第431話・三河の様子と学校の寮

Side:本證寺の元領民


「本当に帰るんか?」


「ああ、おっ父が残してくれた田んぼだかんな」


 本證寺の生き残ったお坊様がいなくなった。みんな尾張に連れていかれたらしい。織田など仏様の罰が当たると騒いでいたお坊様はみんな死んじまったな。


 極楽浄土へ行けたんだろうか? 織田様に罰が当たるというのも嘘だったみたいだし怪しいところだ。


 織田様は本證寺の領地を、もっとお偉いお坊様と話してどうするか決めるらしい。


 黙って織田様が治めてくれればええもんを。もうあそこのお坊様はたくさんだ。


 織田様はおらたちのような本證寺の領地にいた者たちに、新しいところに行くようにと言われた。


 ただ、無理強いではねえとも言っていて、もとの村に戻りたいならば好きにしてええとのことだ。


 その代わり、元の村に帰ると賦役にもくわえてもらえねえし、飯も食わせてもらえんらしい。


 村の長老たちもえろう悩んだみてえだが、村を捨てて新しいところに行くことにした。なのに、こいつだけはひとりで家に戻るって言うんだ。


「もう養う家族もいねえ。飢えても誰も困んねえかんな」


 こいつの家族は本證寺のお坊様たちに殺された。


 二度とお坊様なんか信じねえって言ってるやつだ。どうせ守るもんがねえなら、生まれた家で死にてえとまで言っている。


 みんなで説得したんだが、決心は固えらしい。


「なあ、尾張は戦もねえで飢えねえって聞くんに、なんで三河はこうなんだろうな」


「本證寺のお坊様が欲深かったからだって話だぞ」


 村のみんなで見送りに来ていたが、村にひとりで帰る奴はふと悲しそうに呟いた。


 みんな感じていた奇怪おかしいと思っても口にできねえでいたことなんだよな。本證寺を攻めた奴らから聞いたが、本證寺には米も銭も山ほどあったそうだ。


 織田様はそれをご自身は貰わずに戦に加わった連中にくれてやったという話だ。お坊様のくせに仏様の名を騙るとんでもない連中だったんだな。本證寺は。


 おらたちはしばらく川の賦役で食っていける。春までには新しい村が決まるそうだ。


 一緒に行けばええのになぁ。




Side:三河の寺領の領民


「なんでおらたちは駄目なんだ?」


「だから言っておろう。寺領の者は織田の領民ではないのだ。織田に従わぬ代わりに手も貸せぬのだ。文句があるなら寺に言え」


 飢えねえと評判の織田様が戦に勝った。これでおらたちも飢えねえで済むと、喜んで近くの織田様がやっている賦役に来たんだけど、おらたちは駄目だと言われた。


 村の名を聞かれたんで言ったら、寺の領民は駄目だという。お寺様からはここに行けって言われて来たんに。


「何故私どもの寺の領民を排除なさるのでしょうか?」


 おらたちは慌ててお寺のお坊様に知らせを出したら、急いでお坊様が来てくれた。


「そのほうは守護使不入を知らぬのか? 先の一揆に加担しなかったとはいえ、そのほうの寺は一向宗であろう。織田は一揆を起こさなかった一向宗の寺領は詮議が終わるまでは手を出さん。手を出さん以上は、織田の賦役への参加は認められん」


「それは……」


 身分の高えお武家様が出てきてお坊様と話をしているが、どうも様子がおかしい。


 もしかして、おらたちは一揆を起こした連中の仲間として扱われているんか?


「今まで本證寺に従って好き勝手してきたのだ。都合のいい時だけ織田の銭を当てにされても困るわ」


 ここではお武家様よりも、本證寺のお坊様のほうが偉そうに歩いていた。


 おらたちの村があるお寺のお坊様はそんなことはねえが、本證寺が負けてからいろいろと変わった。


 みんなお寺のお坊様に頭を下げていたのに、とたんに誰も来なくなったんだ。


 やっぱ、おらたちは村に帰るしかねえ。織田様に味方しねえで戦にも加わりもしねえでいたおらたちは、やっぱ、今年の冬も苦しいまんまなんか。


 おらたちだって好きでお坊様に従っているわけじゃねえんに……。




Side:久遠一馬


「わーい!」


「ワンワン!」


「ワンワン!」


 学校の寮が完成した。ここは宮大工さんに頼んだから、ほかと仕事が被らずに早かったね。


 お市ちゃんはロボとブランカと一緒に真新しい寮の中に走っていった。


 新しい建物って新鮮で楽しいのだろう。


 二階建てで男女別に二棟の寮がある。基本的に身分が高い人は清洲か那古野に屋敷を構えてそこから通うことが多いので、寮は下級武士と領民の子弟・子女が利用することを想定している。


 学校も病院も二階建てだし、那古野のこの辺りには二階建てが増えたね。当然ながら耐震性を考慮した建物だ。


「かじゅま~、これなあに?」


 一足先に走っていったお市ちゃんたちを探していると、彼女たちは寮の個室の中にいた。


 そこは二段ベッドになっていて、お市ちゃんは二段ベッドの一段目に入り、ロボとブランカと並んでこちらを眺めている。


「それは寝所ですよ。そこと上でひとりずつ寝るんです」


 好奇心からか瞳を輝かせているお市ちゃんは、今度は二段ベッドの上に行きたいと言うので、抱きかかえて上げてやる。


「うわぁ。たかい! ろぼ、ぶらんか! たかいよ!」


 ロボとブランカも上に行きたそうなので上げてやると、お市ちゃんと一緒にロボとブランカも喜んでいるね。


 犬は高いところが好きなんだっけ? それは猫か?


