第392話・繋がり
Side:久遠一馬
朝食を食べたオレとエルは、お清ちゃんと千代女さんに資清さんと望月さんを呼んだ。
なんだろう。お清ちゃんと千代女さんの表情が固い。もしかして結婚が嫌なのか?
緊張するなぁ。こんなに緊張するのは久しぶりかもしれない。
「昨日エルから説明した、二人の縁組の話なんだけど……」
感情を押し殺したような表情をされると言いにくいな。緊張してるんだろうけど、まさか本当に結婚が嫌なの? エルもみんなも側室を望んでると言ってたし、オレもそう思っていたんだけど。
ここで結婚自体を嫌だって言われると困るなぁ。
「二人を側室として迎えたいと思う」
「えっ!?」
あれ? なんでそこで驚くの? ホッとした表情の父親たちとは対照的に、お清ちゃんと千代女さんはびっくりしてる。なんでだ?
「こういう言い方がいいかわからないけど、血縁で家中を統制しようとか、従えようとかは考えてないんだ。あくまでも二人を、一馬として迎えたいと思う」
嫌がってる様子はないので、話を続けてもいいだろう。
オレの意志として最初に政略結婚ではない形にしたいんだ。あくまでも個人と個人の意思からの結婚にしたい。
「忠義や働きには報酬とか地位とか形あるもので返すつもりだ。ただウチは日ノ本とは違う伝統と価値観で動いてる。もしかすると苦労もあるかもしれない。覚悟はしてほしい」
二人に対する秘密の開示は当面行わないことにした。将来のことはわからないが、隠居して島にでも引っ込む時が来れば、その時の状況で考えよう。
それと懸案である老化しない問題については、オレとエルたちの不老化は一時的に効力を無効化することも可能なので、それで対処することにした。老化のスピードはこの時代よりはだいぶ遅いけど、それでもマシだろう。
遺伝子操作で若返りも可能なので久遠一馬としての人生が終わったら、また若返ればいいだろう。お清ちゃんと千代女さんに関してはその時にでも選んでもらうつもりだ。
さすがにふたりだけ老化していくのは可哀想すぎるからね。多少のアンチエイジングをすれば若さの水準は同じになるだろう。
ただそれでも二人が側室になると、元の世界で外国に嫁ぐくらいの苦労はあるだろう。
「本当によろしいのでございましょうか? 久遠家と殿のためには、私たちは互いに滝川家と望月家に嫁ぐべきではありませんか? せっかく他家からの縁談を断っていたのが無駄になるのではありませんか?」
オレの言葉は意外なものだったらしい。戸惑うお清ちゃんは困ったように資清さんや千代女さんを見ていた。
そんなお清ちゃんの代わりと言ってはなんだが、千代女さんが口を開いた。ただ言ってることは正しいが彼女も混乱してるんだろう。珍しく直接的な言葉の連続で疑問をぶつけられた。
「損得とか利害とかはいいんだよ。家中で上手くやる方法は他にいくらでもあるし、縁談を断る理由もまた考えればいい」
やはり千代女さんは頭がいい。この時点でウチの損得をおおよそだが理解している。
「ですが……」
千代女さんはそのままエルを見た。やはりエルの複雑だった心境も感じ取っていたのか。
「私たちも歓迎します。ただ人数が多いので多少は寂しい思いをするかもしれませんが」
「……よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
エルの言葉に千代女さんは、ほんのわずかな瞬間止まったが、すぐに返事をして深々と頭を下げてくれて、お清ちゃんもそれに続いた。
でもさ。今にも泣きそうなほど喜ぶのはどうなんだろう。お清ちゃんと千代女さんも資清さんと望月さんもさ。みんな感極まった様子だ。
エルと話し合って結婚式は正月にすることで考えている。アンドロイドのみんなが尾張に集まる正月がいいだろうからね。それとエルたちには言っていないが、彼女たちとの結婚式も一緒にやろうかとオレは考えている。
一度きちんとするべきかなって思ってさ。
あとは子供かぁ。この時代だと早く子供が出来ないと煩い感じなんだよね。
ウチは面と向かって言われないが、信長さんなんかは早くも孫の顔がなんて言われてるしね。
エルも意識してるらしい。はっきりとは言わないけどね。
考えることがまだまだ多いなぁ。
Side:望月出雲守
よかった。よかったな千代女。
頭を下げたまま涙を我慢する娘の姿に思わずわしも感極まる。
殿とお方様に憧れて、ずっと待っておった甲斐があったというものだ。
理由はわからぬが殿は血縁による繋がりを好まれぬ。家臣ばかりか怪しげな他国の素破にまで温情をかけるお人なのにだ。
忍び衆の子が熱を出したと聞かれれば体にいいからと高価な食べ物を差し入れされて、婚姻すると聞かれれば祝いを惜しみなく贈られる。
皮肉なことだが望月家の娘という立場が、千代女の側室入りを難しくしておった。お方様が多いので不要と言えばそれもあるのだろうが、側におってまったく手を出されなかったのはむしろ血縁が原因であろうからな。
家中の若い者が好きな相手を探せるようにということで、宴会や花見を開いておられるも、千代女は参加せずにお方様たちの手伝いをしておったのだ。
血縁でなにかを求めるつもりはない。だがわしも千代女も、近江にはもう戻れんのだ。
まさか禄と暮らしの違いが、近江の家ばかりか信濃の本家とも上手くいかぬ原因になるとは。人の欲というのは恐ろしいものよ。
わしは一度も望月一族の惣領など望んだ覚えがないのに、信濃にはそれを危惧されておるし。近江の弟は、暮らしの違いが羨ましくて仕方ない様子だ。
近頃では、弟がわしに対して尾張に来た者達を返せと文を出そうとして、重鎮達に止められたと聞く。わしは殿の許可を頂き、近江の家には多少の援助をしておるのだが。それが止まると困るのが、あの弟にはわからんらしい。
甲賀自体の様子もだいぶ変わった。伊賀と違いもともと束ねる者がおらぬため、みなが好きにしておった。それゆえに尾張に次々と人がやってきたが、それを禁じる家が出てくるとは。
そんなことをしても上手くいかんということがわからんとはな。尾張に人が来過ぎて甲賀に残る者の質が落ちたということか?
「どうしたのでござる?」
「いじめは駄目なのです!」
そのまま不思議な沈黙が部屋を支配しておったが、すず様とチェリー様が突然部屋に来られると一変した。
「いや、いじめてないって。二人を家族として迎えることにしたんだ」
「おお! なるほど!!」
「よかったのです。後輩をビシバシ扱いてやるのです!」
失礼ながらお二方はお歳のわりに幼いというかなんというか。
ただ千代女とお清殿のことを喜んでいただけたのはよかった。お方様の数が多いとはいえ常に尾張に滞在されるお二方に嫌われれば困るというもの。
「すず様、チェリー様、よろしくお願いいたします」
「駄目でござる! 家族に様と付けるのは禁止でござる!」
「ですが私たちはまだ……」
千代女とお清殿は少し落ち着いたのか顔を上げてお二方に挨拶をするが、早くも口の利き方を注意されておる。世の
「すずもチェリーもあんまり二人を困らせては駄目ですよ」
最後はエル様が笑って仲介してくださったが、すず様とチェリー様は遊ばれておったような感じだな。
これで武芸が並の男をも遥かに凌ぐというのだから信じられん。
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