第429話・新しい仲間
Side:松平広忠
僅かひと月ほどで西三河の一向衆が壊滅か。本證寺・上宮寺・勝鬘寺は跡形もないほど破壊されて見る影もないとか。
「殿! 何故、寺領を放置するのです!」
「だから言うておろう。本願寺と交渉するまでは現状維持だ」
ただ、現状でも三河は混乱したままだ。家臣からは制圧した寺領には手だし無用という命を下したことに反発ばかりだ。そもそもこれは、今川の下知なのだぞ。わしに如何しろというのか。
確かに理不尽な理由で蜂起した寺に、配慮など要らんという気持ちはわかる。そもそも、潰した寺領はもらえると勝手に期待して兵を挙げた者もおるのだ。
だが、仕方あるまい。織田と今川がそれで話をまとめてしまったのだからな。
確かに領地は欲しい。だが、織田と今川が奪わぬ時に、我らだけ奪えば問題になるのは明らかだ。
織田からも、こちらの寺領の件で悪いようにはしないので、しばらくは目立つことはするなという文が来ておる。
少なくとも、こちらの無実は証明すると明言したのだ。下手に動いて、如何になるというのだ。
まあ、寺領から奪ったものや、借財の扱い程度ならばいいのであろうが、領地まで奪えば本願寺を敵に回すかもしれぬからな。物事には順序が必要ということだろう。
「されど!!」
「今川と織田を敵に回す気か? それとも、本願寺相手が望みか? 人質も帰ってきたのだ。これ以上文句があるなら、己が一人で好きにすればいい」
不満なのだろう。気持ちはわかる。織田と今川ですべてを決めてしまったのだからな。我ら松平などもはや配慮する必要もないということだ。
だが、人質も当面は不要だと言われて現状維持と決まった。織田と今川が国境をいかがするか決めるまでは互いに人質は取らぬということになったようだ。
「ですが、竹千代様は戻っておらぬではありませんか!」
「その件については、水野殿から以前に知らせがあったわ。織田殿は『竹千代が帰りたいならば、邪魔立てなどせぬ』と明言したとな。だが、水野殿が『岡崎帰参は竹千代の為ならず』と反対したようだ。わしも竹千代を戻すようにとは求めなかった」
竹千代を返せと未だに騒ぐ者がおるのが、如何にとも言えんな。わしより今川の顔色を見ておったくせに今更忠臣のつもりか?
「なんと、それは本当ですか!?」
「本当だ。戻ってきても今川に人質に取られるだけだ。織田と戦う気がない今川に竹千代をやって、如何になる」
家中の者が見ておるのは今川と織田だ。それが松平宗家の現実なのだ。
今のところは、わしは今川に従う姿勢を変える気はない。その間は竹千代には会えんのだ。
もっとも、織田と今川の交渉次第では戦になるかもしれんし、その時は織田に味方することも十分考えておるが。
「されど今川は、人質をすぐに戻さなくてもよいと言うておるのですぞ? 織田にも竹千代様を一旦返せというべきでは?」
「己は、竹千代のことでわしに意見する気か?」
「いっ、いえ。そのようなつもりでは……」
織田は、美濃の大垣周辺の者以外は正式に臣従までさせておらぬと聞いておったが、戦になったらほとんど集まってしまったではないか。
せっかく竹千代が織田のところにおるというのに、何故戻さねばならぬのだ。
半蔵の
嫡男の信長の近習となり、供として鷹狩りに行くこともあれば、母の於大と寺市や祭りに行くこともあるというのだ。ほかにも噂では明や南蛮の学問すら学んでおるとすら聞く。今、岡崎に戻しても、
騒いでおるのは今川に近い者か。織田に近い者は特に問題視しておらん。
問題はこれからだな。いつ、いずれに臣従するか。
今川も油断ならぬが、織田の勢いがこのまま続けば遅かれ早かれ三河は織田のものになろう。
まあ、織田も今川も今は動くなというのだ。素直に大人しくしておればよかろう。前回の時も、双方の言に相違なき事柄は、それが正しき解だったのだからな。
Side:久遠一馬
三河の戦での論功行賞が行われた。報酬は、銭に陶磁器やガラス製品などの貴重品と、武具や鎧兜となった。
領地の加増が含まれていないのは、三河の一揆側の寺領は始末が終わるまでは手が付けられないのが理由だが、ほかでは手に入らない褒美もあり、あからさまに不満そうな人はいない。
そもそも、国人衆や家臣は人は出したが、兵糧などは織田家持ちの戦だったからね。出費もそう多くはないはずだ。
