第402話・第二回武芸大会・その二

side:久遠一馬


 メイン会場となる野外競技場と周辺の運動公園は昨年以上に混雑していた。


「凄いな」


 ただそれ以上に驚きなのは、屋台や大道芸などの人が格段に増えたことだろう。いろんな屋台がある。


 もちろん屋台や大道芸は織田家で管理している。届け出と認可はこの時代では寺市てらいちなどでおなじみの制度だ。税は管理費として多少取っている。織田家で管理した期間限定の楽市になるんだろうか。


 あとは今年もこの武芸大会の期間は関所を領民に限り無料にしている。


「あら。これは……」


「こりゃ、驚いた。あなた様が久遠のお殿様でございますか!? ウチの藤吉郎がお世話になっております」


 馬車は清洲城に置いて歩いて野外競技場まで来たが、エルがひとつの屋台に興味を示して立ち止まった。


 そこは食べ物の屋台だ。


 年は三十代半ばだろうか。なんというか普通のお母さんといった容姿の人だが、彼女の言葉にオレは目を丸くしてしまった。


「藤吉郎…、清兵衛殿の所の藤吉郎殿の母御ですか?」


「ええ。そうでございます。なかと申します」


 うわぁ。史実の大政所だ。この世界ではウチと微妙に関係がある。家臣であり現在は工業村の職人頭を務めてる鍛冶屋の清兵衛さんの奥さんは彼女の従妹で藤吉郎君も職人見習いとしてウチで雇用してる。


「これは煮卵ですか?」


「はい。藤吉郎がこれなら売れるからって教えてくれて……」


 なかさんは煮卵を味噌溜まりベースのスープで煮たものを売っている。エルは煮卵が気になって立ち寄ったみたいで興味深げに鍋を覗いている。多分、醤油は値が張るので、味噌溜まりに改変したのだろう。


ぼうや、坊やの名前は?」


「小竹です!」


 確かに料理も美味しそうだけど、呼び込みの手伝いをしている小学生くらいの子供がいて、オレはこの子の方が気になった。


 声を掛けたら元気に答えてくれた名前で確信した。この子が史実の秀長だ。


「学問は…、手習いとかはしてるかい?」


「はい! 読み書きは出来ます!」


「今度学校においで。同い年くらいの子供がみんなで手習いや教えを受けたりしているんだ」


 確か小竹君は学校に来てなかったはず。ここでスカウトしておこう。なんか放っておいてもウチで働いてそうだけど、賢そうだし教育をしたらもっと活躍してくれそうだ。問題はこの位の年齢でもこの時代じゃ働き手になるから、家長の父親をどうにかしないと、いつの間にか死んでても不思議じゃないことだ。


「あら、美味しい」


「工業村の飯屋、人気の味の秘訣を、あの子が教わってきてくれたんですよ」


 エルのほうは煮卵を味見しているが、美味しいらしい。さすがは藤吉郎君だ。商売の才能もありそうだ。エルの味見に合格するくらいなら、早目に完売するだろう。


 肝心の藤吉郎君は数日前から北畠具教さんの接待に付いている。なんか気に入られたらしいんだよね。藤吉郎君。


 もちろんほかにも接待の人は付いてるけど、彼もウチで働いているからね。まだ正式な家臣じゃないけど。清兵衛さんの弟子になるからウチから見ると陪臣か家臣の親戚ぐらいになるんだろうか。


 清兵衛さんって、そこんとこ大雑把なんだよね。弟子は子供というか家族のように扱っている。面倒見がいいのもあって、工業村の職人たちには評判がいいから任せてるんだけど。




