第409話・やっと動く駿河

Side:久遠一馬


 武芸大会は最終的に去年より一日多い五日で終わった。


 事態の推移によっては短縮や品評会メインの大会も覚悟していたが、本證寺内部の混乱が想定以上だったことで、緊急性が低くなり最後までやることになった。


 武芸という意味では、出場者が先遣隊に加わり出場を辞退したことで幾分メンバー的に物足りなくなったが、その分だけ去年と同様に行なった武芸大会くじは大勝ちした人が出たようで騒ぎになっている。元の世界なら出場・出走の回避・取消は払い戻しだったかな? 申し訳ないがそんな制度はまだ無い。恨むなら本證寺を恨んで欲しい。


 武芸大会には織田の威信もかかっていたし、武芸大会を途中でやめての戦という事態を避けられたのは上出来だと思う。


 盛り上がったのは模擬戦だろうね。やはり派手で見栄えがいい競技は盛り上がった。


 ただ長距離走や荷駄輸送の競技は会場から出て競技をするので、観客は彼方此方あちらこちらにいても、全行程を審判が見てないので、ズルをしようとしたり、互いに妨害行為の応酬で乱闘になった人たちがいた。ルールの再検討が必要かもしれない。


 あとは領民限定で行なった期間中の関所の開放と各種屋台などは、去年に引き続き成功した。屋台は今年も子供たちが積極的に働き、それが盛り上がる一因だったと思う。


 そういえば、昨年の土岐頼芸の家臣の事件を模した芝居を披露している人たちがいて、かなりウケていたね。


 河原者というのか分からないが、多少誇張した芝居なんかを織り交ぜていて、後世まで伝わると伝統芸能にでもなるのかなと思って見ていたら面白かった。


「しかしまあ見事だね」


 武芸大会も終ると、いよいよ問題の三河に、本格的に取り掛かる。


 ちなみに蟹江の賦役と清洲の賦役は通常通り続けている。


 今年の冬からは国人衆領の領民に対して、賦役への参加を順次許可する予定なので、規模が更に拡大するかもしれない。


 この日は忍び衆や願証寺が集めた情報を基に、三河の情勢を改めて整理しているが、資清さんと望月さんがよく情報を整理してくれている。


「全て教わったことでございますれば」


 忍びが情報収集するというのは、この時代では必ずしも当然じゃない。いわゆる使い捨ての駒のような扱いであり、情報収集すらしてない人もいるんだ。どちらかと言えば、自爆テロみたいに自分の命が代償の破壊工作員としての仕事が多いのが現実だ。


 まあ歴史に名が残るような有名どころは、それなりに情報の必要性を理解しているみたいだけどね。忍びを使わずに、部下を物見として直接派遣することもあるみたいだけど。


 資清さんたちと忍び衆は情報収集に特化した忍びになりつつある。密偵とでも呼ぶべきだろうか。


「これが一向衆との戦なのですね」


 今は三河の地図に源平碁の駒で、敵味方の簡易な識別表示をしているが、セレスがその複雑な情勢を興味深げに見ていた。もちろんセレスはシルバーンの戦略分析情報にアクセス出来る身だけど、多分、人が命懸けで集め、それでもあやふやな情報に、全てを賭けて軍を動かす。そこに戦慄せんりつを禁じ得ないんだと思う。非情なまでの現実がここにあるからね。


 完全に敵味方の判別はまだ出来てない。それとどっち付かずで機会を窺っている者や、一族を分けて内乱中の一向衆の双方に味方している人もいる。


 正直ギャラクシー・オブ・プラネット時代には、ここまで滅茶苦茶な情勢はなかった。


 そもそも情報収集と分析は近代以降の戦争では必須だからな。双方にいい顔をしたらスパイだと思われるだけだ。


「この双方にいいように動いてる人は罰を与えたいね。頑張っているのは認めるけど争いを扇動してるようにしか見えない」


「叶うことですが、敵が増えますよ」


「残しておいても問題を起こすだけでしょ?」


 この段階で問題なのは一向衆に完全に賛同した者よりも、便乗して近隣と争いを始めた者や双方に付いている者だろう。家を残すために、両方に味方するのはこの時代ではよくあることだ。


 エルは敵が増えると少し懸念している。戦国時代らしい知恵といえばそうなんだろうが、この程度の情勢を見極められない人は要らないだろう。


 ちゃんと織田の方針を守ってる人もたくさんいるんだ。正直者が馬鹿を見るのだけは避けたい。


 この時代の便利なところは連座制だろうね。双方に味方した家は、敵方に通じて味方の足を引っ張ったと断じて、利敵りてき行為と内患ないかんの罪で連座を適用するのがいいだろう。指揮官の立場からみれば、常に裏切り内通の危険を感じさせ、手間を掛けさせる不逞の輩だ。そんなのと比べれば、敵として戦い、のちに降伏した者の方がまだ信用できる。例えば死罪にまではしなくても、海外へ島流しにしてしまえば、もはや日ノ本のことには関与できないだろう。


 ただ正直どこまでを島流しにするかは悩むところだ。反発して働かない人や狂信者は要らない気もする。


 なんというか史実で徳川家の譜代として仕えた家が幾つもあるが、いなくなっても構わないと思う。冷たいようだけどね。


 清洲攻略のその後をみても、安易に許しても後で問題を起こす人が続出するからなぁ。


 三河は最初から織田による検地と、分国法の受け入れは絶対条件にする必要があるかな。松平家に任せるなら話は別だが。そして『任せる』を喜んで引き受ける様なら、松平家は竹千代君を残してみんな消えるだろう。織田の統治を推し進めるには、都合がいいんだけどね。


 最終的には信秀さんの決断次第だけど、美濃で土岐頼芸亡き後に蜂起した人たちは領地の召し上げと追放が基本だった。ただ、土岐家の場合は正室の実家として六角家があったけど、三河者には行く当てがないから扱いに困るね。島流しかな?


