第415話・三河一向一揆

Side:本證寺の僧


「ええい! 攻めるのだ! なにをしておる!! さっさと攻め落とせ!!」


「仕方なかろう! 織田は堅固な陣を築いておるのだ。そう易々と突破出来んわ!」


おのれ、己は知った様な口を利くが、わかっておるのか!? 織田の本隊と願証寺の兵が来てからでは遅いのだぞ!!」


 遠く見えるのは織田の陣だ。生意気にも我らと同じ一向宗の旗を立ておって。


 だが、さすがは織田だ。数の上では我らが多いにもかかわらず、思う様に織田領には攻め込めておらん。


 織田は小癪にも強固な陣を築き、籠って出てこぬ。石や弓に鉄砲を陣に籠って撃ってくるばかりだ。


「退かせるな! 突破するまで攻めさせろ!!」


「たわけ!! おのれのその采配のせいで、前線では敵に降伏致す者もおるのだぞ!!」


 だが問題は味方にもある。大掛かりな一揆など経験のない愚か者どもが下手な采配をするせいで、配下の信徒に被害が出るばかりか、あっさりと降伏していく始末だ。


 あれだけ熱心に信仰しておった近隣の国人ですら、ほとんど織田に付いたのが上手くいかぬ原因であろう。


「もう織田は無理だ。このまま松平だけを狙うべきではないのか?」


「勝手なことを言うな! 今川とは織田と戦えば味方するとの内諾があるのだ!!」


 思えば我らは何故織田とも戦をしておるのだ? 矢作川より東に攻めて松平を狙うはずではなかったのか?


 今川の内諾というが今川は織田を恐れて戦を避けておったのだぞ。本当に来るのか?


 碌にこちらの事情も知らず、威丈高いだけだかに織田の味方をした愚かな本願寺の使者を斬り捨てたのは構わぬ。銭ばかり集めるくせに、肝心な時に織田に懐柔されて、我らの味方をせぬ本山など不要だからな。


 だが織田相手に勝てる気なのか? 前線の陣すら抜けぬ我らに。




Side:太原雪斎


「山田殿。いま一度聞く。何故、勝手なことをした?」


 三河に入ってもたらされた知らせに、思わず我が耳を疑ったわ。御屋形様の信頼が厚い山田新次郎景隆が勝手に本證寺と通じておったとは……。


 こやつめ。あちこちに勝手な約束を致して三河の混乱を助長させておる。


 本證寺には織田を討てば今川が味方すると言い、三河の国人衆にも勝手な命令を出しておった。


 あまりに酷いので、西三河まで目と鼻の先まで来た我ら今川の軍勢が、山田めの乱造らんぞうきわまる愚策ぐさくおかされぬ様、戦前いくさまえ大休止だいきゅうしを与え、戦況せんきょう聴き取りのていで山田めを呼んだが、悪びれることすらない様子だ。


「ですから某は御屋形様から与えられた役割として、今川家のために動いただけでございます」


「織田と共に一向衆を討つと文にて、御屋形様の命を伝えたはずだが?」


「我ら今川家の都合良き時、良き形に、一向衆を潰せばよいのでしょう。ついでに織田と松平も疲弊すれば、なお良しというだけのこと」


 頭が痛くなりてくるわ。こやつに三河を任せたのは間違いであったか。戦上手ではあるが、大局を見る目なく、戦場の功でしか物事を考えることが出来ぬ愚か者だ。


「愚かな。本證寺は石山本願寺の使者を殺したと聞くが、貴殿は石山本願寺も敵に回す気か?」


「ならば本願寺に恩を売る形で、本證寺を討てばいいだけのこと。すでに本證寺は織田や松平とぶつかっております。直にもろとも痛手で弱るでしょう。織田、松平、本證寺、本願寺、諸々全てが今川家の軍門に降る。我ら今川家は『漁夫ぎょふ』を超えるでござる」


