第412話・本願寺からの使者
Side:久遠一馬
そろそろ冬の気配がしている頃、清洲城には石山本願寺からの使者が来ていた。
三河は相変わらずゴタゴタしているが、以前依頼があった石山本願寺からの注文はすでに品物を送っていて、その返礼にと高僧が使者として来たんだ。
商品に関しては市場価格だ。硝子製品と鏡などの市販してない品物は高値にしたが、あとは米も含めて市場価格での取り引きだった。
米に関しては三河の本證寺の件があるので、石山本願寺に売って大丈夫か、と織田家中でも議論があったが、信秀さんは売ることを決断した。
米を売り渋ることで余裕がないと思われるほうが損だと判断したようだ。たとえ、本證寺に送られたとしてもそれほど長期間の
「わざわざ返礼とは痛み入る。だが目的はそれだけではあるまい?」
「はっ、遅ればせながら本證寺のこと誠に申し訳なく、許可を頂けるならば鎮撫の使者となりたいと思っております」
一通りの挨拶を済ませると信秀さんは単刀直入に話を進めた。
そう、石山本願寺がわざわざ使者を寄越したのはほかでもない。三河の問題の収束を図るために遣わした使者なんだ。
正直、石山本願寺にとって三河の蜂起は寝耳に水だったようだ。虫型偵察機の情報だが、石山本願寺は上納金さえ入れば、三河本證寺に限らず、地方に興味すらなかった。
願証寺はまだウチの商品を仲介していたから覚えがいいが、本證寺の件は地方の寺が突然一揆などと、なにを考えているのだと呆れていたようだからね。
願証寺からも、早い段階で石山本願寺の仲介を頼む使者を送っていたようで、距離を考慮すると早く来たほうだろう。
ちなみに石山本願寺に本證寺の一揆を認める気はまったくない。現状で織田は一向宗を含め宗教には寛容だ。信仰の危機でもなんでもない。
欲しいと言った品物も一部の品物では品薄で頼まれた分には足りなかったが、ほとんど市場価格で売ったんだ。今の織田と争っても石山本願寺にはなんの得もない。
加えて、三好が京の都を押さえて畿内の情勢が変わりつつある今、安定している伊勢湾近隣での争いを石山本願寺は本気で望んでいない。
畿内に加えて伊勢湾から東海も荒れることは望んでいないと言っていい。
政治的なセンスも悪くないと、エルが言ってたね。
「せっかく来たのだ。無下にはせぬが、こちらは随分と我慢をしておる。そこは、理解していただきたいのだが?」
「むろん承知しております。寺領の領民の救済は上人も感謝しており、事が落ち着けば改めて謝罪とお礼を考えております」
事態はすでに鎮撫どころか停戦も難しいが、物事には順序が必要だ。織田が三河に先遣隊しか送っていないのは、石山本願寺がどう動くか見極めていたためでもある。
「ならば、わしが言うことはない。願証寺も頑張っておるが情勢はようない。先日、とうとう一揆に反対する同門の寺を焼いたとの知らせが来た。あまりの非道ゆえに、心ある三河衆が助けに寺領に入ったが助けられなかった者も多い」
「なんと……、そこまでするとは……」
「連中は松平が守護使不入を犯したと言うておったが、松平に使者を遣わしたら事実無根だとの返答が来た。願証寺の者も松平領に入っておるゆえ、詳しきことは願証寺の者に聞いた方が良いかもしれんな」
そう、信秀さんはこの期間もずっと打てる手は打っていた。一揆の原因とされた松平宗家には、久々に正式な使者を出して真相の確認をしたんだ。
願証寺も矢作川より東にも入って事態を悪化させまいと頑張っている。
ただ、その所為で説得に当たっていた何人かの僧が殺されてしまったけど。松平宗家も護衛を付けていたそうだが、その護衛にも被害が出たほどだ。
「鎮撫は構わぬ。だが、ここまで来れば
「
石山本願寺の使者の顔色があまり良くない。というか引き攣っている。聞いていた状況よりはるかに悪いんだろう。