 三河も臣従はそれを基本にしたいね。今後の領地拡大時の前例となるようにしないと。悪いけど、織田家にとって国人衆や土豪、寺社の価値は他家より低いんだ。


 織田と他家では統治方法が違い過ぎて、土地の管理を任せてもあまりいいことないしね。


 さて、どれだけ生き残れるかな?




Side:太原雪斎


「御屋形様、かねてからのけいの通り、三河には拙僧が参ります」


 三河から一向衆が蜂起したと知らせが先ほど届いた。少し前から本證寺の狙いが松平と矢作川より東の西三河なのは、わかっておることだ。


 西三河の国人衆には援軍と帯同する形で人質の一時帰郷を認めた。引き換えに、本證寺向けに総出の挙兵を命じる手筈になっておる。


 織田に靡いた西三河において国人衆が本證寺相手に挙兵に応じるかは怪しきが先立つが、これならば大半は応じるであろう。


 情けで人を動かすは拙僧が織田に学んだこと。家柄もある今川の御家がほどこせば織田よりも十分に効くであろう。


 無論、駿河と遠江と東三河からも兵を出す。五千もあればよかろうて。


「うむ。任せたぞ。雪斎」


「はっ、必ずや織田との新たな関係を築いてご覧にいれましょうぞ」


 まだ詳しき情勢はわからぬが、織田についた国人衆は易々と裏切るとは思えん。たとえ本證寺が西三河の一向衆全てを動かしても、被害はこちらで広がるばかりであろう。


 ただ問題は一向衆ではない。織田なのだ。


 この機を逃さずに織田との新たな関係を築けなければ、今川は終わることになるのやもしれんのだ。


 なんとしても織田を西三河で食い止めて和睦により三河を鎮定させる。そして甲斐の武田を攻めるしかあるまい。


 そのためには拙僧が直に三河に行き采配を振るわねば、いかがなるかわからんからな。




Side:松平広忠


「殿! 上宮寺で本證寺に同調の強欲僧ども、挙兵の動きがあり!」


「同じく勝鬘寺でも蜂起派の輩に、不穏な動きがございます!」


 おのれ……。


 弱きことが罪だというのか? わしは今まで一向宗には配慮は欠かさなかったのだぞ。


 次々と入る知らせは寺社も国人も土豪も、誰もが勝手に戦をすると決めて、その支度を始めたとの知らせばかりだ。


 本證寺は内部分裂で争っておる。織田は静観の構えを崩しておらぬが、兵は順調に集めておる。いつ戦が起きてもおかしゅうはない。


 上宮寺と勝鬘寺はそんな本證寺の分裂に巻き込まれたか。内部で同調する者と静観を主張する者で対立が激しいとは。


 伊勢の商人には兵糧を頼んである。それが届けば一息つけるが、果たしてこの情勢で無事に届くか怪しきところもあるが。


 今川の援軍が来るまでは安易に動けん。織田ばかりではないのだ。今川家の太原雪斎からも一向衆が蜂起しても籠城しておれと文が届いた。


 織田と今川は共闘して一気に片付ける気か?


 問題は織田と今川の動きを家中にも漏らせぬことか。一向衆に露見すれば連中が纏まりかねん。




「御所望の兵糧を持参致しました」


「ずいぶん早いな」


「某も商いでございますれば」


 懸案だった兵糧がすぐに届いたが、驚いたのは頼んで数日で届いたことだ。この日数では伊勢からは間に合わんのは明らかだ。


 まさか、織田領から運んだのか?


「大丈夫なのか?」


「もちろんでございます」


 まさか家臣がおる前で織田領から運んだのかとは聞くことは出来ん。だが商人の様子をみるとそうなのだろう。


 それと兵糧運搬の同行者に願証寺の僧がおることも驚きだった。


「何用だ?」


「本證寺がご迷惑をおかけしておりまする。拙僧は無益な争いを止めたいと考えております。是非、松平様の領内の寺に争いに加担せぬようにと働きかける許可を頂ければ」


 一向宗の者故、思わずはしたな問い掛けをしたが、如何なるをしに来たのかと思えば。今更説得などと。


「好きにして構わんが、命の保証はせぬぞ。すでに彼方此方かなたこなたで不穏な動きがある」


「承知致しております」


 そういえば半蔵が、織田領では願証寺の僧が織田に味方するように動いておると言っておったな。


 これも織田の策か。


「誰か、護衛をつけてやれ」


「ありがとうございまする」


 いずこまで役に立つかわからんが、邪険にする必要もないか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る