第404話・尾張の夜
Side:久遠一馬
一日目は領民参加の種目で終わった。
短距離走と玉入れ以外にも、リレー・綱引き・障害物走などがあって見る方も楽しめるものだった。
ほんと武芸大会というより運動会の光景だったね。今年は一部の領主が積極的に領民参加をさせたこともあって盛り上がった。
この領民参加の種目もアピールのひとつと考えた人がいるらしい。オレは以前の様子をほとんど知らないので実感がないが、織田家も変わったらしいからね。
以前は税を集めて土豪や村々の有力者を従えればよかったが、現在は領民との関係も地味に求められていることに気付いている人がそれなりにいる。
「へぇ。上手くいってるのか。それはよかった」
「ええ。評判は上々ですわ」
「自分たちで選べるというのは今までにないことだからネ。自分の意見が反映されることに大きな興味を集めたということだと思うネ」
この夜は熱田のシンディと津島のリンメイが那古野に来ていて、熱田と津島で行なっている芸術と技術部門の展示会の様子を教えてくれたが、そっちも好評らしい。
芸術と技術部門の展示会は当然ながら有識者の審査を予定しているが、一方で領民の人気投票も試験的に行ってみたんだ。
技術的な評価や美術学術の専門的な評価とは当然違う結果となるかもしれないが、領民ひとりひとりが投票するという行動をこの時代から試させるにはいいかなと思ったんだ。
無論、選挙なんて導入する気は全くない。あれは歴史の積み重ねと、高度な民度と正確な情報を知らせる仕組みが必要になる。
衆愚政治なんてこの時代にやると破滅的なことになるのは分かりきっている。ただし自分たちで好きなものを投票して応援するくらいなら構わないだろう。
ただ、この人気投票は今後商いを行う際の参考にはなる。製作者側にも一定の利益があることだからね。
「お酒に酔って乱闘した人が出たんだよ! 刀を抜くなんて最低!!」
ああ、上手くいったこともあるが、問題もあったらしい。パメラがプンプンと怒ってる。
どうやら刃傷沙汰が何件か出たらしい。
去年もあったし元の世界でもお祭りで羽目を外し過ぎる人はいた。ただし、この時代ではそれで刀を抜いて死人が出るんだから困る。
「うーん。刀剣に限らず、私闘や狼藉による死傷には明確な法が必要か?」
「そうですね。難しいところですが、警備兵も整ってきたので頃合いかもしれません」
以前からエルたちと考えていたことだが、ちょっとした喧嘩なんかで刃傷沙汰になるのはやめさせていかないと。
史実でも江戸時代初期は牢人も多く刃傷沙汰が頻発して酷かったらしいしね。昔は犬公方として評判が最悪だった徳川綱吉が再評価されたのは、戦国時代からの殺伐とした流れを変えようとしたということもある。
もっとも儒教を重視して広めたのは個人的には微妙だと思うし、貨幣の質を落としたりと微妙なところも多々あると思う。それに武家社会の頂点に立ちながら、吉良・浅野の『松の廊下』事件から、赤穂浪士『討ち入り』事件の処罰まで、武家社会の根底を全否定する
まあ綱吉の評価はともかく、酒に酔っての刃傷沙汰とかは無くしていかないと駄目だろう。
エルも頃合いだと言うし、織田分国法に明確な規定を設けるべきか。武芸大会が終わったら検討が必要だね。ただ、この時代は自分の身は自分で守るのが常識であり、農家の男の子にも一人前の証に短刀を渡す時代だからなぁ。
元の世界の感覚で対応したら大混乱になるだろう。祭りの会場や歓楽街など一部の地域のみ武装を禁止するなど、やれることからやっていかないと無理だろうな。因みに短刀の出所は大半が、戦場の死体かららしい。戦国を実感するね。
「明日からは武術の試合かぁ。みんな怪我のないように頑張ってほしいね」
明日は石舟斎さんとかの出場する剣術の試合などがある。
勝っても負けても悔いのないように頑張ってほしい。
三河の一揆なんてお約束要らないからね。
Side:松平広忠
「それはいかなる意味でございますか?」
「一向衆の一揆を今川家は認めないということです」
信じられん知らせが入ってきた。今川家から差し向けられておる
「織田と和睦してもか?」
「和睦ではありませぬ。対本證寺で協力するだけでございます」
所詮、今川は動かんと誰もが思っておったのであろう。織田に対してと同じように。それが突然一揆には織田と共同で対処すると言い出したのだから驚きだった。
「話はついたのか?」
「当然でございましょう」
なんということだ。あれだけ対立しておきながら今川は織田と手を組むのか? 和睦ではないというが内実は和睦であろう。
加賀の件を考えたか? あれが周辺の国々にいかほどに迷惑かは聞いておるが。
だがこれでは矢作川より東は今川領のままではないか。下手をすれば反今川から一揆に加勢する者が現れかねぬぞ。
織田はそれでもいいというのか? 矢作川より東はいかになっても本證寺さえ押さえられればいいというのか?
いかん。このままではいかん。なにもせぬままに西三河が荒れるばかりではないか。
なんとかせねばならぬ。なんとか。
Side:願証寺の僧
「駄目だ。上人は修行以外には興味がない。それに本山から来ただけの身で三河での威徳も必ずしも大きいとは言えぬ。自身の修行以外は高僧に任せたままだ」
「そうか」
尾張の国の熱田は武芸大会で賑わっておる。
そんな熱田にて一揆を止めたい本證寺の僧と話をしておるが、状況は悪うなる一方だ。
本證寺の玄海上人は自身の修行以外は興味がないと噂で聞いておったが、状況すら読めておらぬのか。織田はいつまでもこの状況を放置するほど甘くはないのだぞ。
「織田が戦の支度をしておるというのはまことか?」
「ああ、周知の事実だ。久遠家も武芸大会で見せるとの名目で、交易や
「なんということだ……」
関東行きの例もある。久遠家にはほかに目的があってもおかしくないが、織田一族を中心に戦の支度をしておることは確かだ。
「それとな、織田様は寺社に寛容だが、道理に外れて敵対した者には厳しいぞ。いかに一揆が織田に向かわずとも放置はするまい。それに織田領での刈り田も我慢しておるが、看過はされぬぞ」
本證寺はあまりにもやりすぎだ。織田様は道理から外れたことを嫌う。今の織田なら一万から二万の兵を動員できるだろう。美濃の斎藤家ですら援軍を出すかもしれぬ。
わしを含めて願証寺からは此度の武芸大会の観覧のために多くの高僧が尾張に来ておるが、久遠殿と面会した者の話では本證寺による刈り田働きについて、久遠殿が不快の意を示したと言っておった。
久遠殿の考えは当然織田様の考えでもあろう。この上、織田が狙っておると噂の西三河でおかしな行動をしては、なにもせぬはずがない。
「戦になれば願証寺は織田に付く。それは上人様がすでに決めた。僧兵まで出すかはわからぬが、矢銭と一揆衆の降伏を促す
織田家中には本證寺と願証寺が、裏で繋がっておるのではと疑う者もおろう。何度も言うようだが織田家としては寺社に
困り事や不作がありそうならば相談してくれればいいとまで言ってくれたそうだ。
そこまでしていただいたのだ。願証寺として態度を曖昧には出来ん。たとえ同じ宗門の者が相手でもな。
寺領が苦しいのはわかるが、本證寺はあまりにもやり過ぎたのだ。
「では……」
「願証寺に来るなら受け入れよう。ただし一揆が起きる前にしろ」
本證寺でも少なくない数の僧が一揆には反対しておる。だがすでに内部では主導権争いや、同じ本證寺領内の
幸いなのは織田領側の寺がほとんど一揆に加担する様子が無さげなことだろう。勝てぬのがわかっておるともいえるがな。
最早誰にも止められまい。
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