第407話・武芸大会二日目の夜
Side:久遠一馬
武芸大会二日目はなんとか継続出来た。
剣に続き槍・弓・鉄砲と種目が行われたが、一部の武士が先遣隊への従軍準備のために競技を辞退したのが残念だったな。
弓の部門に出場予定だった太田さんも三河対応を理由に辞退していて、資清さんたちと本證寺の対策に走り回っている。
オレは出てもいいと言ったんだけどね。武芸大会は来年もあるから今年は不要だと辞退したんだ。
一向一揆。この時代ではシンプルに一揆と呼ぶが、一向衆の危険性を理解しているだけにそれどころではないと考えてくれたらしい。
「明日、先遣隊の馬揃えをしたい。
この日は三河対応のために、オレとエル、資清さんは清洲城に泊まることにした。
忍び衆の報告はウチに来るが、それの対応を最終決裁するのはやっぱり信秀さんなんだ。対応する時間のロスを無くすために清洲城に留まることにしたんだ。
その後、夕食を前に清洲城に戻った信秀さんは、明日の予定に馬揃えを入れるようにと言い出してオレや重臣たちを驚かせる。
「えーと、なんとかします」
日程は組んではいるが、この時代は一日二日大会が延びても特に問題はない。朝は時間的に無理だが昼なら可能だろう。
武芸大会はウチが事実上運営しているから融通が利く。
「与次郎。頼んだぞ。此度は今川とも示し合わせておる。雪斎は安易に裏切る男ではあるまいが、今川とは因縁浅からぬ仲、
「兄上、万事お任せを」
ちなみに先遣隊の大将は信秀さんの弟の織田信康さんだ。通称与次郎さん。犬山城主として尾張上四郡と美濃に睨みを利かせている人だ。ちなみに、織田信清君のお父さんだ。
オレは正直そんなに話したことがないが、信秀さんらとの仲が悪いということもない。信光さんの兄であり織田一族のまとめ役でもある。
選考基準はしらないけど、信光さんが関東で海戦に参加したからね。今度は信康さんに活躍の場を与えたのかもしれない。この人は上四郡の織田伊勢守家の後見役をしていたりと、政治的な能力があるのも理由かもしれないけど。
「一馬殿、三河の情勢は相変わらずか?」
「はい。矢作川より東でも蜂起したところが複数ある上、どさくさに紛れて近隣との係争を始めたところもあるようでして」
信康さんって、史実では美濃攻めで亡くなった人なんだよね。この世界では美濃攻めがなかったから健在だし、今回はやる気になっている。
三河の情勢を聞かれるが、正直、伝えるのが申し訳なくなるほど混沌としている。
西三河に六百はあるといわれる一向宗の寺をすべて見張るなんて忍び衆だけでは無理だ。一応虫型偵察機と偵察衛星でも監視はしているが、現状では本證寺に同調する寺が相応にある。
まあ全体で言えば三分の一も同調してないけど。
問題なのは一向宗と関係のない争いも起きてることだ。係争地なんてどこにでもある。
水の奪い合いの争いなんかもあるし、そこに国人や土豪の自尊心
それと、この隙に勢力を広げようとする者もいるだろう。本来なら松平宗家や、その主家である今川家が抑えるんだけど、西三河は織田が侵食した結果、今川家の支配が弱いんだよね。松平宗家なんてもはや空気だしね。
「最早、一向宗がいかにとかの問題ではあるまい。長年の不満が一気に
さすがの信秀さんも少し苦笑いだ。名目が出来たからと便乗した蜂起や争いがあちこちにあるんだから。
鉄の結束の三河武士なんて、この世界の未来では言われないだろうね。
「だが兄者、今川など信頼出来るのか?」
ただここで今川に対する不信を口にしたのは信光さんだ。他の織田一族や重臣も同じ心配をしてる。誰もが本当に今川が信頼出来るのかと半信半疑のようだ。
「裏切るようなら駿河まで攻め入ってくれるわ。尾張の開発が遅れるのを覚悟すれば現状でも戦は叶うのだ」
信秀さんの答えはシンプルだった。
そう。今川との戦は尾張の開発が遅れるんだよね。旧今川領の管理なんてやり始めたらどう頑張ったって尾張の開発が止まる。信光さんたちはその言葉に清洲や那古野の発展を思い浮かべて考え込んでいる。どっちがいいか、すぐにはわからないんだろう。
でもみんな変わったね。以前ならすぐに戦を選んだだろうに。
前に資清さんが言っていた。尾張は恐ろしい速さで変わっていると。オレはあんまり実感がないが、この時代の人からすると受け取る感覚が違うらしい。
「まあ、海から攻めこめるだけ織田は有利だからな。戦もそこまで不利にはなるまいが……。悩むな」
しばしの沈黙のあと、信光さんは関東での海戦を思い出したのかオレを見て今川との戦に言及した。
制海権の意味を理解してるんだろう。ただ、そこには今川も気付いているんだよね。
ところでロボさんや。信秀さんの膝の上で寝ちゃいましたね?
おれたちと一緒に清洲城に来たんだけど、ロボとブランカは信秀さんに懐いてるんだよね。
さっきまで遊んでいたが、寝ちゃったみたい。ブランカはオレの隣のエルの膝の上で寝ている。
なんか、元の世界のドラマで悪役が猫を撫でながら話すシーンを思い出すなぁ。
side:松平広忠
「半蔵、
「はっ、今川と織田の対本證寺共闘はまことのようでございます。ただし領地の問題は棚上げにしたようで、一揆を片付けたあとに話し合うというのが現状のようで」
未だに信じられん。さすがは海道一の弓取りということか。あれだけ争った織田と組むとは。
「それと実は……、織田から
なっ、織田からの書状だと!? ……弾正忠信秀からだ。
「殿、織田はなんと?」
「迂闊に動くなとある。その代わりに織田は松平が求めるならば見捨てぬとな」
信じられん。織田は如何なるを考えておるのだ? 今川と組んだのではないのか?
「これの真贋は…、本物か?」
問題はこれが本物かだ。花押と印は本物に見えるが、本物か否かはわしにはわからぬ。
「恐らく本物かと。持参致したのは忍び衆を束ねる久遠家の奥方でございました。名はウルザと。噂の影の衆を率いる者でございますれば……」
「なっ、まことか!?」
「はっ」
信じられん。織田は如何なるを考え、如何にしようとしておるのだ?
だが迂闊に動くなとはいかなる意味だ? 今川にも協力するなということか?
いや、織田と今川は対一向衆で協力するのだ。そこまで言ってはおるまい。
一向衆を潰すまでは余計な動きをするなということか。今川との協力が潰れては困るということであろうな。
すでに領内の寺社には動きだしたところがある。本證寺の蜂起に賛同する者が暴れておるところもあるのだ。
もっとも寺社だけではない。国人や土豪まで勝手に戦の支度を始めておる。
わしが何ぞ言うたところで言うことを聞くまい。
だが悪いことばかりではない。織田からの援助と秋の税で兵糧は貯めてある。こちらも戦はすでに叶うのだ。
欲深い破戒坊主に岡崎は渡さん。
「半蔵、本證寺の蜂起に加勢する者を見つけるのだ」
「はっ、心得ましてございます」
加賀では一向衆信徒以外の国人衆や土豪たちも蜂起に加勢したと聞く。西三河でも本證寺に味方する者は出よう。
誰が敵で誰が味方か、しかと見極めねば戦も出来ん。
おのれ。一向宗め。守護使不入を認めたにも拘わらずこの仕打ちか。
許さぬぞ。目にもの見せてくれるわ。
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