第413話・一向一揆

Side:久遠一馬


「これは……」


「なんとむごい」


 清洲城の謁見の間では斯波義統さんを筆頭に、信秀さんや願証寺の証恵上人と織田一族や重臣が集まっている。


 皆の表情は硬く沈痛な表情なのも無理はない。先日、鎮撫の使者として本證寺に向かった石山本願寺のお坊さんたちが文字通り首だけで戻ってきた。


 石山本願寺一行の中で、若輩じゃくはいでお世話係を務めていたらしいお坊さんはひとりだけ生きて帰っており、説明のためにこの場に呼ばれたが人目も憚らず泣いている。


 誰かがその首を見て、憐れむように『惨い』と口にした声が響いていた。


 本證寺の坊さんたちは、『無条件で騒ぎを止めろ!』という本願寺の高僧の言い分に激怒してしまい、口論の末に高僧を裏切り者と罵り、殺してしまったらしい。


 『石山本願寺が本證寺擁護の立場に立たぬならば従えぬ』それを伝えるために若い僧がひとりだけ生きたまま戻されたようだ。


「守護様」


「弾正忠、三河守として三河のために本證寺を討て。朝廷と公方には、わしから文を出しておく」


「では拙僧からは石山本願寺と三河の各寺に文を出しましょう。本證寺に味方する者は仏敵として討つと」


「皆の者。戦だ」


 若い僧の泣き声が響く謁見の間で、信秀さんが上座の義統さんに一言かけると、義統さんが本證寺討伐を命じた。


 それに続き証恵上人も最後通告を三河の各寺に出すと約束すると、信秀さんは寒気がするほど冷たい声で戦だと宣言した。


 一同の目の色が変わった。オレにとって重臣の皆さんは美味しい物を食べて騒いで、食べ尽くしたら『もうないの?』と、何故かオレにロボたちの様な目で訴えてくる印象が強いが、武士の顔になって戦のために足早に席を立っていく。彼らは、戦人いくさびとなんだ。




「これは……」


 そのままオレもエルと共に清洲で信秀さんと打ち合わせをして、馬車で那古野に戻り戦の準備をと思っていると、ウチの屋敷を取り囲むように大勢の人が溢れていて、完全に道を塞いでいた。


「久遠様が戻られたぞ!!」


「おおっ!!」


「久遠様! オレも戦に連れていってくれ!!」


 何事かと馬車を降りると、みんな槍や刀にくわまで持って集まっている。


 なんというか、まるでウチが一揆に攻められているような光景だが、集まった人たちはオレの姿を見ると一気に盛り上がるように騒ぎ出した。


「殿、申し訳ございません!」


「これって、みんな戦の志願者なの?」


「はっ、相手が一向衆による一揆だとすでに噂が広まっており、織田家の危機だと言い出す者が出たようでございまして……」


 ウチの家臣の皆が、なんとか落ち着かせようとしているが。人はどんどん集まってきていて収拾がつかなくなりつつある。


 那古野近郊の者もいれば、三河からの流民だった者もいるらしい。ケティたちの患者だった人やその家族もいる。


 織田と一向衆が戦になりそうだという噂は前からあったんだ。相手が松平や今川であったのならば、ここまで騒動にはなっていなかったのかもしれない。一向一揆の厄介さは領民も知っているんだな。


 この時代の人は強いんだ。戦になったら自分の村を、故郷を守るために自ら戦う。


 相手が一向衆だと噂があったところに、清洲城から血相変えた武士が各地に散って行き、尾張中の武家が陣触れをだして、みんな戦支度を始めたことで織田家の危機だと勝手な噂が広まった結果、自発的に戦に行くんだと集まってきたようだ。




「静かにしな!!!」


 大きな音の爆発音が二度ほど聞こえたかと思ったら、ジュリアが柄の朱色もあざやかな自慢の薙刀を持って屋敷の屋根の上に上がって叫んでいた。


 爆発音は音花火だろう。元の世界では夏祭りなんかを知らせる時に使う音だけの花火だ。忍び衆には先行配備している代物だ。


 ただ爆発音がするだけなんだが、これがまあ効果的らしい。その音とジュリアの力の籠った声に騒いでいた人たちが静まり返った。


「これから兵を選ぶ! 並んで順番を待ってな!!」


 凄いね。暴走しそうだった群衆が、一気に大人しくなって統制がとれるようになった。


「しかしこれは、下手したら暴走するんじゃあ?」


「それをまとめるのも将の役目です」


 そのままウチの門から入ったところで兵を選び始めるが、老人から子供までいるよ。


 あまりの熱意に少し戸惑うが、エルに当然のことを言われてはっとした。


 みんな尾張や自分たちの生活を守るために必死なんだ。自らの命に代えてでも尾張を守ろうとしている。本證寺は、尾張の領民の虎の尾を踏んだのかもしれないな。




Side:織田信広


 とうとう本證寺が攻めてきた。


 先日、石山本願寺からの使者が本證寺に鎮撫の使者として行くというので挨拶に来たが、その使者が殺され首だけが戻された直後に攻めてきた。


 わしも願証寺の僧も行く前に止めたのだがな。すでに願証寺の使者が幾人も戻っておらん。彼方此方で殺されて晒し首にされておるのだ。いかに石山本願寺の使者でも危ういと止めたのだが……。


