第434話・近江の苦労人と男たちの年末

Side:六角定頼


「はぁ……」


 思わず溜め息がこぼれるわ。久遠とのせっかくの繋がりを何故潰すようなことをするのだ。


 織田が三河の一向衆を殲滅して東の脅威が減った矢先に、尾張に行った兄を妬みいさかいを起こすなどなにが不満なのだ?


「尾張に行った出雲守殿は、甲賀の領地を気遣い、少なくない援助までしておった様子。ただ、本人は『院政を敷かれておる』と思っておるようでして……」


 望月家が騒がしいというので密かに蒲生藤十郎に調べさせたが、あまりにも馬鹿げた話に真偽を疑いたくなったわ。


 出雲守もいい迷惑であろう。甲賀の領地に手綱たづなを残したい思惑はあったのかもしれんが、尾張では織田が猶子にした久遠一馬とやらの側近として活躍しておるのだ。今更、甲賀に戻る気などあるまい。


 むしろ、甲賀望月家には我が六角家との橋渡し役を期待しておったであろうに。


「さっさと隠居させろ。誰ぞ、代わりはおるであろう?」


「ですが、家中には奴から贈り物などを受け取り、奴を支持しておる者もおります。氏素性の怪しい南蛮崩れなどに仕えたなどと騒いで、尾張の出雲守殿を誹謗ひぼうしておるようで……」


「その贈り物の銭は尾張が援助したものであろう?」


 奴が家中の者から一定の評価をされておるのか。わしが隠居させたら角が立つな。


 だが、奴が尾張と揉めてまで支持するのか? 適当に話を合わせて、贈り物をせしめておるだけであろう。


「それともうひとつ。尾張の出雲守殿の娘が久遠殿に嫁ぐとのこと。しかも、久遠殿の奥方たちと共に織田家が盛大な婚礼の儀を挙げてやるとの話が……」


「まことか!? 奴はそれを知っておるのか!?」


「はっ、いかにもその件でも揉めておったようでございます。己の許可なく氏素性の怪しい男に嫁に出すなど認めんと」


 信じられん。せっかく織田と縁続きになる機会をあの愚か者は捨てる気か?


 織田が認めるならば、わしの養女として嫁がせても構わんほどだぞ。


 あ奴は、駄目だな。


「藤十郎。尾張の出雲守がいかがする気か調べろ。もし織田との縁が切れるのならば……、奴を消せ。後釜は望月家が納得するなら誰でもいい。わしは望月家に手を出す気はない。ただ、久遠は素破を多く抱えておる。久遠や尾張の出雲守に気づかれるようならば、じかに話を聞いてこい。織田との縁だけは絶対に切らすな」


「御意」


 あまり使いたくない手だ。だが、このまま放置するわけにはいかん。我が六角が奴ごときの自負の為に、東の局面を乱されてなるものか!


 東に大きな脅威はない。北の朝倉か西の三好か。いずれにしても、今の六角にとっては織田との争いなど迷惑でしかない。


 些細な諍いと侮るわけにはいかぬ。それが戦乱を混迷させておるのだ。


 せっかく京の都に戻してやった公方がまた戻ってきて、ただでさえ厄介な時期なのだ。これ以上の厄介事は要らぬわ。




Side:久遠一馬


 今年も残り僅かだ。年末だが結婚式の準備は進んでいる。


 当初は、ウチの屋敷で家臣のみんなと身内だけで程々にやろうとしたが、あれよあれよと言う間に話が大きくなっている。


 しかも、いつの間にか信秀さんが結婚式を主催してくれるという形にすり替わっていたのは驚きだ。


 エルたちとは身内で簡単に式を済ませたかったのに。今回は白無垢を着せてやりたいと周りに説明したのが全ての始まりだった。


 それが、いつしか武家として結婚式をきちんと挙げさせるという話になったのは、信秀さんが今後を見据えたからでもあるんだろうけど。


 織田と久遠の関係をきちんと内外に示す。まあ現状では問題は起きてないが、絶対なんて有り得ないのは考えるまでもない。


 もっと先を見据えた判断なんだろう。


 今日は那古野の屋敷で炬燵こたつに入ってのんびりしていて、オレの横には体の半分を炬燵に入れたロボとブランカが左右に揃って寝ている。


 対面には信長さんが、左右には慶次と勝三郎さんが座っている。暇なんで四人でトランプをしているんだ。


 珍しく男だけなのは、オレの奥さんであるエルたち全員とお清ちゃんと千代女さんの計百二十二名が、清洲城にて白無垢の試着をしているからだ。この時代の日本人とは体形が違うし、着るものは全てオーダーメイドが基本の時代だからね。


