第433話・運命の分かれ道と大掃除

Side:望月千代女


 年明けには殿に嫁ぐことが決まり幾日。


 久遠家の家中の皆様を始めとして、多くの皆様がよかったと言ってくれております。ただ……。


「叔父上はなにを考えているのでしょう?」


「尾張望月家は、甲賀望月家の下だと言いたいのであろう」


 素直に祝福していただけないのは甲賀に残った叔父上です。もともと兄である父上の言うことをよく聞く目立たない叔父上でした。


 それが婚礼の知らせを出したら、氏素性の怪しい男に嫁ぐなど望月家の恥だとの文が届きました。


 父上は呆れてしまい、ならば婚礼に来なくてもよいと返信したそうです。


「あのたわけが。お前には戻ってきて六角家の家中に嫁げと文を寄越したからな」


 少し前から叔父上は、父上や祖父の代とまったく違うことを始めました。一族への締め付けと六角家へのあからさまな阿諛あゆ追従ついしょうです。


 尾張への移住を禁じて、尾張の者を戻すように命じたとか。父上が甲賀の家に援助している銭も六角家や重臣方への贈り物に使うなど、ことごとく一族の意志とは違うものです。


 父上はこれを機会に甲賀への援助を止めるつもりのようです。多くの者が尾張に来てしまい、援助をしなければ立ち行かぬと、父上が殿や大殿に当家と甲賀の家の恥をしのんで懇願こんがん申し上げて、許可を頂いたのに、その苦労も立場も理解してない様子。


「残された者が困るでしょうに……」


「向こうの者も愛想を尽かしてこちらに来たいそうだ。殿と大殿にご相談申し上げて受け入れたい。以後は絶縁しても構わぬと思うておる」


 甲賀では当主の交代も考えたようですが、六角家にあからさまな追従ついしょうをする姿勢の叔父上は六角家の家中の方々には評判も悪くないようで難しいようです。ただ、甲賀望月の家が、管領代様や重臣方のお気持ちを動かす程、目を掛けていただいた事も無ければ、力を付けたとも思えません。


 叔父上は面白くなかったのでしょう。当主となってもなにひとつ自身の思い通りにならぬ現状が。


 父上は甲賀のために銭を送っていましたが、叔父上には父上が銭で甲賀の家にかせを残そうとしているように見えたのかもしれません。


 それに久遠家では甲賀衆が働きに来ると、父上が世話をして仕事を与えております。そのせいもあって、甲賀での父上の評判は大層いいようです。それに引き換え、叔父上の評判は芳しくなく。


