(1550年)
第436話・天文十九年始動
Side:久遠一馬
正月三が日は清洲城に挨拶に行ったり、初詣に行ったり、家中のみんなと宴会をしたりとのんびり過ごしていた。
ここで正月を過ごすのも三回目だ。違和感というかそういうのはなくなりつつある。
今年人気だったのは、メルティが作った絵双六だ。原型というか双六はこの時代にも存在しているが、わかりやすい絵で描かれた娯楽の双六は、まだ存在しない。
宗教が布教目的に使うものはあるらしいが。
メルティの双六は木版印刷で、絵もわかりやすいものにした。今後売り出せるだろう。ただ、この時代は紙が高価なんだよね。尾張土産に商人とかなら買えるかなとは思う。サイコロや駒は山の村に頼もうと思う。これもちょっとした稼ぎになるだろう。
三が日を過ぎると休めなかった人を交代で休ませつつ、徐々に日常にもどっていく。
オレたちの結婚式は一月二十一日となった。本当はもっと早く予定していたが、織田家が全面的に仕切って行うことで日程が調整された結果だ。
正月明けの吉日を選んだ結果、二十一日になったんだ。
年が明けてオレたちが最初に取り組んだのは、警備兵の改革だった。
現状で警備兵は治安警察でありながら職業軍人と化している。少し仕事の範囲が広がり過ぎてきているのが、専門職を育てる障害になっている。
それが必ずしも悪いわけではないが、今後を考慮するとより専門性を重視した細分化が必要になると考えているんだ。
第一弾として火消し隊を警備兵とは別組織として新たに創設することにした。ただ、火消し隊をいきなり創設しても人員を確保できないので、しばらくは警備兵が兼任する形になるだろう。火消し隊は、清洲と那古野、蟹江に先行配備する。細分化は今後も進めて、警備兵は将来的には治安警察に専業化する方向で考えている。
治安維持は戦の有無に関わらず常に必要であり、今後を考慮すると特に重要課題となる。
現状では直轄領と津島と那古野などの一部にしか配備してない警備兵に、領内全域での治安維持に関する権限を与えることを目指すが、それには各地の国人衆や寺社の許可なり同意なりがいる。特に寺領には守護使不入があるからね。慎重にいかないと。
まあ、不満は持っても謀叛を起こすほどの反発はないだろうとみているが。
「ふむ、いいのではないか。ただし、国人や寺社の許可も同意も要らん。評定で決めて命じる」
正月気分もそろそろ終わる頃、警備兵の改革案を信秀さんに報告したが、国人衆や寺社に対しては許可や同意を取る形から、命令する形に変更することになりそうだ。
「よろしいのですか?」
「命じて反発したところは個別に対処すればいい。食い扶持を奪うわけではないのだ。この程度のことで騒ぐくらいなら織田には要らぬ。守護使不入があれだけ悪用されたのだ。問答無用で立ち入る権限を与える」
警備兵の改革案は信秀さんに大筋で認められた。
エルたちと相談して根回しと説明は丁寧にするべきだと考えていたが、信秀さんはそこまでは不要だと考えたようだ。
この程度と語るのはオレたちに慣れたからだろうなぁ。織田家が強くなったこともあるんだろうけど。
「警備奉行はセレスとする。使えそうな者を幾人か下に付ければ問題はなかろう」
そして指揮命令権があやふやだった指揮官についても、正式に役職を設けることにした。
今まではウチで運用していたが、活動範囲を広げることをきっかけに正式に織田家の役職として組織化することになった。以前から、重要拠点にウチが兵力を常時展開していることに対する懸念があったしね。
トップは悩んだ挙句、信秀さんに決めてもらうことにしたんだが、信秀さんは迷うことなくセレスの名を挙げた。
ジュリアが剣術指南役として武芸とその指導に傾倒している分、警備兵の組織としての運用はセレスがしていたからなぁ。
将来的なことを考えれば、指揮官の立場は信秀さん直属の部下とすることでいいと思う。
信秀さんとの話も終わって、エルと二人でお市ちゃんのところに会いに行く。
「かじゅま、えるー!」
今日のお市ちゃんは腹違いの姉妹の子たちと一緒に、ロボとブランカと動物たちのぬいぐるみで遊んでいた。
おままごとだろうか? 聞いてもよくわからない遊びをしていることがある。
エルはお市ちゃんたちと一緒にぬいぐるみで遊び始めた。
ウチではリリーが孤児院に常駐しているが、エルも子供は好きな方だろう。
というか子供以上にオレが危なっかしくて、目が離せないとか思われてないよね?