「皆様嬉しそうで、なによりでございますな」


「やっぱりそう見える?」


 ふと口を開いた慶次は、ここにいないエルたちの最近の様子に言及した。


 エルは自分たちの結婚式は不要だと言っていたが、はたから見たら嬉しそうなのか。モテる男である慶次は女心も理解する本物のリア充だからな。


 きっと、いつの時代でも、どんな立場でもモテるんだろうな。


「もちろんでございますよ」


「親父ばかりか母上まで妙に張り切っておるからな。オレの時と同じ規模になるぞ」


 そうそう、この結婚式で妙に張り切っているのが信秀さんと土田御前だ。


 信長さんの結婚式で女衆を集めた宴を開いたが、土田御前は同じことを今回もするつもりらしく仕切っているとのこと。信長さんも少し困惑しているほどだ。元の世界でも男性が仕切っていた結婚式が『花嫁さんが主役、女性が仕切る』に変わっていったが、その前例になってしまうんだろか?


「家臣なんですから、質素でいいのですが……」


「もはやオレにも止められん。諦めろ」


 信長さんはオレがあまり派手な結婚式にしたくない気持ちを理解してくれているから多少の援護はしてくれたが、両親が共に張り切っている状況では信長さんでも止められないようだ。


「でも若、さすがに若の婚儀よりは質素にするべきでは?」


「オレは盛大にやるのは賛成だ。婚儀の規模くらいで取って代われるなら、かずが織田を従えればいい」


 勝三郎さんは信長さんの心情を思って信長さんの結婚式と比較するが、実は信長さんもあまり気にしてはいないのだ。


 似た者親子なんだろうか?


「またまた、そういうことを言われると困りますって。嫌ですよ。私はこれ以上の責任は要りません」


「たとえ話だ。やれ身分だ、やれ過去の慣例だと、不要な仕来たりにはうんざりだからな」


 ただね。このメンバーならいいが、信秀さんの後継者として疑われるような冗談は控えてほしい。世の中には冗談が通じない人もいるんだ。


 実は、国を治めるのに古き権威がほとんど役に立たないと知った信秀さんとか信長さんは、過去の慣例とかを無視し始めてきているんだ。


 もちろん、朝廷の権威とかまでは否定はしていない。ただ日頃の所作とか、武士としての在り方とか、細かいことは自分の好きなようにすればよいとの考えらしい。


 オレのせいだよなぁ。史実の織田信長は幕府や朝廷の価値と権威をそれなりに認めていた。


 実際、現状でも畿内では幕府の権威は大きいし、地方でも多少の権威はある。


 ただ、織田領や周辺に限ると、権威なんて逆に発展の邪魔になっている。


 そもそも、歴史も経済も技術も先進地としての畿内に代わる地域がこの時代には存在しないんだ。関東が発展するのは、史実では江戸に幕府が出来てから二百七十年の時をかけて発展させたからなんだ。そして西国もいいところまで行くけど、多分まもなく自壊する。でも、この世界では、尾張が畿内にとって代わる地域になり始めている。


 信長さんは以前から権威やしきたりなど気にしないとこがあったけど。信秀さんも三河の一揆の時の本證寺の酷さでいろいろ悟ったみたいだ。


 今回の結婚式も、織田と久遠を一体化する思惑もあるんだろう。


「くーん」


「くんくん」


 ああ、ロボとブランカが起きちゃった。


 トランプしているのに、遊んで遊んでとオレの膝の上に乗って甘えてくる。


 それにしても結婚かぁ。


 正直リアルに結婚を考えて計画したことは元の世界では一度もない。


 時代が違うと言えばそうなんだろうが、結婚の必要性がこの時代と元の世界ではまったく違うからね。


 この時代で結婚しないのは宗教的に出家したとか以外は、変人以外ありえない。


 そもそも衆道だって当たり前の時代だ。


「よしよし」


 ロボとブランカの勢いに負けて、一旦トランプから抜けてブラッシングでもしてやることにした。負けが込んでいたわけじゃないよ。本当だよ。


 親戚が増えて親戚付き合いが増えるとか、本当はあんまり好きじゃないんだよね。よく知らない親戚、訳の分からない付き合い、誰だって面倒な筈だろうに……。


 ただ、この時代の社会を生きていく上では、それも必要なことなのはわかっている。


 まあ、なんとかなるよね。きっと。


 ロボとブランカの子もそのうち生まれるかもしれない。それが生命というモノなんだろう。


 早く平和な時代が来るといいなぁ。




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