第435話・早すぎる結末と大晦日
Side:蒲生定秀
「出雲守殿、悪いことは言わん。兄と和解されよ」
今年もあと数日というこの日、わしは望月出雲守を名乗る甲賀望月家の当主を甲賀に近いとある寺に呼び出した。
用件は尾張に行った望月一族と和解をさせるためだ。
この男は家督を継いでから出雲守を称しておって、兄弟で同じ官位名を私称しておる。出雲守の僭称は甲賀望月家当主が代々称しておっただけにおかしくはないが、この男は兄への
なんとも愚かなことだ。
「下野守殿。突然呼び出して、それはいくら下野守殿でも口が過ぎると言うものではござらんか」
「貴殿は六角家が置かれた状況を理解しておるのか?」
「無論、理解しておりますとも。公方様も管領様も力を失い近江におります。今や御屋形様が天下の差配をするべき時」
乱暴な真似をしたくない故にわざわざ出向いたことに何故気付かぬ。天下を差配するだと? 所詮は素破か。天下を軽々しく差配すると語るとは。
兄の出雲守殿は優れた男であった。特に新参の久遠に自ら飛び込む決断の強さは見習いたいくらいだ。この弟は置いていかれたわけだな。
「臣下の身で天下など軽々しく語るものではない。それにだ、京の都を押さえておる三好は強敵だ。その強敵と戦う時に東に
京の都を押さえたくらいで天下は奪えん。同時に公方がおるくらいで天下を差配するなどできん。
これから三好と対峙せねばならぬ時に、何故無用な敵を増やしかねんことをするのだ。
「……わしでは力不足だと言いたいのか?」
「そうではない。一家の主たる者は気に入らぬ相手とも、利があれば笑って付き合うくらいのことが必要だということだ。兄を上手く乗せて利用してやればいいのだ。今は織田との
顔色が一気に変わった。明らかに気に入らぬと、
兄の出雲守殿は甲賀の家と絶縁すると言うておるようで、甲賀の者で尾張に行きたい者は支度金を払ってでも受け入れるようだ。
御屋形様にはご報告したが、出ていきたい者は好きにさせろと言うておられた。このままでは恥をかいて居場所がなくなることを憐れんできてやったものを。
「わからぬのならはっきり言おうか? 御屋形様は織田との良好な関係を望んでおられる。
駄目だな。この男は消すしかない。
ここまで言わねばわからぬのでは、必ずまた問題を起こす。
「わっ…、そ、某に隠居しろと?」
「ああ、望月家のため。六角家のためだ」
この場で反発するほどは愚かではないか。だがこの男が六角家の中で反織田として動けば、美濃から逃げてきた土岐家縁者が騒ぎ出すかもしれん。
それが公方様の側近の耳にでも入れば面倒なことになる。あ奴らは六角家のことなど考えはせぬ。今度は美濃を理由に織田を叩くと言い出すか、それとも三好を叩くために巻き込むとでも言い出しかねん。
「殿……」
「望月家の者に伝えよ。尾張行きは構わぬが、禍根は残さぬようにせよとな」
「はっ」
不満気な弟の出雲守は、考えさせてほしいとだけ口にして帰っていった。
だが遅い。もう考えておる時ではないのだ。
甲賀望月家の
尾張行きも一切問題視せぬ。出ていきたい者は好きにすればいい。その代わり早よう事を収めて、尾張望月と久遠の婚儀を祝ってやることが必要なのだ。
織田も尾張の望月家もこれで矛を収めるだろう。
これほど簡単で皆が納得する落着はあるまい。
Side:久遠一馬
大晦日になった。
今年はいろいろあったなと、しみじみと思う。
石舟斎さんとか一部の人はすでに故郷に里帰りした。もちろんお土産は持たせてあげたよ。
ただ、甲賀出身者はあまり里帰りをしなかった。
望月家に至っては甲賀望月家とは絶縁すると報告があったくらいだ。望月さんは申し訳なさげだったが、オレとしては特に言うべきことはなかった。
散々悩んだ結果だろうし、もうどうしようもないのは虫型偵察機などの情報の精査報告もあって知っている。
まあ六角家が動いてじきに解決するだろう。
