第427話・それぞれの戦後

Side:朝倉宗滴


「壊滅とな……」


「はっ、本證寺は織田の焼き討ちにより焼失。蜂起した寺もすべて破却はきゃくされました」


 三河本證寺に不穏な動きありという噂が流れて来た故、三河に送った素破が戻ったが、報告は信じられんというひと言に尽きる。


 あの一向衆を、僅かひと月足らずで壊滅させるとは信じられん。


「いったい如何にあったのだ?」


「織田と今川の共闘は、本證寺にとっては寝耳に水だったようでございます。また織田はもしかすると本證寺を討つ支度を前々からしておったふしもございます」


 左様なことはわかっておる。あのような無法者の集団を野放しにしておくほうがおかしい。


 織田と今川の双方が備えるのは武家ならば当然のこと。だが、三河の一向衆はそれほど数が少なかったのか?


 あの辺りは加賀に次いで一向衆が多いと聞いておったのだが。


 これは朝倉家にとって朗報とも悲報とも言える。


 加賀一向衆と織田が組んで、越前に攻めてくるおそれが少なくなったことは朗報だ。だが織田が加賀以上の難敵になるかもしれぬのは悲報だ。


 わしのこの体が動く限りは越前を守ってみせるが、その後はいかがなるのであろうか。殿は戦にはあまり向かぬお方だ。


 それに加賀ばかりではない。近江や若狭も決して油断していい相手ではない。


 判断が出来んな。しばらくは様子見か。




Side:今川義元


「雪斎。苦労を掛けたの」


「はっ。勿体ないお言葉。されど、この程度の結果しか上げられず申し訳ありませぬ」


「なんの今川家の武勇を諸国に示し、織田との関係も幾分落ち着いたわ。これ以上の成果はあるまい」


 三河から雪斎が戻りて参った。少し疲れた様子に見えるのは気のせいではあるまい。


 本当によくぞ戻りてきてくれたの。織田に傾いた西三河で織田と互角に動き、同等の立場を維持したのは雪斎でなくば出来まい。


「しかし、織田はやはり本證寺を焼いたの」


「はっ、進軍は必ずしも速くはなく、三河では和睦を織田が模索しておるとの噂もございました。されど結果として、蜂起して織田の行く手をはばみし寺は、すべて織田の手に落ちましてございます」


「愚か者どもは理解しておらなんだようじゃな。信秀が戦を好まぬのは、その必要がないからじゃということを。必要とあらば寺社でも遠慮をせぬということに……」


 随分と戦の前は我慢しておったようじゃが、本證寺の者たちは最後まで理解しておらなんだようじゃな。


 配慮したのは従順な願証寺のためであろうの。あとは石山本願寺へも一定の配慮はしたと言えるの。


 だが武家が軍を起こして手中空しゅちゅうむなしくとも引き下がると思うとは、愚か者の考えることはわからんな。


「御屋形様、山田殿のことでございますが……」


「三河の者を治めるには悪い男ではなかったのじゃが、織田との最前線にあの男を置いたのはわしの不手際じゃ。許せ」


 山田新左衛門尉景隆のことは本当にわしの不手際じゃ。まさか奴が独断で一向衆と織田をぶつけて漁夫の利を狙うとは。


 左様なことをして三河が獲れるならば苦労はせぬわ。畿内の愚か者がそれをやって、いかほどに戦が広がったと思うておるのじゃ。


「切腹をさせるか?」


「難しいところでございますな。戦上手な故に……」


「信秀なら腹を切らせるであろうな」


 山田は此度の戦における一連の論功が終わるまで謹慎させておる。雪斎の考えが聞きたかったからな。


 戦も上手く統治も悪くないのじゃ。とはいえワシの意を無視して、独断での抜け駆けを許せば、今後真似る者が出んとも限らん。


 当初は山田に同情する者もおったが、織田が一夜で本證寺を滅ぼして上宮寺も落としたと聞いて風向きが変わったわ。


 誰も一揆が年内に鎮圧されて、西三河の一向衆が壊滅するなど思うてもおらなんだであろうな。


「織田は、国人や土豪に頼らぬ国作りをしておる様子。ただそれは言い換えれば久遠に頼っておるだけとも思えます」


「わしにはそなたがおるように、信秀には久遠がおるか」


「残念ながら拙僧はひとりしかおりません。ですが当主である久遠一馬と拙僧が互角としても、明や南蛮の知恵者と評判の大智の方、関東では女剣聖とまで言われております今巴の方、多くの病を癒し、かの者のために命すらなげうつ者が多いと言われる薬師の方。ほかにも幾人も名が知れた者が久遠家にはおるのでございます」


