第403話・第二回武芸大会・その三

Side:久遠一馬


 いよいよ武芸大会が始まった。


 満員の会場は始まる前からお祭り騒ぎだね。喧嘩とかなきゃいいけど。


 始めは去年と同じ領民による種目だ。五十五間競走からだね。二年目という影響はここにもある。


 最初からいい感じに盛り上がっていて、今年は美濃からの領民も多い。


 村一番の足が速い者や力自慢といった者が多数参加しているんだ。


 観戦方法も今年は少し変えた。去年は従来の習慣からお偉いさんは男女を別に観戦していたが、今年は信秀さんたちお偉いさんも男女を一緒に観戦することにした。


 これは信秀さんの意向で、一族や重臣に来賓も家族と一緒に見られるようにとの考えがある。


 織田家では花見とかも男女関係なくみんなでやったし、奥方さんたちの女子会も定期的に開催している。


 今年は子供たちもみんな呼んで、武芸大会を見せてやろうということになったんだ。


 まあ奥さんや子供は連れてきてない人も多いけど。こんな時代だ。人質に取られるのではと警戒したり、女は家から出るなと考える人も少なくない。しかも、小さい家では当主の代わりに奥さんが領地の差配をしているから同時に家を空けられないという現実もある。奥さんも連れてきて領地に帰ったら他家の領地になっていました。ではシャレにならないからね。


 ああ、学校の子供たちの観戦場所も用意した。みんな武芸大会を楽しみにしていたみたいだから用意したんだ。


 あとはウチの家臣や忍び衆なんかも、それほどいい場所ではないが観戦場所を用意できた。


 昨年に続き働いている人が大半だし、子供たちはほとんどが学校に通っているのでそっちの席で観戦している。あとはお年寄りとか、働いている人が休憩を兼ねて観戦出来るようにと席を用意したんだ。


 残念なのはオレも信秀さんたちのいるVIP席での観戦となったことだ。本音としては気楽に運営本陣で見てるくらいでよかったんだけどね。信秀さんの猶子となった以上は仕方ないと、あきらめるしかないか。


 まあ去年と違い女性や子供たちがいることや、土岐頼芸がいないのでだいぶ雰囲気が違うけど。


 運営本陣はセレスと一益さん、益氏さんに任せた。ケティや曲直瀬さんたちは救護係として救護所にいる。資清さんはオレと一緒にVIP席で観戦することになって、織田家の剣術指南役でもあるジュリアも今年はVIP席での観戦となる。




「これはまた変わった趣向ですな」


 VIP席の様子は和やかだ。ただこちらも去年の教訓をもとに変えていて、椅子とテーブルを用意しての観戦だ。


 テーブルの上にはお菓子が並んでいて、麦茶と抹茶と紅茶の中から好きなものを選んで飲める。朝から酔っぱらうと、碌なことにならないのでお酒はなしだ。


 でも今年もやってきた道三さんは、そんなテーブルを見て驚いてくれたらしい。


 ちなみに椅子にはちゃんとクッションを置いているよ。木製の堅い椅子に一日中座るなんて拷問だよ。


「父上もお元気そうでなによりです」


「わしはまだまだくたばらんわ。そなたが産む孫の顔を見るまでは長生きするぞ」


 当然、今日は帰蝶さんも来ていて、道三さんと義龍さんと同じテーブルに座って熱田祭り以来の再会を果たしている。


 信長さんが気を使ったみたいで、信長さんは挨拶をしただけで同席はしていない。斎藤親子は楽しげに話に花を咲かせているみたいだ。


 ただ、今日は信広さんと三河の主だった国人衆は来ていない。


 三河から来てる領民で参加者や見物人も多いが、さすがにこの情勢で信広さんと主力の国人衆が三河を空けるのは避けたようだ。信秀さんも武芸大会への参加よりも本證寺対策を優先するようにとの文を出し、事実上、武芸大会への招待を取り消している。ウチのヒルザとウルザも同様で三河にいる。


 一方で顔色が良くないのは願証寺のお坊さんたちだ。三河の本證寺領が荒れていることと、本證寺自体が不穏な動きをしているのは、安祥城の信広さんから報告が来ているからみんな知ってることだし、いつ戦になってもおかしくない状況だからね。


 今回は高僧を中心に十人ほどで来たが、三河にも願証寺の僧がそれなりの数で入っていて、今も事態の収束のために動いている。


 ただ、尾張の寺社や織田家の関係者からすると、願証寺も本證寺と繋がっているのでは? という疑念があるので少し肩身が狭いようだ。


 信秀さん自身は願証寺が織田を裏切るほどの理由がないことと、もともと本證寺と願証寺の関係がそこまでいいものではないことから、あんまり疑っていないようだけど。


 もちろん無条件で願証寺を信じるほどの信頼関係もないし、信秀さんはそこまでお人好しでもない。ウチは虫型偵察機で願証寺が本證寺と無関係なのは知っているけど、それを尾張のみんなには言えないからね。


 そのせいだろう。現状で一番必死なのは願証寺かもしれない。自分たちの潔白を証明するためにも本證寺の混乱の収束に全力を挙げている。




 競技も進むと昼食になる。お茶とかお菓子を出してるから軽く食べられるようにと、今日のお昼はパンだ。


 パンはウチでは尾張に来た頃から食べているから、信長さんや信秀さんたちは馴染みがあるものだ。八屋でも時々作ってるようだが、どっちかと言えば菓子のような扱いになる。


 ただ今日はサンドイッチと総菜パンだ。


 たまごサンド・カツサンド・焼きそばパン・ツナマヨパンなどの総菜パンが並んでる。好きなものを選んで好きなだけ食べて欲しい。


「これは如何なるものだ?」


「パンという、遥か大陸の西の果てにある国の料理だよ。小麦を使ったもので、向こうでは主食だね。日ノ本では主食はコメだが、米がとれない地域も多いんだよ。ただ、具材はウチの料理になるけどね」


 なんだこれはという反応はあちこちからあるが、一番驚き戸惑っていたのはやっぱり初参加の北畠具教きたばたけとものりさんだ。


 慣れてくると『久遠家だからな』で、新しいものでも理解は難しくても、許容してくれるが、彼は織田家の正式な行事に参加するのは初めてだからな。驚いて当然か。


 戸惑う具教さんにジュリアは軽く説明すると、焼きそばパンに豪快にかぶりついた。


 コッペパンの間に焼きそばを挟んだ、元の世界だとごく普通の焼きそばパンなんだけどね。


「北畠様。南蛮の握り飯のようなものです」


 ここでファインプレーだったのは藤吉郎君だ。彼も接待役として同席しているんだが、わかりやすい例えで具教さんを納得させた。


 藤吉郎君は食べたことあるのかな? エルたちがパンを焼くときはたくさん焼いてあちこちに配っているし、工業村の中の飯屋はウチで管理しているから出しててもおかしくないけどさ。


「なるほど。ではわしも……、う……美味いぞー!」


 食べたのはカツサンドか。リアクションが大きいな。正式な官位を持つ北畠家の代表なんだがいいのか?


 肉は猪だけどね。カラッと揚げたカツに特製のソースをたっぷりと付けたものを、焼いた食パンで挟んだものだ。


 がぶっとかぶりつくとじわっとソースが染みてきて、程よい歯ごたえの肉がまたいいんだよね。


 少し下味を付けた肉は臭みもなくソースとパンによく合う。


 飲み物は個人的にはさっぱりしたストレートティかな。


 見てたら食べたくなった。オレもいただこう。


「かじゅま! えるー、わたしも!」


 握り飯に例えるとは、この時代の人である藤吉郎君にしては、凄いなと思うと同時に、VIP席の中でも萎縮せずに頑張ってる姿に、感心しながら食べていたら、お市ちゃんがオレたちのところにやってきた。


 今日は土田御前と一緒にいたのにこっちに来ちゃったみたい。多分、来客の挨拶や心底の探り合いを黙って聞いているのが退屈になったんだろう。


「姫様にはこれなど、いかがですか?」


 どうも一緒に食べたいらしいので、オレとエルの間に座ってもらって、柔らかいたまごサンドでも食べさせてあげようか。


 乳母さんが困った様子で付いてきたが、大丈夫だからと任せてもらう。


 エルがこぼしてもいいようにと着物の上に前掛けをかけてあげて、お市ちゃんに合わせて一口サイズにカットしたたまごサンドを皿に移してあげている。


「おいちい!」


 ちょっと口元を汚しながらも満面の笑みを見せるお市ちゃんに、オレやエルばかりか周囲の大人がみんな笑みを浮かべていた。


 エルは慣れた様子で口元を拭いてやると、次は焼きそばパンを食べやすい大きさに切ってあげた。


「あー! これしってゆよ! わたしすき!!」


 一口サイズの焼きそばパンを前にお市ちゃんは少し止まると、前にウチで食べた焼きそばを思い出したようで嬉しそうにはしゃいでいる。


 この間にも領民参加の競技が続いている。今年は玉入れも新たに競技に加えたので、現在は玉入れの真っ最中だ。


 なんというかシンプルで誰でも出来る競技なので本当に盛り上がってる。見た感じはコスプレ運動会だけど。


 団体競技を増やしたんだ。みんなで協力する競技は村の中ばかりか近隣の村との交流にもいいかと思ってね。




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