第414話・三河騒乱と織田家の事情

Side:松平広忠


 西三河がまたたく間に大混乱になったな。


 きっかけが石山本願寺からの使者を殺めたことだとは。わざわざ畿内から来た使者を、本證寺の罰当たりどもめが殺してしまうとは。


 幸いだったのは連中が我が松平宗家ばかりではなく、織田にも刃を向けたことか。これで織田との共闘が実の陰を帯びてきた。


「殿、松平家次殿が織田方を裏切って本證寺に味方したようでございます。織田方、安祥に入った久遠の者から岡崎に向かう懸念があるので用心されたしとの知らせが参りました」


「あの愚か者はなにも知らされておらんのか? それとも織田の謀略か?」


 わしのところにも、本證寺に味方した寺や国人衆の動静が次々と入っておるが。慌てた様子の半蔵が織田方の知らせを持って参った。


 松平家次め。相変わらず松平宗家の家督が欲しいのか。


 それとも。織田は今川と組んでまで、対本證寺の包囲陣を作ったと思ったのだが。ここに来て家次とわしを潰し合わせる算段でも始めたのか?


「これは推測でございますが、織田でも松平家次殿は邪魔なのかもしれませぬ。品野城は要所でございます。あそこを織田に従う気がない桜井松平家に任せるのは、今の織田としては問題なのかもしれませぬので……」


「あえて裏切るのを待っておったのかもしれんと?」


「あくまでも推測でございます。それに、ほかの織田方の国人衆はほとんど誰も裏切っておりませぬ。松平家次殿が一揆勢と合流してもあまり影響はないと思われます」


 織田をいずこまで信じていいか迷うが、同時になにも知らされずに裏切ったかもしれん家次には呆れるしかないな。


 織田と今川の共闘が上手くいけば本證寺の一揆など、すぐに鎮圧されて終わるぞ。


 上宮寺と勝鬘寺も分裂し蜂起した者がおる。家臣も誰が味方で誰が敵に回ったかはっきりせん。それが分かるまで動けぬではないか。


「それと、山田景隆殿が不穏な動きをしておるようでございます」


「山田殿が?」


「はっ、一揆勢と内通しておる嫌疑がありまする」


「今川は織田と通じるふりをして、本證寺と示し合わせておるのか?」


「わかりませぬ」


「まさか、やつは松平宗家を潰す気か?」


 織田も今川もいかがなっておるのだ。敵も味方もわけがわからぬ。いったい誰を信じれば良いのだ?


 確かに、今川にとって織田を叩くならば好機かもしれぬ。だが、織田は本證寺の一揆勢を押し留めておるようだし、織田の本領は尾張だ。現状では被害は織田よりも、むしろ我が松平の方が大きい。


 織田と今川の双方から動くなと言われておることもあるが、敵味方がわからん現状では、如何にせよ討って出ることはできん。岡崎の留守を託すものが味方か否かすらわからんのだからな。


 我が身のあまりの無力さに、情けなくて涙が出そうになるわ。


 もしや、今川はこの機会に松平宗家を潰す気か!?


 織田は、この程度では大きく負けはせぬが。松平宗家にとっては致命となりかねんのだ。


 本当に今川を信じていいのか? いや、それは織田も同じか?


 いかにする? いずれを信じる?


 口惜しいがまずは領内の敵味方の選別が先か。領内も纏められぬ状況では、松平自体が信用されぬ。




Side:久遠一馬


 清洲や那古野はすっかり戦を目前とした空気となった。ピリピリしているといえばそうだし、逆に戦に行くぞと活気づいたとも言える空気だ。


「みんな、戦が好きだなぁ」


 事前の想定と変わりつつあることも色々ある。一番違うのは、美濃衆がガチで参戦を希望して集まってきていることだろう。


 斎藤家や美濃三人衆も兵数は多くないが参戦するらしい。というか中立だった体裁はどうした?


「美濃は一時いっときとは言え安寧あんねいを迎えております。ここで功を立てて大殿に名と顔を売らねば、美濃衆も先はないでございますからな」


 ウチは資清さんに留守番を頼んだ。一益さんや太田さんや石舟斎さんたちは、みんな連れていく。


 太田さんには記録係も頼んでいてオレと共に行動しているが、一気に増えた兵のことで美濃衆の偽らざる本音を語ってくれた。


「織田を認めてくれたってことか」


「斯様な場合は、本来ならば織田から兵を出すようにと声を掛けるのですが、織田の場合は美濃衆がおらずとも勝ってしまいそうなので……。それに殿のこともあります。織田に協力して功を立てておけば、この先、織田にころぶ日が来ても、家中での立身出世も夢ではないと思っておるのでございましょう」


 信秀さんも当初は美濃衆を呼ぶつもりはなかったようだが、是非参戦したいと集まってきている者たちを、帰れと追い返すわけにもいかず参陣を認めている。


 それと困ったことに願証寺でも僧兵たちが許せないと騒いでいるらしい。仲間の僧が何人も殺されたからなぁ。


 弔い合戦だと盛り上がっているようだ。


「みんな。戦には、本当に機敏に反応するね」


「それが生きていくための重要な術でございますので」


 史実の徳川家康が聞いたら、どんな反応をするんだろう。家康をあれだけ苦しめた三河の一向一揆が、美濃衆が武功を稼ぐための狩場となるかもしれないなんて。


「本證寺に味方したのは、大きい所だと桜井松平家くらいか」


「あそこは織田家と縁戚でございます。最悪、詫びを入れれば許してもらえると高を括っておるのでございましょう」


 そう、織田の勢力圏下で勝手な動きをしたのは桜井松平家だ。熱心な信者なんかが本證寺に味方した者が数名出た家が三河の国人衆にもあるが。家として本證寺に付いたのは、大きい所はそこだけだ。


 もっとも、桜井松平家は織田領内では敵対行動をせずに。一路、岡崎を目指しているとの報告がさっき入った。


 信秀さんは、桜井松平家に勝手な行動はするなと文を出したんだけどね。聞かなかったらしい。太田さんいわく許してもらえる算段があるとのことだが、桜井松平家は知らないからな。今川と共闘することを。


 ただ、これであそこは領地没収だな。落ち着いたら瀬戸を直轄領として焼き物が出来る。


 三河の国人衆の離反が少なかったのは、本證寺でも一揆反対派が結構いたことと、ウルザたちが三河にいるから離反するタイミングがなかったからかもしれない。


 あんまりやりすぎないように言ったんだけどなぁ。信広さんと信康さんがふたりをうまく使っているらしい。


「年内に戦を終えて、みんなを家に帰してやらないと」


「とても一向衆の一揆が相手とは思えんばかりの、おっしゃり様でございますな」


「オレたちはこの日のために、今まで動いてきたからね。悪いけど本證寺には消えてもらう」


 この世界の織田家にとって、桶狭間に匹敵する重要な戦があるとすれば、この戦になるのかもしれない。


 相手は一向一揆なんだ。みんな、ここ最近の戦とは違うと理解して本気になっている。そこに美濃衆の事情やら加わると負け戦の空気はまったくない。


 まあ長期的な戦略とか三河の後始末とか、そっちのほうが大変でエルとメルティたちは動いているけど。


 すでに終わったあとを考えて動いてるなんて、ほかの人が知ったら驕ってるとか言われそうだな。戦は始めることより終えることの方が難しいのに。





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