 尾張に行きたいという話や、父上に戻ってきてほしいという陰口が絶えなかったと聞きます。


「そなたの輿入れが決まりちょうどよい。久遠家にも織田家にもご迷惑はかけられぬ。甲賀とは縁を切る」


「大丈夫なのですか? 六角家がこの件で騒げば……」


「騒がぬよ。少なくとも六角の管領代様はな。甲賀望月家程度の問題で今の織田と揉めるなどあり得ぬ」


 我慢の限界というべきでしょうか。それとも、愛想を尽かしたということなのでしょうか。父上は実の弟と縁を切る覚悟を決めたようです。


 叔父上は六角家のほうが織田より格が上だと見ているのでしょう。六角家の中で立身出世することで、父上を超えようとしたというのが内実でしょうか。


 こうして人は別れていくのでしょうね。




Side:久遠一馬


 今日は学校と病院の大掃除だ。


 日頃は任せっきりだが、こんな日はきちんと参加することにしている。


 参加者は信長さんを筆頭に、学校の生徒や病院の元患者やその家族、付近の住民などがたくさん来てくれた。


「かず、これも外に出すぞ」


 オレは先ほどから病室のベッドを信長さんと一緒に運んで、部屋から出す作業をしている。


 こういう時には、ほんとに率先して働く人だよな。信長さんって。


 ほかの上級武士なんかの子弟は、こんなことは下人にやらせろよと言いたげだが、信長さんがやっているせいか、誰も文句を付けられないらしい。


 実際、伊勢守家の信賢君とかは面倒くさそうにしていて、率先して働く信長さんに見られて焦っていた。


 弟の信家君は割と素直だ。要領もいいようで、あまり重労働でない掃除をほどほどに手伝っている。


 信長さん自身は、当たり前に見られることを好まない傾向にある。周りが嫌がる掃除なんかを逆に積極的にやっている理由も、周りがやらないからかもしれない。


 まあ、領民とこうして掃除を一緒にする意味を信長さんは理解もしている。領民も馬鹿じゃないんだ。誰が率先してやっているかよく見ている。


 単なるパフォーマンスといえば、その通りだろう。ただ、それをやるのとやらないのでは天と地ほど違う。


「竹千代。あまり無理をしてはいけませんよ」


「はい! 母上!」


 ああ、真面目なのは竹千代君だ。織田家での彼の評判はいい。


 今日は母親の於大の方と一緒に来てくれて、床の雑巾がけから掃除を頑張っている。


 史実では人間不信だったなんて言われるが、この世界では変わるかもしれない。口には出さないが、三河の戦で親父さんの広忠さんが生き残ったことも嬉しいんだろうな。


「かず、いかがした?」


「いえ、皆さん変わったなと。立場や身分が違うのに、こうして一緒にきよめやはらえをする。簡単に出来そうですが、実の所はかなり難しいことをしているんですよね」


 竹千代君を見ながら史実のことを考えていたら、信長さんがオレを見ていた。


 史実との違いは、オレとエルたちしか知らないことだ。信長さんに教えたら、どんな反応をするのか見てみたい気もするね。


「お前たちが変えたのであろうが」


「それは間違いではありませんが、それを選び、おこないとしたのは若様や大殿を始めとする尾張の皆さんですよ。私たちはきっかけを作ったに過ぎません」


「変わることを恐れるのではなく、喜びにしたお前たちの功だろ」


 変わることを喜びにしたか。信長さん、上手いことを言うなぁ。


 やはり天下を治めるだけの器がある人はものの見方が凄い。この限られた情報しか入らない時代で、それに気づくなんて。




「皆さん、お昼ですよ!」


 その後も掃除をしているとお昼になった。お昼は白米のおにぎりと具だくさんの味噌汁だ。


 調理はエルたちが女衆を集めてやったようだ。中身は梅干しだね。酸っぱいが美味しい。梅干しもこの時代だと、そこそこ高級品なんだよね。


 今日は、ウチが掃除に来た皆さんにごちそうしているんで出せるけど。


「そういえば病院を増やす話はいかがなった?」


「三河安祥と美濃大垣に診療所を作るつもりです。そろそろ簡単な処置は出来る人も出てきましたので」


 オレは病院の待合室で信長さんとケティとパメラと昼食にしていたが、信長さんに現在計画中の病院の派出診療所を作る話を質問された。


 病院に関しては直轄領の病人は関所の無料化など、すでに一部は試験的に実施している。


 何分初めての試みなので、これも試験的に導入して問題点の洗い出しが必要になる。


 ただ、他にも尾張以外の三河と美濃の領民への対策として、診療所を美濃の大垣と三河の安祥に作ることを計画している。


 そこには望月家の医師などを中心に派遣して、定期的に那古野の病院と人員を交代させつつ衛生指導や簡単な医療活動をする予定だ。


 元の世界だと一年程度の勉強で医師として活動するなんてとんでもないと思うが、衛生観念もないこの時代だと医師として最低限の医療活動は可能だ。ただ、重症患者への処置は診療所の医師では多分出来ないので、那古野に送ってもらう予定だ。間に合うことを祈るのみだけど。


 無論、医術の勉強は続けてもらうので、交代での実地研修の勉強を兼ねての診療所だ。


 関東の地震の際に望月家の医師を派遣したが大層評判がよかったし、任せられると判断したんだ。


「領民が医師に診てもらえる仕組みを作る意味に、いったいいかほどの者が気付くか」


「あんまり早く気付かれると困るんですけどねぇ」


 領民にはお金がなくても診てもらえる病院の意味に、まだ多くの人は気づいていない。


 信長さんはもちろん説明したから知っているが、尾張の武家や寺社ですら真意は気付いていないだろう。


 そもそも、元の世界の価値観で新しい社会の構築を目指しているなんて知るはずもないから当然だけどね。


 人が人を治めるという難しい歴史への挑戦であり、医療技術が事実上、寺社の独占技術であることから、そこと分離する長い道のりの始まりでもある。


「気付くのは無理だと思う」


「そうだね。私たちの人気取りだと考えるのが精いっぱいじゃない?」


 寺社の既得権との戦いの一端であることに気付かれたくないと心配になるが、ケティとパメラには気付くのは無理だとあっさりと指摘された。


 酷い人だとオレたちの道楽だと思っている人もいるからね。新参者が人気取りをしているとみれば、多少は頭が回る人なんだろう。実際、武芸大会に資金を提供した商人たちは売り上げが増えているからね。元の世界で言えば、社会貢献活動での企業のイメージアップ作戦というところか。


 まあ、周りがどうであれ、オレたちは一歩一歩進むしかないということか。



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