あと、参戦した兵にも一定の報酬を渡すようにした。今回は、本證寺をはじめ一揆側の寺での略奪を黙認したが、それでも拘束期間がそれなりに長かったし。どさくさ紛れの略奪などをやめさせるためにも、今後のためにも必要なことだ。
まあ、石山本願寺が三河の寺領にこだわるなら、戦費と褒美の費用は、謝罪金とは別口で、全額請求することになるだろう。
銭の褒美に関しては、一時金と継続的な俸禄の二種類になった。
一時金は当然今回限りだが、継続的な俸禄はウチのように土地ではなく銭での加増となる。
これは、今後を見越して信秀さんと話し合って導入した。
みんな三河の現状を見ているからね。水害と焼き討ちにあった荒れ地を貰うよりかはと、喜んでいる人が多い。それに、分国法に領民を食べさせていく必要があることが明記されていることも地味に影響している。
当然ながら一時金は額が多いが、俸禄は継続的なものなので額は控えめだ。
反発は見た感じはない。ウチの俸禄がほとんど銭なのは有名だからね。いつか自分たちもそうなるのでは、と予測はしていたんだろう。ウチは所領規模だと、牧場村一つの土豪なんだよ。みんな詐欺だと思うんだろうね。
また、今回ウチの褒美は俸禄が二千貫から三千貫にアップしたことと、与力として佐治さんと河尻さんが付けられたことだ。正式には、河尻さんは剣術指南役であるジュリアの与力としてだけどね。
佐治さんはともかく、河尻さんの時には少しどよめきがおきた。正直、意外だったのだろう。
口の悪い人なんかは『大和守家の旧臣は誇りを持たぬ恥知らず』とか『落ちぶれて、いよいよ
「「よろしくお願い致しまする」」
そして佐治さんと河尻さんが揃ってうちの屋敷に挨拶に来た。
オレの身分感覚だと最近まで同僚扱いしてた人に頭を下げられるのって、なんか違和感があるな。それに二人は信秀さんの家臣で、オレは信秀さんの猶子とは言え、信長さんの家臣だから、余計にね。
「佐治殿は今まで通りでいいのかな。ただ、海以外でウチのやっていることを知ってもらうことは必要かな。案内を付けますので見て回ってください」
まあ、佐治さんは問題ないだろう。ウチのやり方を知っているし。問題は河尻さんだ。
「河尻殿は、正式にはジュリアの与力なんですよね……」
彼はジュリアの与力だし、ジュリアの仕事を補佐してもらうか? ジュリアに視線を向けるが特に意見はないらしい。
細かいことは任せるというか、河尻さんを試すような表情にも見える。
「名目の示す働きは元より、質実共に、久遠家に与力としてお仕えすると決めた身。某はいかな仕事でも構いませぬ」
困ったなと思っていると、河尻さんが口を開いた。見た目が恐そうな人というか、頑固そうな人なんだけど、意外と融通が利くようだ。
まあ、三河でもうまくやっていたし、あまり心配はしてなかったけどね。
「じゃあ、先にウチの仕事の概略を覚えてもらいましょうか。ウチは手広くやってるから軽くでもいいので、どんなことをやっているのかは、知っておいてほしい」
河尻さんは、ウチの仕事とかやり方を覚えてもらうべきだよね。他の家とはやり方が全然違うから。
ウチの仕事は、商いと、忍びの運用、工業村や牧場村、山の村の仕事まで山ほどある。それに過剰戦力でほぼ出番がなく、胸を張っては言えないが、織田の海の守りでもある。
それにジュリアは織田家の剣術指南役として、武芸の指導から警備兵の訓練や運用までやっているからね。
河尻さんにはそっちの補佐を任せるべきかな。他に適性がある仕事があれば、別だけど。
「それにしても、守護代家の元家老が新参者の陪臣の与力とは、やっぱり物好きだね」
「敗れた者が勝者に仕えるは恥ではございません。あと、もうひとつ言わせていただければ、某が率先して織田家で働くことで、未だに
河尻さんの答えがやはり気に入ったらしいジュリアは、物好きだと笑っている。そんなジュリアの言葉に河尻さんはウチに仕えた真意を語りだした。
以前、三河で話した時には、大和守家の旧臣が自分の下に集まってきて困っていると言っていたが、同時に心配もしていたらしい。
そういえば信秀さんも、大和守家の旧臣からも使える人は使うつもりだって言ってたな。
あれから二年か。大和守家の旧臣の扱いを変える頃合いなのかもしれないな。いつまでも冷遇し続けても不満が燻るだけだしね。
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