第408話・先遣隊の出陣と本證寺からの使者
Side:久遠一馬
三日目の午前中は昨日に引き続き、個人種目による武芸の試合が行われた。
一方この日からは、津島と熱田で芸術と技術部門の審査が始まる。こちらは文化芸術に精通している伊勢守家の信安さんをトップとして、ウチの家臣である鍛冶職人の清兵衛さんやメルティも審査に加わっている。
領民の人気投票も行なっているが、あくまでもそれとは別で有識者の審査として行うことになっているんだ。
津島や熱田の商人なんかもこの審査には加わっているし、尾張の寺社の僧や神職も加わっているが、織田領以外の者は審査には加わってない。
畿内なんかには名の知れた文化人とかいるが、わざわざ招くほどでもない。
この先のことを考えると、尾張の文化は尾張人で決めればいいと思うんだ。そういう体制を作っていきたい。
そして午後になると、いよいよ馬揃えとなった。
というか、昨日の今日で出来るもんだね。
ただ今回の馬揃えは少し趣向を凝らしていて、先遣隊のメンバーによる馬揃えとなった。さすがに織田家全員での馬揃えは準備の時間が足りなくて無理だったんだよ。
大将は織田信康さん。ウチからは益氏さんが家臣と忍び衆二十名ほど連れて、先遣隊に参加することになった。
ウチの旗印は初陣の時と同じ青い布に金で南蛮船を描いたものだ。そういえば決めてなかった家紋は、織田家の木瓜紋の使用許可を猶子の時に貰ってるからそれにした。
場所は清洲城から野外競技場を経由してそのまま三河を目指すコースだ。
「道が広いので見栄えがありますな」
オレは準備のため少し前から清洲城に来ていたので見送ることにしたが、先遣隊のみんなは沿道の見物人の多さに驚きながらも喜んでいる。
清洲城から出発する兵はおよそ千名で、一緒に見送る政秀さんは新しく整備した清洲の広くて真っすぐな道を歩く兵たちに感無量な様子だ。
「先代様が生きておられたら……」
思わず涙を堪えるように目頭を押さえた政秀さんは、織田家先代の織田信定さんのことを口にした。
こんな広くて立派な道を、堂々と馬揃えで出陣する姿を見せたかったんだろうな。
オレも年配の人から、過去の思い出や大変だったことを聞くことがある。
それは歴史に残るような重大な出来事ではなく、むしろ歴史には残らないような人々の日々の営みなんかがほとんどだ。
尾張はまだ食える地域のはずなんだけどね。それでも当然ながら苦労はあったみたい。
現状では発展し始めたばかりだけど、それでも手押し式ポンプの井戸なんかは普及しつつあり便利になったと喜んでくれていて、昔は大変だったと教えてくれる。
構造が簡単だから、現在では尾張の職人に手押しポンプの部品の生産を任せてるほどだ。
「でもまあ、今年でよかったですよ。去年とか一昨年だったら織田は大変なことになっていましたから」
「苦労しましたからな。三河は……」
政秀さんを元気づけるように声を掛けると、すぐにいつもの笑顔に戻って答えてくれた。
今川家と一向衆は織田にとって大きな敵だからね。対策は政秀さんとも何度も相談して頭を悩ませたんだ。
馬揃えで先遣隊が清洲を出発すると、その後に合流する者たちと合わせて二千ほどの兵で三河安祥城へと向かう。
本隊の出発準備も進んでいるが、協力する予定の今川軍が西三河に到着するには、まだ日にちがかかるからね。本格的な部隊の出発は武芸大会が終わってからだ。
現状では先遣隊を合わせて七千から一万ほどの規模で派兵を予定している。美濃衆がやる気になっていて参戦を希望してるから、具体的にはどうなるかはまだわからないけどね。
派兵の調整と商人や寺社からの矢銭の提供など、武芸大会と並行しての戦の準備は地味に大変だ。
特に商人なんかは早くも戦後を見越して率先して協力してくれている。そもそも現状では矢銭の催促はしていないんだけどね。
本證寺の一揆というか内乱だが、このまま西三河を攻めるのではと見ている人が多いらしい。
戦後に商売の機会が広がることを見越した矢銭なんだろう。
このまま本證寺を抑えて終わるなんてほとんど考えてないのが、戦国時代らしいね。
Side:織田信広
評定の間は静まり返っておる。本證寺の強硬派からの使者が来ており、如何なるを言うのかと興味津々なのだろう。
「我らは織田様と敵対するつもりではありませぬ」
何ぞや名目なりを言うのかと思えば……。
「では如何にというのだ? 秋以降に、こちらの領地で刈り田や盗みを働いた者はほとんどそちらの領地の者ぞ。更に蜂起してからは、そのような者が増えた。さすがにもう我慢の限界だ」
今更このような使者を送ってくるとは、如何に考えておるのだ?