「もうよい。貴殿はこのまま駿府へ戻れ」


 この男は駄目だ。駿府に戻すしかない。この男がおれば織田に遠江まで奪われかねん。


「なにを勝手な! 某の功を奪う気か!?」


「貴殿はなにもわかっておらん。織田のことも今川家が置かれておる状況も。功だと? 勝手な愚行ばかりしおって、おのれにあるのは功ではない。罪だ」


「何故、和尚にそこまで言われなくてはならんのだ!」


「拙僧はいつでも御屋形様のために、この命を投げだす覚悟がある。己にもそれだけの覚悟があるならば、いますぐ腹を斬れ。さすれば功にしてやろう」


「おのれ、坊主の分際で勝手なことを! 己のせいで三河では織田が大きな顔をしておるのだぞ!」


「つれていけ」


 話しても無駄だな。この男は駿府に送りて御屋形様に裁定を委ねるしかない。


 騒ぎ暴れる山田を兵に縛らせて連れていかせ、諸将を呼ぶ。


 この先のことを考えねばならん。まずは西三河の情勢を調べて軍を纏め、引き締めねば。さてこの勝手な振る舞いは如何に高く付くのやら。




Side:久遠一馬


 およそ一万に増えた軍勢が続々と三河に向かっていく。西や北の抑えとしてそれなりの兵は残したが、それでもあちこちから集まった武士たちと兵たちだ。


 ウチは信長さんが将として率いる軍勢の一角いっかくとして、後半に出発した。普段『若様』呼びしている上に、ウチの織田家中での立ち位置が複雑だが、オレは信長さんの直臣だからね。


 無論、信長さんの直衛だけでなく、物資や武器の移動運搬を管理統制するために、あちこちにウチの戦力を送り出している。陸戦用に改良した金色野砲を運用する砲術隊などは、先行する荷駄隊に帯同する形で送っている。台車の部分を史実の野砲のように改良した代物で、作りはしたが実戦での運用は今回が初めてだ。


 ロクに道がないこの時代では苦労するだろうな。運搬時間短縮のために、途中まで船で送ったけど大丈夫だろうか。


「いや~、久遠殿と一緒だと飯が楽しみですな」


 そういえば、今回はウチにも与力がついた。ひとりは佐治さんだ。陸戦だけど佐治さんの兵は鉄砲とか焙烙玉の扱いに慣れているから、貴重な戦力だ。


 それに佐治さんはウチの軍の戦い方にも慣れているからやり易い。佐治軍のみなさんは、さっきからウチのご飯が楽しみらしく。ご機嫌な様子だ。


「アンタも物好きだね」


「この命尽きるまで、従い。己の目に狂いは無かったと豪語ごうご致すつもりでございます」


 もうひとりは河尻与一。もとは清洲の大和守家で家老を務めていた人だ。


 佐治さんは信秀さんの考えで与力として付けたらしいが、河尻与一『元家老』さんは自分から志願したらしい。どうも清洲城攻略戦の前夜に、ジュリアが一騎打ちで河尻さんに勝ったことで、負けた以上は自分を打ち負かしたジュリアに従いたいと志願したらしい。


 まあ河尻さんはオレというより剣術指南役のジュリアの与力らしいけど、この手のタイプは単純な損得で裏切ることはないだろうしね。いいんじゃないかってことになった。


 情勢は目まぐるしいと言うほどではないが、日に日に変わっている。


 信光さんは、品野城を押さえるために別動隊として向かっている。親戚らしいし、出来れば穏便に降伏してほしいところだけど、どうなるかね?




「上宮寺は分裂か」


「はっ、寺は穏健派が押さえたようでございますが、かなりの僧や僧兵が信徒を連れて松平家次の軍に合流した様子でございます」


 のんびりと進軍していると、三河の最新情報が入ってきた。


 俗にいう三河三ヶ寺のうちのひとつである上宮寺は内部分裂したらしい。あそこの寺は安祥城にも岡崎城にも近いから警戒していたんだけど。桜井松平家に合流したか。


 情勢が予想以上に混迷したのは、今川家の三河奉公人である山田景隆が滅茶苦茶にしたのが原因だ。


 これで今川との関係がどうなるか怪しくなってきたな。


 対本證寺での共闘が破綻しかねない。もっとも桜井松平家も勝手なことをしているから、織田側もまったく問題がないわけじゃないけど。


「一応、上宮寺の警戒は続けて」


「はっ」


 大丈夫だとは思うが、最早なにがあっても驚かない。隙を見せたらどうなるか分からないのが、今の三河だ。警戒は怠れない。


 すでに太原雪斎が三河に入っているはずだ。あの人の出方次第で織田は、遠江まで遠征することになりかねない。


 まあ実際には西三河以東は、今年のうちには行かないだろうけど。


 鍵を握るのは今川の黒衣の宰相、雪斎かぁ。織田としてはなるべくなら今回は西三河で終わりたいんだけど。三河や遠江を完全に併合したら足利とか細川が騒ぎそうだし。『六角を支援しろ。三好を討て』とか平気で言ってきそう。下手に断って、朝倉でもけしかけられたら、今度は美濃で戦になりかねない。そういう悪知恵だけは働きそうだからな。


 それにしても緊張感ないなぁ。


 すずとチェリーはまるでピクニックにでも行くように、歌を唄いながら歩いてるし。でも、元の世界のアニソンを唄うのは止めようよ。


 決死の覚悟とかしてほしいわけじゃないが、ウチの軍はちょっと気が緩みすぎだよね。



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