「食堂も広くて、なかなかいいね」


「食事さえきちんと出せば、大きな問題は起きないと思いますよ」


 そのままオレとエルはお市ちゃんたちと寮を見ていく。


 食堂は元の世界であるようなテーブルと椅子が並ぶ食堂だ。学校でも机と椅子で勉強しているから、これは問題ないと思う。


 この時代だと畳の方が高いから、テーブルと椅子にしたんだよ。ただ、一定以上の身長がないと画一サイズのテーブルと椅子は辛いから、背の低い子のために板の間に座卓のコーナーがある。なんかこっちの方が偉そうなのはご愛嬌だ。


 ああ、お風呂も作った。流石に毎日沸かすのは大変だが、衛生教育にはお風呂が欠かせないからね。


 見た感じは、戦国時代というよりは元の世界の寮に近いかもしれない。ただ、元の世界だと時代が進めば、相部屋ではなく個室形式の方が多いようだけど。


 ここで勉強した子供たちが活躍する姿を早くみてみたいもんだ。




 寮の視察を終えると、そのまま馬車で牧場に向かう。


 そういえば、馬車がランクアップしたんだ。


 以前は腐食防止にとニスを塗っただけのシンプルな馬車だったが、今使っているのは漆塗りの黒い馬車だ。


 織田家の家紋が金箔で入っている。最初に持ち込んだシンプルな馬車も、まだ使っているけどね。ただ斯波家と織田家には、早くも漆塗りの馬車が届いたんだ。


 この漆塗りの馬車は秋の武芸大会の品評会にて、工業村から出品されたものでもある。


 かなり評判が良かったらしく、製作依頼がたくさん舞い込んだと工業村の職人たちが喜んでいた。


 もっとも、この馬車を使うには街道整備が欠かせないので、馬車を欲しがった織田一族や重臣の皆さんは悩んでいたようだが。それに大型の馬車には力の強い馬が必要なのを見落としている。牧場村のアラブ馬は現状では渡せない。


 利点は雨が降っても使えることと、供の者を騎乗者だけにすると移動速度が格段に速くなることか。ただ、これは少し危ない。馬だって雨の中を走りたくないから高度な訓練が必要になるし、お供も馬も雨の中を走れば病気になっても不思議じゃない。気分がいいのは当人だけで、周囲に問題がでる可能性がある。


 ウチや織田家では、馬車の場合は護衛とお供を全員騎乗で統一できるからね。もちろんウチが全面的にバックアップしてるから運用・維持できるレベルだけど。


 雨天・耐寒装備として人用・馬用の特製マントを用意したり、去勢したアラブ馬を用意したりするなど、この時代で考えられる最高のモノだ。オレたち以外が用意するには莫大な費用が掛かるだろう。


 織田家では信秀さんとその家族しか使っていないので、お供の人も全員馬に乗れる身分の者で揃えるのは難しくない。俗に言う馬廻衆とかいう人たちだろう。この人たちの装備品をウチが整えたので、若い武士に益々人気の役職になったらしい。斯波家の馬車は織田家が運用のサポートをしている。


 エルは褒美として馬車を与えてもいいと信秀さんに提案していたが、信秀さんがそれをやれば戦で功を焦る人が出て困ると言って、特に取得に制限は付けなかった。まあ、褒美だろうが自己購入だろうが、国人衆レベルでは持て余す可能性が高いが。


 エルはそれも考慮して織田家やウチを頼るようにと考えてるらしい。


 ただ面白いのは、街道整備に理解が乏しかったこの時代の人たちから、ウチや織田家で馬車を使っていると、街道整備をして自分も利用したいと考える人が出始めたことだ。考えることはウチに都合がいいので欠点はあまり言わないけどね。


 馬車は一種のステータスにもなっている感じだ。純粋に便利なのもあるが。ただ、馬車だけ見てると火傷じゃ済まないかもしれないけど。下手すりゃ維持費だけで破産しかねないよ。


 今日オレたちが織田家の馬車を使って視察に来ているのは、お市ちゃんがいるからだ。普段ウチが使うのはシンプルな木製の馬車の方だ。


 現在漆塗りの馬車は、斯波家に二台と織田家に二台あるが、ほとんどは子供たちの移動用に使われている。


 信秀さんたちは馬で移動することが多く、馬車は主に学校に通う信行君たちとウチに遊びに来るお市ちゃんが使っているんだ。あとは、奥方たちが移動するときに使うぐらいだが、元々奥方たちが外出することは珍しいので、ほとんど利用していないみたい。現実問題として、清洲・那古野間、そこから蟹江までしか使えないからね。


 工業村では馬やロバが一頭でも牽ける小型の馬車も現在製作中で、こちらのほうが売れるかもしれない。


 漆塗りの馬車はガラス窓も付けたから値段が物凄いことになっているんだよね。ぶっちゃけ、織田家でも購入を躊躇する値段だ。


 お市ちゃんとロボとブランカは窓から景色を眺めるのが好きらしく、この馬車がいいらしいが。



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