「美味しいのでござる!」


「美味なのです!!」


「わん!」


「わんわん!」


 その後、オレとエルはのんびりと歩きながら屋台を見ていくが、ウチの人間もあちこちにいる。


 途中で人だかりが出来ていると思ったら、すずとチェリーがロボとブランカを連れて買い食いをしているところに遭遇した。


 護衛や御付きの人も相応にいるが、みんなもぐもぐと買い食いをしていて、オレの姿を見ると少し慌てた人もいる。


 別にいいのに。どうせすずとチェリーが配ったんだろう。


「すず、チェリー、それはなんですか?」


「エル! これはあま蕎麦なのです!」


 なんだろう。どこか甘い匂いがするものを食べているふたりにエルが声を掛けると、チェリーから聞きなれぬ言葉が返ってきた。


 エルは当然のようにそれを頼んでオレたちも食べるが、なんというか具のないクレープだね。これ。


 蕎麦粉を薄く焼いた生地に水飴を薄めたタレを塗って、四角く折ったものになる。


 確かに結構美味しい。エルの作るお菓子に慣れてるオレには物足りないところもあるが、この時代でこの味でお手頃な値段の菓子としては悪くない。


 というか蕎麦の風味と甘すぎない素朴な甘さは庶民の菓子としては凄いと思う。


 八屋で穀物の粉、穀粉を使った料理とか菓子を出してる影響で、尾張では急速に粉物料理が普及しているんだよねぇ。


 小豆とか果物を使えば一段と美味しくなるんだろうが、値段が上がるからなぁ。でもまあ、食文化が広がって多様化してるのはいい傾向だ。


 この時代だと雑穀の粥とかが庶民の食事だからなぁ。


 エル自身は料理や菓子の研究も兼ねてるんだろう。時代にあった味や好みがあると言ってたしね。食べ歩きとか好きなのかもしれない。




「これってテーブルだよね?」


「結構売れてるんですよ。八屋の椅子とテーブルが好評のようで」


 そのまま、すずとチェリーたちと試食まがいの立ち食いをしつつ、屋台の情報交換を手早くこなして、新規開拓と情報確認に赴く二人と別れたオレとエルは野外競技場までの道のりを歩いていたが、オレはふと新しい変化に気づいた。屋台と共に椅子とテーブルがあちこちで使われていることに。


 時代劇の蕎麦屋のような屋台に椅子とテーブルが並んだ屋台が何軒かある。


 椅子とテーブルはウチで使うのに作ったのが最初だ。ただ清洲の料理屋である八屋には時代劇の飲み屋のような椅子とテーブルを置いた。桟敷もあるが、土間にはこっちの方が便利だし。


 この時代では馴染みがないがお膳で食べるより楽でいいし、上手くいけば流行るかなと思ったんだけど。エルいわく野外の屋台なんかでも使い勝手がいいらしく、普及し始めたみたいだ。


「あれだね。こうしてみると、もっといろいろ売れそうなものもあるね」


 ただ食文化と比較して発展が遅いのは服装やファッションだろう。


 尾張では絹織物や綿織物はウチが売ってるんで、他国よりは安いし品質がいいものが出回っているが、庶民が買うにはやはりまだ値が高いんだろう。


 史実の江戸時代なんかでも古着が普通に流通していたっていうし、この時代では元の世界の価値観とはだいぶ開きがある。


 麻は去年と今年は牧場で植えてみたが、まだ量産するほど作付けを増やしてないからなぁ。


 装飾品の類は見かけることすらない。くしはかろうじてあるが、貴金属はメルティとかシンディなんかがつけてたりする程度だ。


 目立つものじゃないし、ウチも売ってるわけじゃない。


 かんざしなんかもこの時代はまだ、時代劇でみるような独特の髪形ではないので、使わないのか、普段は見たことがない。神社の祭祀で巫女さんが舞う時に、頭飾りに冠と一緒に着けているのを見たくらいだ。


 この時代は基本的にシンプルに長く垂らしているだけで、庶民は邪魔にならないように、細縄でくくるくらいでオシャレなんてしないからなぁ。組みひも、飾り紐の一本でも髪を括るのに使えば、村では羨望の的らしい。何気にウチが出す褒美の品の一品目で、エルたちが侍女さんたちなどをねぎらうのに、良く出している。


「生活水準は着実に上がっています。今後は自然といろいろなものが増えていくでしょう」


 着物は派手なものはあるんだよね。ということは潜在的な需要はあるはず。


 でもエルも言ってるが、生活水準が上がらないと装飾品とかは普及しないからなぁ。というか尾張と周辺との生活水準のギャップが地味に三河の問題とも繋がってるし、どこかで大きな軋轢が生まれそうだ。


 鏡に至っては完全に贈答品として位置づけて、販売は依然してない。普及したら便利なんだけどね。


 朝廷への贈り物にしたり、信秀さんが家臣に褒美として出すとか、権威権勢を背景にした付加価値のあるものとして扱ってるからなぁ。


「生活水準が上がるのが早いか、周りと戦になって領地が広がるのが早いか。微妙だね」


 今回の本證寺の件で感じたが裕福な織田は、今後も争いとは無縁とはいかないだろうね。足りないものは奪ってくれば良いというのが戦国クオリティだからなぁ。


 今年は新しく収量の多い米や麦を試験的にあちこちで植えてみたが、来年からはもっと増やすべきなのかもしれない。


 三河なんて領地が広がっても、貧しいから食わせていくのが大変だしさ。


 改革とかしたいが、裏切る可能性があるうちはなかなか本格的な改革は難しい。本当、どうなることやら。



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