ほかの甲賀衆が帰省しない理由は、一家や一族で尾張に来ているからだと思う。この時代は帰省も楽じゃない。
各地には関所があったりして旅費が高いし、危険も多い。それに引き換え、尾張に残れば楽しい年末年始が送れる。
忍び衆はさすがに人数が増えたので、今年は餅米の状態で支給した人たちも多かった。那古野や津島に熱田など各地にある忍び衆の長屋などでは、仲間やその家族たちと一緒に餅つきをしていたとの報告が来ている。
あと餅つきをした牧場村は元より、工業村や農業試験村や山の村でも、餅やお酒におせち料理の食材を手配した。
正月くらいはみんなゆっくりしてほしい。
外はすっかり日が暮れている。
今日はエルたちと水入らずで過ごしていて、夕方からは宴会をしていた。
尾張の三つの屋敷に病院と学校では最低限の警備以外はみんな家に帰した。
今年もリリーと数人は孤児院に、もしくは病院の当直に行っていていないが、あとはみんな那古野の屋敷に滞在している。
さっきからはアンドロイドのみんなが歌合戦をしている。ジュリアとか数人が楽器で演奏して志願者が歌って残りのみんなで評価する。
元の世界の紅白歌合戦のようなものだ。
えっ、なんの歌かって? 元の世界にあったいろんな歌だよ。どうせ歌までは歴史に残らないから大丈夫だって。
「これ、美味しいね」
オレは料理を食べながら見て審査するだけだ。参加はしないよ。得意じゃないからね。
「ありがとうございます。数日前から煮込んでいたんですよ」
今日は大晦日ということもあり御馳走で、エルが久々にビーフシチューを作ってくれた。
何日も煮込んだ自信作のようで、肉や野菜の旨味がスープに完全に溶け込んでいて美味しい。
これは煮込んだ肉と野菜とは違う肉と野菜を更に入れたな。適度な歯ごたえを残しつつ、ビーフシチューの味が素材に染みていて美味しい。
オレがお代わりするのを見てエルが本当に嬉しそうに笑った。
この時代は牛肉が貴重だからなぁ。牧場でも肉牛は育ててはいない。今回は宇宙や島からみんなが来るときに、一緒に船で運んだんだ。
現在は以前運んできた乳牛やアラブ馬を増やすことと、日本の在来馬の良種を増やすことをしていて、とても肉牛を育てる余裕がない。
そろそろ第二牧場を考える時かもしれないね。
「さあ、エルも飲んで」
「はい、いただきます」
ジュリアのリュートに合わせるように、シンディのバイオリンの音が聞こえる。生の伴奏での歌なんて元の世界だと、基本でありながら贅沢で廃れた文化なんだよね。
目を閉じると戦国時代に来たということを忘れそうになる。
オレはとなりのエルのグラスにお酒を注ぐと、普段はあまり飲まないエルがコクリとお酒を飲む。その姿はなんとも新鮮で色っぽい感じだ。
「エルだけなの?」
ただ、オレは油断していた。
エルの姿に思わず見惚れてしまい、この場にはみんながいることを一瞬忘れていたんだ。
ケティの少し冷たい言葉に我に返ると、周りにみんなが集まっていて自分にもお酒を注いでくれるんだよねと待っている。
「もちろんみんなにも注ぐよ。ケティも飲んで」
思わずエルを見ると、少し誤魔化すように笑っている。
アンドロイドのみんなは仲がいいが、それでも競うことや意見を対立させることもある。
「一番独占欲が強いのエルなのよねぇ」
「一番大人であり、一番子供でもあるわ」
ジュリアとメルティはそんなエルを独自に分析すると、周りのみんながうんうんと頷いている。
ここはオレが頑張らないと駄目だな。
みんながもっと楽しめるようにお酒を注いで盛り上げていかないと。
よし、ロボ、ブランカ、お前たちの出番だ。……って、あれ? ロボ? ブランカ?
あいつら、たらふく食べて早くも寝ちゃったよ。
うん。援軍はなしか。
いいだろう。とことん付き合ってやろうじゃないか!
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