まさかこの期に及んで織田が本證寺の蜂起を黙認するとでも思っておるのか?
「ですが松平が約束したはずの守護使不入を破ったのです。このままでは我らの沽券にかかわりまする」
「約束を破った証拠は?」
「西三河は岡崎に持する寺に不当な介入をされました」
「わしは証拠があるのかと問うたのだぞ? そのほうの言葉など証拠にならんわ」
「なんと無礼な……。いくら織田様とはいえ、その言葉は聞き捨てになりませぬぞ!」
こうして本證寺の使者と言葉を交わしておると面白きよな。
使者ではない。三河者の顔色が面白き
三河者はあまり腹芸が得意ではないようだ。
それにしても。この使者は、わしを舐めておるのか? 今更そんな言い訳を口にするとは。
蜂起する前ならば聞くだけは聞いたかもしれん。いや、蜂起する前には言えるはずがないか。でっち上げの証言など言えるはずがない。
「ほう。聞き捨てならぬか。ならば戦でもするか?」
「いっ、いえ。そのようなつもりは……」
「本證寺からは別の使者が先日来ておる。そのほうたちがでっち上げの名目にて、西三河で一揆を企てておるとな」
「そのような者こそ信じてはなりませぬぞ!! 奴らは仏の道に背いた者でございまする。現状の混乱もすべてはその者たちの謀でございますれば! 本證寺を乗っ取ろうしておるのでございます!!」
「もうよい。そこまで言うのならば、清洲の父上に直に訴えよ。ただし、心してかかれよ。嘘偽りが一片でもあれば織田は本證寺の敵となる」
家臣と国人衆、それとヒルザ殿とウルザ殿にも同席を願ったが、家臣やヒルザ殿たちはもう話すだけ無駄だろうという顔をしておる。国人衆の多くは気不味いのか、口元が歪んでおるな。
このまま父上に裁定を仰ぐほうがよかろう。父上の本隊と今川が動くまでには今しばらく時が必要だ。
「皆に言うておく。今後は本證寺に対する一切の寄進も助力も止めよ。内乱となって争っておるが、そのいずれにもだ」
使者は不満そうな表情を僅かに残して帰った。
ちょうどよいので皆にはっきりと言うておくべきであろう。最早、本證寺は敵なのだ。
「お恐れながら、一揆を止めようとしておる者にもでございますか?」
「逃げてきた者を受け入れるのは構わん。本当に一揆を止めたいのならば、一旦引かせろ。いかな理由であれ勝手に争う者への助力は認めん」
やはり三河者は今の織田の統治を理解しておらぬな。織田に利するならばいいのではと勝手に考えておったのであろう。
それを
ここまで来ると
「この中には一向宗を信心致す者もおるであろう。本證寺に付くのは好きにして構わぬ。戦になれば遠慮はせぬがな。それとな。隠れて裏切るのは止めておけ。露見したら本證寺に付く以上に厳しい沙汰があるはずだ」
さて三河者はいかがするかな。
願証寺が随分と説得しておるようだし、周りが敵だらけということにはならぬであろうが。
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