「野戦陣地か。これはなかなか越えられまい」


 わしは尾張から来た先遣隊の大将である与次郎叔父上と共に前線の本陣におる。


 本證寺と織田領とをつなぐ主要な道では、ウルザ殿が流民を使ってあちこちに作らせた野戦陣地を利用して防衛しておる。


 ここでは与次郎叔父上とウルザ殿と共に敵の主力を迎撃しておるのだが、与次郎叔父上はウルザ殿が作らせた野戦陣地に興味津々であるな。


 なんというか我ら日ノ本の武士が作る陣地とは違うところが各所にある。一番の違いは鉄砲や弓の使用を一番に考えた陣地ということか。


「出来ればもう少し頑丈なものにしたかったのですが。想定以上に来るのが早かったので」


「いや、構うまい。兄上が本隊を率いてくるまで、安祥城を守れればいいのだ」


 ウルザ殿は陣地に納得がいっておらぬ様子だが、わしから見れば十分強固な陣地だと思う。


 与次郎叔父上はさすがに功を焦ることもなく、野戦陣地を使いながら領地を守って、場合によっては陣を後ろに退げながら時を稼ぐつもりのようだ。


 しかし敵も味方も一向衆の旗が揺らめくのは、なんとも言えん気分だ。


 ウルザ殿の策として、同じ一向衆の旗を見せることで動揺を誘い、降伏する者が出るかもしれんというので、願証寺の僧に許可を貰って旗を使っておる。


 おかげで本陣や野戦陣地には織田の旗と久遠家の旗と共に、一向衆の旗が目立つように大量に立てられておるわ。


 久遠家の旗も、実の所は久遠家の兵がおらぬ野戦陣地にも立てておる。ここの処のウルザ殿たちの活躍で本證寺の僧兵も久遠家の兵を恐れておるからな。


 久遠家の兵が、鉄砲や焙烙玉を大量に使うのには味方も驚いておるがな。


「しかし、守るにしか要所要地ようしょようちが少々広きに渡るな」


「現在、領民の避難を進めております。避難が終わり次第撤退し、戦線は縮小するべきでしょう。季節も進み、刈り田も出来ません。一時、奪われても、たいした被害もなくすぐに取り返せます」


 本陣にはわしと与次郎叔父上以外にも三河者や先遣隊の将がおるが、いつの間にかウルザ殿が軍議を主導し、軍師が如き役目を務めておる。


 与次郎叔父上は三河がわからぬのでわしに任せると言うが、わしも一揆勢との戦は経験がない。


 ウルザ殿とヒルザ殿が安祥城に来て以来、三河者が信頼出来ぬのでウルザ殿たちに戦の支度などを任せておるうちに、いつの間にか主導するようになっておったのだ。


 まあ父上の猶子である一馬殿の奥方なのだ。指揮しても身分が足りぬこともないうえ、大将である与次郎叔父上が策を求めておるのだ。問題はあるまい。


 わしは庶子であるし、今更手柄がと騒ぐ気もないので任せてしまったのだが。


「一気に攻めたくなるが……」


「相手が一揆でないならばそれがいいでしょう。しかし、一揆の場合は、本證寺を攻め落としても扇動する者がいなくならない限り戦は終わりません。情勢がはっきりしていない現時点での深入りは禁物きんもつです」


 武功にはやる将から攻めに転じたいとの意見もあるが、やはりウルザ殿は反対か。本證寺は堀を巡らせた堅固な城のような寺だ。攻めるのは容易よういではない。


 それにウルザ殿が言うように深入りするといかになるか読めぬ。一揆に反対する者は粗方逃げてきた。残るは一揆に賛同する者が多いのだ。下手に本證寺の寺領に入り込むとなにがあるかわからんからな。


「そうだな。矢作川より東もあちこちで蜂起したと聞く。向こう次第では情勢が変わる。しばらくは様子見だな」


 軍議のめは与次郎叔父上がウルザ殿の意見を認めた。


 確かに無理に動く状況ではない。


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