「はい、かじゅまはくまさんね」
ああ、オレはくまさんなんだ。お市ちゃんに熊のぬいぐるみを渡されたが、なにをすればいいんだ?
「みんなで、わるいおぼうさんをやっつけにいくの!」
オレにぬいぐるみを渡したお市ちゃんの言葉に、思わず吹き出してしまった。お市ちゃんたち、なんて物騒な遊びをしているんだ。
「先日、『本證寺の
乳母さんが少し苦笑いを浮かべながら説明してくれるが、原因はオレたちか。
本證寺の一件の顛末は、紙芝居やかわら版で盛大に広めている。
各地から集まる商人や旅の僧は当然として、領内にも徹底的に知らせているんだ。
清洲城内でやったとは聞いてないが、孤児院とか学校では何度も紙芝居をしたから知っていても不思議ではないけどね。
ちなみに乳母さんたちもぬいぐるみを持っていて、参加させられている。
「土田御前様に怒られないかな?」
ちょっと女の子らしくない遊びだよね? あとで怒られそう。
エルも乳母さんたちもさすがに返答に困ったのか、曖昧な笑みを浮かべたまま、お市ちゃんたちのぬいぐるみで戦ごっこは続く。
最後は悪いお坊さんをやっつけたところで終わった。教育の影響って凄いな。
しかし、こうしてお市ちゃんたちを見ていると、オレももうすぐ結婚するんだなと改めて考えさせられる。
無論エルたちとは夫婦として、この二年半一緒に過ごしてきた。だけど、ギャラクシー・オブ・プラネット時代からの延長線上との認識があったことも事実だ。
しかも、お清ちゃんと千代女さんを妻として迎えるのだ。今までとは明らかに違う。
人間だとかアンドロイドだとか言うつもりはないが、この時代で切っても切れない縁が繋がるのかなと思うと、少し責任も感じる。
そういえば、望月さんの弟が先日亡くなったそうだ。
心の臓の発作だったという。知らせが届いたのは年が明けてからだが、そして亡弟のまだ幼い息子が新たな当主となり甲賀望月家を継いだとのこと。
その知らせと共に、甲賀からは望月家の新たな移住者がやってきた。
残った人もそれなりにいたようで、やはり田畑など土地を持ち、比較的食べられる人は残ったようだ。
甲賀望月家の領地では平均年齢があがったようだが、他領にいる血縁者や遠縁の者が、空いた田畑などを目当てに甲賀望月領にやってくるようなので、甲賀望月家としてはそれほど困るわけではないらしい。
ちなみに、望月さんは弟さんの死を聞いても悲しみは見せなかった。
オレが残念だと一言告げると、『自ら選んだことゆえ』と答えて終わりだった。
親子兄弟で敵味方に分かれて戦う。
あの弟さんがそこまで考えていたとは思わないが、厳しい時代だなと改めて思うね。
「おまんじゅうだ!」
オレが少し考え込んでいる間、エルは絵本の読み聞かせをしていたが、そろそろおやつの時間なのだろう。
乳母さんたちがおやつにと持ってきたまんじゅうを、オレたちも頂くことになりみんなで食べることになる。
「おいちいね」
「そうですね。私も好物ですよ」
中身は甘いあんこだ。これは城の料理人が作ったものだろうな。
ふんわりとした皮に程よい甘さのあんこが美味しい。
お市ちゃんとエルは互いに笑顔を見せてまんじゅうを頬張っている。
うんうん。清洲城の食生活も良くなっているな。その分、食べすぎとか注意しているけどね。いい傾向だと思う。
このまま少しずつ食生活の改善が世の中に広まっていくように頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます