第393話・秋のお出かけ

Side:久遠一馬


 側室の件は結婚式の日程が決まり次第、公表することになった。ただ織田家における反響は実はそれほど大きいわけではない。


 彼女たちを以前からオレの側室と見せることで対外的な彼女たちへの縁談を断る言い訳にしていたが、それが事実となるだけだ。世間の認識は正式にお披露目するというだけ。


 二人を受け入れたからと言って、早々に『ならば自分の娘も』と安易に考える者は多くはないだろう。


 まあウチの侍女として働かせたいという話はくるだろうが、メリットがないので断るつもりだ。久遠家では侍女を他家から迎える気はない。


 そもそも家臣の娘を嫁に迎えるのと、他家から嫁を迎えるのはまったく意味合いが違う。


 他家から嫁を迎えるとすれば織田家が先であり、それがないうちは言い訳に使えるだろう。


「誠に申し訳ございませぬ」


 側室の影響はむしろ望月家にあるかもしれない。滝川家は甲賀の伴一族として由緒ある血縁の末裔ではあるとはいえ、一族中では庶流となり土豪程度の家でしかなかったので、影響はあまり大きくないようだ。


 本家筋も常識的な対応で若い者を使ってほしいと仕事の斡旋は頼んできたらしいが、それ以上は特に余計な行動をせずに様子を見ている。


 しかし望月家は甲賀の実家と信濃の本家、両方ともが上手くいってないことから、問題が出る可能性があると望月さんは申し訳なさげに頭を下げている。


 オレがこの手の話があんまり好きじゃないと知っていることから、望月さんの顔色は悪い。


「放置でいいんじゃないの? 信濃は武田に従属してるんだっけ? 仮に関係が悪化しても問題ないだろうし。甲賀はよくわかんないけどそんなに問題なの?」


 望月家の話はオレもそれなりに報告として聞いてる。望月さんの自己報告と宇宙要塞の調査結果をエルたち経由でだけど。


 というかウチの家臣はこの手の話が多い。太田さんもそうだったが、信長さんの悪友のみんなとかは悪ガキがいつの間にかウチの家臣になってたことから、親戚とかと揉めたりする話は本当によくある。


 あの悪ガキでいいなら自分も雇えとか、優遇しろとか本当にお馬鹿さんは一定の割合で存在する。酷いのは、『あいつの禄は全てこちらに渡せ、おまえみたいな奴に人手をやったんだから礼金を寄越せ』なんかもあった。


 もっとも尾張では太田さんの一件でそんなお馬鹿さんは随分減ったけど。資清さんたちが積極的に動いたからね。馬鹿なことをやれば潰されると理解したんだろう。


「甲賀は望月家のみならず、いずれ問題になりましょう。織田と六角が争うことも、きょはなれ、じつかげを帯びてきましたので……」


 ウチの問題は甲賀衆が多いことだ。家臣の半数は甲賀出身だからなぁ。今のところ織田と六角の関係は悪くない。だけどいつ対立するかわからないのがこの時代だ。


 資清さんもそこを気にしているが、実際ウチの甲賀衆が裏切る可能性はあんまりないんだよね。待遇はきちんとしているし。


「銭で大人しくなるなら、黙らせたら? 必要なら出すよ」


 望月家さんには悪いが、弟さんはあんまり頭がよくないらしい。


 とはいえ血を分けた弟だ。それにウチの望月家にも血縁者が多いだろう。随分前に分かれた信濃の本家とは違う。情もあれば、即切り捨てというわけにはいかない。お金が欲しいなら援助してもいいけどさ。


「それには及びませぬ。弟はともかく、ほかの者は理解しておりまする」


 仮に千代女さんを側室にすることで甲賀の望月家が勘違いしても、出来ることは多くないだろう。領地を捨てて尾張に来るならそれなりに使ってもいいけど。弟さんは扱いに困るだろうな。


 望月さんもあくまでも可能性の話として報告しただけで、現状維持でいいと考えているようだけどね。




 側室の話が終わると資清さんたちは仕事に戻っていった。


 ちょうど入れ違うようにお市ちゃんが馬車で遊びに来ていて、オレの部屋でロボとブランカと一緒に遊んでいる。


 ロボとブランカも大きくなってきたなぁ。犬は大きくなるのが早いや。ちょっと寂しい。


「今日の予定はなんかあった?」


「はい。稲刈りの視察がありますね」


「そっか。じゃあ、支度を頼むよ」


 ただオレは毎日お市ちゃんやロボとブランカとばかり遊んでいられない。エルに確認したところ、今日は農業試験村と太田さんの村の稲刈りの視察だ。


 ちょっとした差し入れと激励が主な仕事になる。この時代の領主は半農のような武士がほとんどだ。みんな一緒に農作業をやるし、信秀さんや信長さんでさえも自分の領地は見て回り激励したりしている。


 まあ顔を見せて歩くのも仕事だ。城に籠ってなにしてるかわからない人よりは断然いいのは確かだろう。


 元の世界ですら政治家が地元に顔見せや、災害現場とか開発現場に赴くのは効果があるんだ。この時代なら尚更効果的だ。


「姫様はどうしますか? 私とエルは出かけますが」


「わたしもいく!」


 問題のお市ちゃんだけど、危険や機密がない時は一緒につれていくことがあるんだよね。今日も一緒におでかけしたいらしい。


 ちなみに織田家では今年に入ってからは、女性陣の外出行動がびっくりするほど増えている。


 土田御前ですら寺社に参拝したり信秀さんと一緒に視察に同行したりしている。周りは驚いているけど、原因は当然ながらウチだろう。


 信長さんが帰蝶さんを連れて歩くのも、オレがエルたちと一緒に出掛けるのが原因だし。


 領民の評判もいい。笑顔で声を掛けるだけで支持率がアップする感じだ。


 信秀さんは出歩くエルたちの評判の良さから、自分も真似て土田御前を連れ出すことにしたみたいなんだよね。この件はなんのアドバイスもしてないんだけどさ。


 肝心の土田御前は外出を楽しんでいるらしい。


 ただ馬車が使えるのが清洲から那古野近郊なのが不便だと、女子会の時にエルに愚痴ってたらしいけど。


 問題は道と橋だろう。この時代は道に段差があってもそのまま、人一人歩くのがやっとでもそのまま、橋が架かっている川なんてほとんどない。それどころか近隣の土豪が折角架けた橋を壊しに来るんだ。


 現時点では清洲から津島・熱田・蟹江まで馬車が使えるように整備する予定なんだけどね。工事は立て込んでるから順番待ちの状況だ。


 そういえば、馬車はとりあえず生産の目途がたった。ただし、ウチが持ち込んだ馬車はシンプルな木製の馬車だけど、織田家が正式に使用する馬車は漆などで装飾を施すらしく製作に時間が掛かってる。


 馬車を簡素で小型軽量化してロバや馬が一頭で牽けるタイプの開発も頼んだけど、これはまだ開発中だ。


「ろぼー、ぶらんかー、いくよ!」


 お市ちゃんはお出かけ用の着物なんで準備は必要ない。真っ先にロボとブランカにリードを付けてやると一緒に馬車に乗って出発を待ちわびている。


 すっかりお出かけに慣れたなぁ。


 お市ちゃんがお出かけが好きな理由は馬車にもあるだろう。まだ尾張でも珍しいガラス窓が嵌めてある馬車は中から景色が見えるんだ。


 透明なガラス越しに見える景色が好きらしい。籠にも小窓はあるんだけどね。景色はよく見えないし、覗き込んでばかりいられないからね。


「あれはたんぼなんだよ」


「わん!」


「わん!わん!」


 馬車が走り出すとお市ちゃんとロボとブランカは、並んで馬車の窓から黄金色の稲穂を見ていてご機嫌だ。


 お市ちゃんはロボとブランカに田んぼを見せて教えてあげている。多分日頃から乳母さんやエルが教えてあげていることの真似事だろう。


 馬車の周りには馬に乗った護衛が多数いる。ウチでは去勢した馬が増えてきたから、暴走する心配もあんまりなくて馬車の護衛は全員が馬を使っている。


 徒歩の護衛は移動速度が遅いんだよね。最近は行動範囲が広がったから、馬車を使わない時でも基本は全員が馬での移動になった。


 身分? そんなものはウチには関係ない。家臣だろうが、忍び衆だろうが、全員が馬での移動だ。馬に乗れて一定の技量があると仕事の幅が増やせるから、ウチでは資格みたいな扱いだ。牧場村で不定期だけど乗馬教室や技能検定みたいなこともしている。


 最近では忍び衆も自分の馬を持つ人が増えている。馬は牧場で預かることも始めたしね。家で馬が飼えない人でも大丈夫なんだ。


 秋晴れの天気がいい中、揺れる馬車に身を委ねながらのおでかけもいいね。



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