第361話・夏の訪れ
Side:久遠一馬
梅雨が明けたみたい。夏だ。戦国の世にも夏が来た。
「あまり現実逃避はおススメしませんよ」
海に行こうか山に行こうかと考えていたら、エルにやんわりと怒られた。
今、目の前には時代相応の地図があり、東の情勢と西の情勢を話し合っているんだよね。残念ながら。
東は史実より北条と今川の関係がよくない。三国同盟どころか今川と北条の開戦すら現実味を帯びている。織田と今川の動きに合わせて動く可能性があるんだ。
それと今川が忍び衆の諜報活動に神経質になってきている。
北条との交流は佐治水軍やウチの船による海洋航路だけではない。陸路でもこまごまと交易はしているし、海路も和船で今川領を通る従来の沿岸航路で大湊などが交易を増やしている。
多くの人が今川領を行き来していれば、自然と情報も入るのだろう。何度か捕まった忍び衆を助けたり、逃げてきた間者を守ったりした結果、今川はウチの忍び衆を以前にも増して警戒しているんだよね。
西は堺がやらかしたことが地味に問題だとエルは考えているらしく、史実になかったどこかの勢力による堺への挙兵の可能性が僅かに浮上している。
オレたちは堺がどうなろうが知らないが、問題は堺をどこが押さえてどうするかだ。ウチの影響で商いは縮小傾向だが現状では南蛮船が入れる数少ない港であり、多くの優良な職人も抱えている。
関わりたくないが一部の勢力が支配すると、畿内のバランスがどうなるかわからないんだ。
無論、現時点では堺の自治が終わるという可能性は少ない。適当なとこで和睦して銭で解決する可能性が高いだろう。それが、この時代の一般的な考え方だ。
「とはいってもね。基本的にこちらは動かないほうがいいだろ?」
「戦は論外ですが、まったく動かないのも問題になります。東は北条配下の風魔との協力体制をある程度取れるようになりましたので、ウルザとヒルザに任せれば当分はなんとかなるでしょう。問題は西ですね」
三河から駿河で密かに活動している戦闘型アンドロイドはウルザだ。見た目は二十歳くらいでハリウッド女優にいそうな黒人系美女。もともとは諜報などの工作特化だったアンドロイドだ。
相棒は同じく黒人系で可愛らしいタイプのヒルザ。見た目は十八歳くらいで医療型アンドロイドになる。こちらも工作特化でゲーム時代はバイオロイドを引き連れて工作任務とかしてたんだよね。
ふたりは少し前から忍び衆から選抜した者たちを集めて、今川領で忍び衆の支援をしていた。ウチの家中にはあえて明らかにしてないが、もちろん資清さんや望月さんは知っている。
もともと忍び衆の選抜による精鋭隊は資清さんたちが指揮していたのだが、暇を持て余していたのと今川の警戒が厳しくなったのでウルザたちが乗り出したんだよね。
「といってもなぁ。伊賀はもう抱き込んだし、堺の評判を落とす以上はね」
そういえば、伊賀とは不戦の約束を交わした。
伊賀に援助する代わりにウチの関係者や、ウチで保護した者には手出し無用と認めさせたんだ、これは望月さんの手柄だ。
伊賀からもウチに逃げてくる者が徐々に増えて問題になっていたからね。硬軟織り交ぜた交渉で不戦の約束を取り付けてくれた。
こちらから伊賀者の引き抜きはしないが、逃げてきたら手出しさせないことになった。
伊賀も苦渋の決断だろう。ウチは金払いがいいものの、ウチに関わると伊賀から抜ける者が後を絶たないんだから。
敵対して逃亡者に追っ手を差し向けても返り討ちだし、明らかな待遇の違いは伊賀の秩序を乱していた。
とはいえ、伊賀もウチに厚遇するなとも言えないしね。ウチが逃亡者でも守るとなると追っ手を出しても割に合わない。
その代わり伊賀の締め付けは厳しくなったらしいが。望月さん曰く伊賀の上忍による統治は今後影響力が落ちていくだろうと。
「というか本願寺が味方って、喜んでいいのか悲しんでいいのか」
「当然ですよ。なんのためにあれだけの利をチラつかせ、贅沢を覚えさせたと思っているんですか。鉄砲や硝石は売っていませんが、酒のほかにも高級な絹織物から陶磁器までお得意様です」
いつのまにか本願寺が味方になってて堺に圧力を掛けてることに違和感があったが、エルは確信犯だったのか。
確かに願証寺は敵に回さないように気を使ったけどさ。本願寺まで味方にする気だったとは思わなかった。
「敵対する可能性がある勢力は分断するに限ります。堺を敵にまわす以上、本願寺は敵に回せませんよ」
「あくまでも商いで攻勢をかけるのか」
「堺が本気で当家を潰しにかかる可能性もまだ捨てきれません。現時点で堺と組んで脅威となるのは本願寺です。ここは念入りに分断致しませんと」
怖いね。本願寺は。史実のようになると面倒だから力を削ぎたいのに、なかなかそこまでいかない。
「それはそうと、海にはいつ行こうか」
それはそれとして、夏なんだし海に行きたいなぁ。
「仕方ありませんね。熱田祭りが終わってからがいいのではないですか」
せっかく戦国時代に水着なんて持ち込んだんだ。海に行かずして夏が来たとは言えないよ!
エルは若干呆れつつ、日程を調整してくれるらしい。
まあオレも元の世界のリアルだと海なんて学生時代に何度か行っただけで、そんなに好きだったわけじゃないんだけどね。
せっかくエルたちがいるんだから海に行きたいじゃないか。
決してやましい気持ちがあって言ってるわけじゃないよ。
本当だからね!?
Side:佐治為景
「これは殿様!」
「おお、よく育っておるの」
「はい!」
ようやく夏が来るという季節になった。
我が領地では水の確保が難しいので田んぼは少ない。だが、今年から久遠殿に頼まれて海の向こうの作物を植えておる。
今日は
他国には決して漏らせぬ作物だということで、陸の孤島とも言える我が領地での栽培となったのだ。敵方に漏れては一大事だというので植えさせる村も厳選した。
もっとも我が領地で久遠殿を裏切る者はおるまいが。
米や雑穀、酒に味噌などの
伊勢の内海での荷を運ぶ仕事と関東との商いでは儲けておるし、漁業も拡大しておって大野煮の販売や海苔の養殖など暮らしが激変した。一番大きいのは、直に船に乗らぬ者の仕事が増えたことだろう。
世間では恐ろしいと言われることもある久遠殿だが、付き合ってみれば気のいいお方だ。
今年の春には領内に竹を植えた。竹は成長が早いので数か月で竹が収穫出来るらしい。竹炭や竹細工で暮らしがより安定するはずだ。
暮らしが変われば着るもの、身なりも変わる。伊勢の水軍衆からは羨ましがられる者も多いという。
織田はこの先、いかになるのであろうか。
このまま美濃から東海を制していくのか、それともいずれは畿内に進み天下を狙うのか。楽しみであり怖くもあるな。
いずれにしろ船はもっと増やさねばならん。
これからも忙しくなるな。
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