先日、ついに一揆反対派の僧を寺ごと焼き払いにかかったからね。おかげで三河の織田領には逃げてくる人が更に増えて、てんてこ舞いだ。
矢作川より東でも同様に強行策に出たところがあるようで、松平領にまで逃げていってるほどだ。
そうそう面白いと言えば不謹慎だが、史実の本多正信の親父さんが一揆反対派を助けるために独断で寺領に攻め入ったらしい。
放置すると死にそうだったんでウルザが助けに行ったらしいけど。本多正信の親父さんが織田に臣従していたとはオレも知らなかったなぁ。
三河は本多さんがたくさんいるからさ。
さて、石山本願寺の登場で三河はどうなるんだろう。この状況を収められればたいしたもんだけど……。無理だろうな。
Side:石山本願寺の僧
「それほど酷いのか」
「はっ、拙僧たちの話を全く聞きませぬ」
上人に命じられて三河の蜂起を止めに来たが、時すでに遅しと言っても過言ではない状況とは。
織田弾正忠殿に続き、清洲にて願証寺の僧にも話を聞いてみるが、あまりの事態に帰りたくなってきたわ。
「連中は武士の恐ろしさを知らぬのか? 山科本願寺の顛末を知らぬはずはあるまい」
「はあ、どうも織田を侮っておるようで……」
かつて京の山科にあった本願寺は、天文年間に法華衆と武家の焼き討ちによって失われた。今の世は寺社とて明日はいかになるかわからぬのだ。
織田を侮るだと? 確かに織田など尾張の田舎大名にすぎぬが、侮っていいほどの弱小勢力ではあるまい。
美濃の斎藤・近江と北伊勢の六角・南伊勢の北畠。何処も織田とは敵対はしておらぬ。駿河の今川とは敵対しておるようだが、織田と関東の北条が通じてからはこちらも動いてはおらんと聞くではないか。
「まさか今川と謀っておるのではあるまいな」
「そのことなのですが……」
孤立無援でなにがしたいのかわからず頭が痛くなったが、願証寺の者の話を聞いて更に頭を抱えた。
今川の
織田の策か? いや、織田は戦にも本證寺の鎮圧にも
ということは今川の策か? いかにも三河では織田が優勢な様子。本證寺を巻き込んで織田と潰し合わせる気か?
わからぬ。織田や今川の考えもわからぬが、この事態を本證寺がいかに収める気なのかもまったくわからぬ。
「とりあえず本證寺に行くしかないか」
「危ういを過ぎて、死地に赴くに等しきと見受けますがよろしいのですか? 織田や松平は護衛を付けてくれますが、守護使不入のため寺領には入れませぬ。単身で説得に入った僧が幾人も戻っておらぬ状況でございます」
「……仕方あるまい。このままでは帰れん。すまぬが石山にわしの文を至急届けてくれ。わしが戻らぬ時は破門にせねばならぬ」
「
守護使不入か。武士が僧を守って、同門の僧が殺しにかかる現状では皮肉な法となるな。
織田はよく我慢しておる。畿内の武家を相手にこのようなことをしたならば、とっくに滅ぼされておってもおかしくはない。
仏の弾正忠だったか。随分な異名だと思ったが、満更嘘ではないということか。
本證寺は甘く見過ぎだ。
織田領内はいずれも平穏にして賑わっておる。人々の表情も明るい。一揆だと騒いでも誰もついてはこぬだろう。
現に本證寺の寺領内部ですら割れたのだ。この期に及んで退くに退けなくなったか?
蜂起の首謀者の首は差し出さねばなるまい。あとは問題を起こしそうな者も処分が必要か。
とりあえず石山の上人に文を送らねば。織田は一向宗との争いを望んではおらぬ。ここで織田と一向宗との間にしこりを残してもなんの得にもならぬ。
織田は朝廷の覚えもいいのだ。三河の一揆の話はすぐに朝廷の耳にも入るだろう。我慢する織田と乱暴な本證寺の噂では誰も味方してくれんぞ。
さっさと解決せねば、また一向宗が
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