 雪斎ほどの男はそうはおらん。だが明や南蛮を知る価値は計り知れぬか。


 それに雪斎も言うように久遠には数多の奥方がおって活躍しておるのじゃ。家臣も決して無能ではないしの。


 仮に山田の策通りに動いたとすれば、今頃は西三河で織田と戦をしておるのか。


 勝てるか? いや、一度や二度勝っても織田の優位は揺るがぬわ。


 それに此度の一件で改めてわかった。織田は戦も強いのじゃ。仮に三河で互角に対峙しても、その間に駿河が南蛮船で攻められれば今川家の威信に傷がつくわ。


 向こうは駿府まで踏み込んで攻めてこられるが、こちらは尾張にすら足を踏み入れられんのじゃ。話にならんわ。


「よし。腹を切らせる」


「よろしいのでございますか?」


「織田に対しても家中に対しても、それが一番であろう」


 ここで許せば織田に共闘を持ちかけたことも、山田の策も、共にわしの考えじゃと邪推じゃすいされるやもしれぬ。名門今川が武略ではなく、二股を使うなどと言われては、末代までの恥じゃ。


 策をめぐらせるのは構わん。だが信義を重んじる信秀に疑念を持たれれば今後に影響するわ。


 家中にも勝手な功名狙いで抜け駆けをすることは死罪だと示さねばならぬ。


 西三河の人質は織田との交渉が終わるまで保留じゃな。織田に靡くかもしれんが、所詮、西三河は維持できまい。


 あとは甲斐をいつ攻めるか、また攻めるとなれば今の同盟をいかにするかじゃな。




Side:久遠一馬


 三河はなんとか最悪の状況は脱した。ただ早くも次の問題がいくつか出始めている。


「願証寺に支援するだけの力はあるの?」


「難しきところでございます」


 報告を持ってきた望月さんが難しい顔をしている。


 織田領は早くも復興と年越しに向けて動き出していて大きな問題はない。


 ただ本證寺系の寺領は違う。問題の一つは今回の一件で一揆側に加担しなかった寺だ。一部離反者が出て一揆側に加担した者が出たところは調べて相応に罰を下す。


 まあ本證寺の生き残りと同じく、本願寺との交渉次第だけど。


 それより喫緊に迫った問題がある。本證寺系の寺領は暫定維持が決まったが、織田は寺領に手を出さない代わりに、力も貸さないのが基本路線なんだ。


 一揆側に加担した寺は潰し、寺領は織田の直轄領となったので、そこの領民は織田で管理していく。しかし、加担しなかった寺には現状維持を認めるが、織田は援助もしないし賦役への参加も認めない。


 守護使不入は一時停止したものの寺領の現状維持は約束した。ただ、織田に従わない寺には織田の銭や援助が入らないんだ。


 要は寺領が貧しい状況がなにひとつ解決しないことになる。


 水害がなかった寺も、どさくさに紛れて近隣との小競り合いをしていたり、一揆側に裏切り者として攻められたところもある。


 また、一揆に加担はしなかったが兵糧や銭を援助したところ、また敗退逃走した一揆勢をかくまったところもある。潔白なところ、無傷なところは驚くほど少ない。


「領民からしたら驚くだろうね」


「とはいえ織田が見返りもなく援助する理由はありませぬ」


 望月さんの報告に資清さんとエルたちと一緒に頭を悩ませるが、資清さんは本證寺系の寺への援助には賛成ではないらしい。


 まあ援助すればたいていの寺からは感謝されるが、石山本願寺や願証寺からは取り込み工作かと警戒されそうだしね。


 本證寺系の寺領では餓死者が出る可能性もあるという報告に、ため息が出そうになる。


「ここで甘い顔は出来ませんね。寺社との争いは今後もあるのです」


 領民からしたら織田が勝ったし織田に味方した寺なんだから、織田領のように飢えないと期待していた者も多いだろう。


 とはいえ統治システムの違いから織田領の中の独立領地扱いで貧しさは変わらない。


 そもそも領民は法や統治システムを理解なんかしてないからね。なんでうちの寺は貧しいんだとなれば不安定要因となる。


 根本的に領民を飢えさせないという方針の必要性を、三河の国人衆や寺社はほとんど理解していないからね。


 まあ国人や土豪・寺社から力を奪う政策でもあるので、理解されても困るんだけど。


 本證寺系の寺領の領民は貧しいことに不満を持ち、寺のほうは援助を出さない織田に不満を抱くだろう。


 権利と義務は表裏一体だと理解してほしいんだけどなぁ。





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