第406話・分かれる対応
Side:久遠一馬
剣術の優勝者は今年も石舟斎さんだった。ジュリアは出てないしね。順当だろう。
出てないといえば慶次も出ていない。誘われたり、
武芸大会は続いているが、一部では先遣隊を派兵する準備が早くも始まっている。
物資や兵糧なんかは用意してあるというか、すでに先遣隊の分は水野家の刈谷城なんかに保管していて、先遣隊は身ひとつで出発するだけになる。
「弾正忠様。何卒、我らに同行の許可を!!」
信秀さんはVIP席の織田一族や重臣と来賓たちに、本證寺の蜂起と内乱が起きたことを隠すことなく知らせた。
その席で真っ先に声を上げたのは願証寺の高僧だった。
矢銭の提供と僧兵の派遣に加えて、先遣隊に僧が同行して説得に当たりたいと言い出したんだ。
「僧兵は無用だ。遥か天竺では仏門に帰依する者は殺生をせぬと聞く。それに同門と刃を交えるとしこりをのこすであろう。説得はするならば構わぬが、一揆の首謀者どもは安易に無罪放免にはせぬぞ」
周囲の織田家の重臣たちの中には驚いている人もいる。相手は本證寺で一向衆なんだ。同じ願証寺が僧兵まで出して織田に味方するとは思わなかった人もいるんだろう。
僧兵に関しては初めから受け入れる予定はない。確かに同じ一向衆の僧兵が織田側にいれば敵を分断出来るかもしれないし、兵力はあって困るものでもない。
とはいえ織田は長期的には寺社の力を削ぎたいんだ。この時代は寺社と国人や土豪の区別が曖昧なのでそう簡単でもないんだけどね。
国人でもあり寺社の関係者でもあるなんてよくある話だ。尾張でも熱田神社の大宮司の千秋家だって国人と同じように戦にも出る。
ただやっぱり一向衆は特別だ。規模も勢力も。矢銭と説得の僧の派遣はいいが、僧兵はいらないね。
「殿。申し訳ございませぬ。状況が思ったより混乱しております」
資清さんは先にこの件の処理のために清洲城に行っていたが、戻ってくると申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「幾人かの僧が一揆を止めるべく、本證寺に
一向衆の分裂と内乱か。可能性として事前に予測はしていた。とはいえ、いざそんな事態になってみると予想以上に事態は混沌としてきたと考えるべきか。
みんな生き残ることに必死だ。
「無理はしなくていい。冷静に出来る範囲で動くように徹底して」
「はっ」
問題はゲームと違い敵味方の判別も難しいことだ。これは願証寺に敵味方の判別を頼むほうがいいかもしれない。冷静に出来る範囲で家臣のみんなには頑張ってほしい。
「おそらく本證寺内の争いや、長年の細かな諍いなどで敵味方に分かれたのでしょう。終息には時が掛かるでしょうね」
一方のエルは渋い表情をしている。まとめて一向一揆を起こされるよりはましだが、敵味方の判別が難しいのは大変だ。このままでは、ゲリラ戦になりかねない。
ここまで来ると誰がどんな考えでどっちに付くかという、単純な問題ではない。
その場の流れや関係ない思惑にちょっとした諍いなど、敵味方に分かれる理由なんて様々だ。
西三河が織田と今川のどっち付かずなところが、悪いほうに影響したんだろう。こんなこともあるよね。
なんか不謹慎かもしれないが、まさに戦国時代って感じの様相だ。
Side:織田信広
「兵を寺領との境に増員する。ただし、こちらからは
とうとう本證寺が蜂起したか。
内乱に近いのはわしには意外であったが、久遠殿からは考慮すべしが
こちらの領内の国人や土豪・寺社にも文を送った。今後、本證寺の一揆に加勢した者は、織田とは手切れとなると。
今までは飢えぬようにと手を貸しておったところも少なくないが、ここで本證寺に付くならば遠慮はせぬ。
平時ならば多少の兵糧の横流しなどは目を瞑ってきたが、本證寺が蜂起した現状では僅かな加勢でも事後の和睦はないと思え、と厳しい文を送った。
あまり追い詰めないほうがいいかと少し迷ったが、本證寺が割れたこの機会に敵対する者を炙り出すことに決めた。
「ウルザ殿、いかがであったか?」
自らの領地に兵を集めに戻った家臣や国人たちと入れ替えに、朝から忙しそうにしておるウルザ殿がやってきた。
「申し訳ございません。敵味方の識別は今しばらくの御猶予を。ただ、どさくさに紛れて刈り田や盗みを働く者が増えております。兵の増員が急ぎ必要でございます」
武芸大会が尾張で開かれておるというのに、
正式にはわしの家臣でもないので扱いが難しいが、三河者はいつ誰が本證寺に寝返るかわからぬので助かっておる。我が義弟の嫁御、義妹たちは真に
「構わぬ。それより清洲との
「久遠家の秘伝です。鳩に文を持たせて繋ぎをとっておりますので」
「ほう。鳩にの。よう言うことを聞くな」
「特別な調練をしておりますれば……」
ただ恐るべきは久遠家だ。あり得ぬ早さで父上と繋ぎをとっておる。
妖術だと言われればそのまま信じてしまいそうだが、鳩に文を持たせておるとは。鳩を持ってきておるのは報告があがっており不思議に思っておったが、繋ぎのために使っておったのか。
「援軍要請には保留か」
ウルザ殿は新しき父上からの文を持ってきたが、暗号とやらで書かれておって内容はすぐにはわからぬ。父上の印が押してあるうえ、暗号とやらで読み解けるので本物には相違ないのだがな。
読み解くと現状で来ておる穏健派側からの援軍要請には保留。こちらに逃げてくるならば受け入れよとの指示だ。
「現状では、援軍要請自体が敵の策である
「織田は余裕ということか。常としては味方になりそうならば取り込むのだがな」
もともと三河の
尾張から連れてきた家臣の中にはそんな策に戸惑う者もおった。
そんな状況で味方を増やすのではなく、
ただ父上もその策を認めた。愚か者は不要ということだろう。
実の所、食べる物に困っておるから、織田が援助しておるのにもかかわらず、本證寺への寄進だけは欠かさぬ
「本證寺と織田を天秤にかけて、『お味方致す』の
久遠殿にも感じたが、ウルザ殿も武士に厳しいな。情勢を見て自らを高く売り込むのは当然のことだ。
とはいえ、それを買うまでもないのが今の織田か。
まあ三河者などは今川が有利になれば今川に付き、織田が有利になれば織田に付くからな。扱いやすいので滅ぼすまでもないが、現状維持以上の地位や利を与える必要はなかろう。
「
「いえ、流民の負傷者の手当てに出ております」
なんと、いつ一揆勢がこちらに攻めてきてもおかしくない状況で城から出たのか!?
「
「本證寺領との境です」
「危ういな。負傷者と共に後方に下がってはいかがだ?」
「お心遣い感謝いたします。さっそく手配いたします」
もともと忍び衆の精鋭と今川領に潜入しておったほどだ。護衛は十分付けておるのだろうが、一揆勢がいつこちらに来るかわからぬ状況ではあまりにも危うい、険呑に過ぎるであろう。
さすがに流民を城に入れるわけにはいかぬが、後方に下がらせるくらいは構うまい。
流民はともかくヒルザ殿をこんなところで死なせるわけにはいかんからな。
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