第432話・斯波家の未来と年末準備

Side:久遠一馬


 炬燵こたつと火鉢が手放せない季節になったなぁ。


 清洲城と清洲の町は史実より拡張されていて、今も工事が進んでいる。来年には完成するかな? 木材なんかは再利用出来るものは再利用している。


 清洲城内では、守護様の新しい館が完成した。


 いかに実権がないとはいえ、守護であることに代わりはない。以前よりも住みやすくなっているし、この時代では高価な畳や障子を大量に使っている。ふすまは襖絵をどうするのか思案中らしく、今は板戸が入っている。


 それと椅子とテーブルを置いた部屋も新たに設けた。その部屋は守護である斯波義統さんのリクエストでメルティの絵画も飾られていて南蛮風の部屋となっている。


 同じ清洲城でも信秀さんの館にはすでに椅子とテーブルがあるんだ。それを見た義統さんが欲しいと語ったらしい。


 そこでオレからのお祝いとして、ペルシャ絨毯を贈った。信秀さんには贈ってない。これはちょっと訳有りで、ペルシャは漢名が『波斯』なんだ。訳を説明すると、義統さんは面白がって、信秀さんは『ペルシャ物は守護様の下賜品に致すのが無難であろう』となった。


「時計塔と天守と言ったか。完成が楽しみじゃな、弾正忠よ」


 今日はそんな義統さん主催の茶会が行われていて、オレとエルとメルティが呼ばれて来ている。当然、信秀さんや信長さんもいるよ。


 新しい館のお礼の茶会らしい。


 茶を点てているのは義統さん本人だ。すでに完成予想図はみんな見ており、この時代には存在しない天守を義統さんも楽しみにしているようだ。


「はっ、完成すれば諸国にはないものになりましょう」


 清洲城はエルの基本構想に、信秀さんや信長さんの意見が入ったこの時代としては異質なものになっている。


 防衛という観点で、鉄砲対策や鉄砲や大砲での反撃も考慮しているし、天守と時計塔のように織田の力を見せる城でもある。


 信秀さんも自信ありげに笑みを浮かべているね。


「それにしても、あの今川がそなたに対抗しようと躍起やっきになっておる姿は、見ておって面白きよの。かつては見下しておったわしのところにまで挨拶に来たのだ。よほど焦っておるとみえる」


 部屋は達磨ストーブで暖められている。この時代としては贅沢な暖房だろう。


 そんな暖かい部屋で義統さんはご機嫌なのか、先日の三河に関する話を口にした。対本證寺の共闘と事実上の停戦合意に際して、今川からは義統さんにも使者が来ていた。


 挨拶は当然と言えば当然だけど、織田家と斯波家の関係に探りでも入れに来たんだろうね。


「東の最大の懸案は片付きました。西三河は遠くないうちに落ちるでしょう」


「そういえば、吉良家からも文が来ておるぞ。思うたより早よう戦が終わって向こうも焦っておるのであろう」


「さて、いかがしましょうか」


 西三河はいろいろ不安定ではあるが。信秀さんの言う通り、最大の懸案は片付いた。本願寺がどう出ても以前ほどの脅威はないだろう。


 ただ、西三河はすでに本證寺無きあとを見越して諸勢力が動いている。


 松平宗家を筆頭に有力な国人衆や吉良家などもそうだ。吉良家は、この時代だと東条吉良家と西条吉良家に分裂しているが、争いは収まりつつあり反今川の立場から織田寄りだ。


 信秀さんのところにも文が来ていたが、義統さんのところにも来ていたのか。


 吉良家はなぁ。親織田だけど、大人しく織田に臣従する気配もない。三河を平定したらそれもありえるかもしれないが、現状では居てもいなくてもあまり変わらないと言えば失礼になるだろうか。


「そういえば、実は一つ相談があってな。わが子、岩竜丸のことだ。よければ学校に行かせたいと思っておるのだが」


「学校にでございますか?」


「岩竜丸にも、世の中を見せてやりたいのじゃ」


 話は冗談交じりに和やかな雰囲気だった。


 しかし、義統さんが子供のことを相談してくると、信秀さんが少し考えこむ仕草をする。岩竜丸君とは史実の斯波義銀のことだ。確か数えで十歳くらいだったか。


 学校へ通うのはいいが、仮にも守護家の嫡男様だ。扱いが難しい。義統さんの御付きの家臣も困惑しているよ。


「師を欲されるならば呼ぶことも叶いましょうが。あそこは身分を問わず学べるところ。言い換えれば守護家にふさわしい格がないとも言えますが……」


「京の都よりまた逃げ出した公方に連なる格か? そのような格はこの先、要らぬであろう。もはや、格や血筋で民を治めることなど叶わぬのじゃ。今の尾張を見ておればようわかる。扱いに気遣いは要らぬのじゃ」


 信秀さんはちらりとこちらを見たので頷いておいた。ここまで言う以上、拒否は出来ないだろう。


「学校では喧嘩などがあっても、学校内の問題は外には出さぬのが掟でございます。それを了承していただけますか?」


「聞いておる。伊勢守家の嫡男もひと悶着あったようだが近頃はおとなしゅうしておるのであろう? 岩竜丸の扱いも同じでよい。よしなに頼む」


 難しいところだな。尾張ではすでに守護の実権などあってないようなもの。守護代であった人たちが地位の返上をしても、信秀さんは自身が守護代になろうとはしてない。


 先日には足利家に対して否定的な発言もしている。


 すでに守護がいない美濃と、過去の争いから数十年も守護が不在の三河を勢力圏に収めている織田家にとっては、もはや守護の権威は内向きに限れば無くても困らないんだよね。ただ、義統さんは頭も良いし織田家にも協力的だ。格や血筋もいいから、主君として担ぐのであれば最適だ。三管領家の看板は尾張周辺では役に立たなくても、それ以外の地域ではそれなりに役に立つ。


 まあ史実の義銀を見ていると、正直あまり賢い人とは思えない。


 ただ、この問題は義銀本人というよりは、むしろ周りの問題だとも言える。


 いつまでも三管領家の誇りを持って、過去の栄華を夢見る人は、斯波家の家臣にも存在しているのが実情だ。史実の織田信行の謀叛と同じようなものだ。まだ子供なんだ。周りの大人が良からぬことを吹きこめば、当然勘違いするよね。


 もっとも斯波家の家臣は織田家に吸収される形で従っていて、大きな問題は起きてない。とはいえ義銀の側近あたりにはいるし、その人が義統さんほど達観しているかと言えばそうでもないんだろう。


 学校はアーシャに任せっきりなんだよね。一波乱あるんだろうか?




 茶会のあとは年末恒例の牧場村での餅つきだ。


 すでに織田家でも年末モードとなっていて、急ぎの問題以外は年明け・正月明けに回している。


 ウチでは例年通りに家臣のみんなや忍び衆にも餅を配るから、牧場村の孤児院にみんなで集まっての餅つきだ。


 新顔としては、最近与力となった佐治さんと河尻さんも来ている。


 ウチは若い衆が多いから、たくさんの臼と杵でどんどん餅つきが出来る。見ていても壮観でいいもんだね。


 ああ、清洲城から一緒に付いてきたお市ちゃんが、さっそく餅つきに瞳を輝かせている。


「出来立てのおもち美味しいよね」


「うん。おもちおいちい」


 お市ちゃんは孤児院や家臣に領民の子供と一緒に、出来た餅を成形する手伝いをしている。


 そろそろ慣れてきたんだろう。見守っている乳母さんも落ち着いている。


 ほかにはロボとブランカは賑やかなみんなの様子が楽しいのか、尻尾をぶんぶんと振って喜んでいる。


 ただ、今はリードで繋いでいるけど。さすがに餅つきの最中に突撃したら危ないし、衛生上の問題もあるからね。


「じゃあ、いくよ」


「はい」


 オレもエルと一緒に餅つきに参加する。身分とか立場とか関係なく、みんなが交代でやるんだ。


 餅つきなんてこの時代に来て初めてやったよ。最初は意外に上手くいかなくて戸惑ったのはいい思い出だ。


 うん。なんか赤飯が食べたくなってきた。今夜は赤飯にしようか?


「はっはっはっ。おまえたち、この程度でへばるとは情けない!」


 何故かほかほかの赤飯を思い浮かべながら餅つきを続けていると、近くで子供たちの歓声があがった。


 慶次が疲れをものともせずに餅つきをしていて、子供たちが喜んでいるようだ。


 当然ほかの若い衆も負けじと張り合って競っている。子供たちの人気とかもみんな欲しいんだろうね。


「女衆も見ていますからね」


 突きあがった餅を運んで新たなもち米が運ばれてくるまで、エルと休憩を兼ねて慶次の様子を眺めていたが、本命は子供たちではなくて女衆だとエルが教えてくれた。


 よく見たら若い女衆の人たちも注目しているね。


 そういえば、今年はウチの家臣の結婚が多かったなぁ。春のお花見コンパとかも、それなりに効果があったみたい。


 中には子供が出来てから、慌てて結婚した人もいたけど。


 ウチの家臣は信長さんの悪友とか多いから、武士とかよりは庶民と同じ感覚の人も少なくない。


 実家が農家くらいだと自由に恋愛が出来る人が多いらしい。豪農でもない限り政略結婚なんて無縁だからね。



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