第356話・北条家の状況

Side:北条幻庵


「ほう。駿河と甲斐はそれほど酷いのか」


「はっ、病が広がっておる様子でございます」


 駿河と甲斐に放った風魔から知らせが届いたが、向こうは酷いらしい。地揺れの混乱と病が広がっておるようだ。


「望月殿の言う通りだな。さすがは薬師の方の弟子だ」


「ありがとうございます。お役に立てたようで安堵致しました」


 我が北条領も大変だが病は広がっておらぬのは幸いだ。偶然か望月殿の指示がよかったのか本当のところはわからぬ。だが上手くいっておる以上は成果と言えよう。


 さほど難しいことはしておらん。亡骸の埋葬と身を清めることと、温かい食べ物を配るくらいだ。にも関わらず、まるで寺社の唱える高徳こうとく覚者かくしゃのようだと誰かが言っておった。


 だが亡骸は野晒しが珍しくない世の中で、いち早く埋葬したことは人心の安定に繋がったのは確か。織田が人望を集める秘訣は、この辺りにあるのかもしれぬの。


 無論、問題は幾つも出ておる。国人衆は当然とばかりに領民を駆り出して城や寺を直させようとした。


 今川は織田を気にして動けなくなっておるし、里見や関東諸将も先年の鎌倉と河越の戦の傷で動けぬ。今ならば多少国人衆の反発があっても問題はないからの。厳しめに対処した。


 望月殿の話では尾張でも、勝手なことばかりする国人衆や寺社に悩んでおったそうな。


 久遠殿は甘いからの。それに付け入る者は当然おろう。自身でも理解しておるであろうが、わしからも進言しんげんはしておくべきか。離れた立場のわしの言葉ならば問題になるまい。


 優しさや慈悲は必要だ。人は冷酷な者には恐れて従うが、慈悲深き者には心から従う。恐怖での支配は裏切りと反乱がいつ起きてもおかしくはない。それに、より強大な恐怖を与える者に周りはあっさり降るであろう。


 だが世の中には優しさや慈悲では致しかたない者も少なからず存在する。


 里見もそうだ。安房以外の国人衆が離反して北条に降り、安房の国人衆もまた寝返ろうとしておる時に和睦にも応じぬ。


 今川や関東諸将に決起を促しておるらしいが、水軍の再建も出来ておらぬ現状では誰も相手にもするまい。


 そう里見といえば先の鎌倉で捕らえた捕虜は大半が北条家に降った。しばらくは意地を見せようとする者もおったが、里見が返還交渉にも乗ってこなかったからな。


 今では彼らが安房まで仕返しに行き、家族や親戚を連れてくる者すらおる。


 紙芝居といったか。あれも里見に痛手を与えた。久遠殿が現物を贈ってくれたので、それをこちらで写しを作り各地で始めたが、見立てを越えた人気に殿も驚かれておったほどだ。


 鎌倉の海戦を描いた紙芝居に登場する織田勢の今巴の方と玉縄衆を率いる孫九郎の話は関東では大人気だ。


 坂東武者らしい活躍といえば今巴の方にはおかしく感じるが、かの九郎義経のような八艘飛びとそんな今巴の方を守る弁慶の如き滝川慶次郎。それと共に戦う玉縄衆は庶民の間で一気に名が知られた。


 一方で里見は九郎義経に敗れた平家のような潔い者にあらず、盗っ人紛いの扱いだ。北条に降った者たちの領地でもやっておるが、おかげで里見は美しい今巴の方を鬼と勘違いした愚か者と関東では評判だからな。


 里見は長くはないな。民がそう噂しておる世評の響きはなによりも大きいのだ。


 もし織田が関東に来ねば、この地揺れで北条は重大な危機に陥っておったかもしれぬ。この借りは大きくなりそうだな。




Side:久遠一馬


「あまり遠くに行ってはいけませんよ~」


「なんでもいいですから、帰りまでに景色を自由に描いてみましょうね」


 今日は子供たちを連れて清洲の運動公園に来ている。ウチの家臣の子供たちや孤児院と牧場の領民の子供たちに、学校に通っている子供たちなどたくさん集めたら数百人になっちゃったけど。


「ろぼー、ぶらんかー」


 当然の様にお市ちゃんたち、信秀さんの子供たちもいる。


 牧場担当のリリーと学校担当のアーシャがなんか引率の先生みたいだ。リリーは幼稚園の先生でアーシャは小学校の先生といった感じか。


 季節はそろそろ梅雨に入ろうとしている。この日は天気もいいので遠足のようなもんだ。


 アーシャが課題に写生を出したらしく、子供たち全員には紙と鉛筆に画板が配られた。絵具はチューブがこの時代にはないし、クレヨンもない。鉛筆もウチで持ち込んでる分しかない高級品だ。でも子供たちの笑顔でお釣りがくるよね。


 でもお市ちゃんはロボとブランカと追いかけっこを始めたし、帰りまではまだ時間がたくさんあるから遊ばせよう。


 オレはエルやリリーたちとお昼の準備だ。ちなみに護衛と世話をする大人は結構いる。百人ほどだろうか。少し多い気もするが、この時代は危険が多いし子供たちもなにを仕出かすかわからない怖さがあるからね。


 去年武芸大会を開いた野外運動場をメインに公園内からは出ないように言ってはある。


「こういう遠足って、楽しいわね~」


「本当ね。私たちも初めてだものね」


 アンドロイドはほかにも現在尾張に滞在しているみんなが引率にと来てくれたが、どちらかといえばアンドロイドのみんなが楽しんでいる感じも。アンドロイドのみんなは当然学校なんて行ったことはないからな。


 すずとチェリーなんて真っ先に遊びにいっちゃったし。


 お昼は大きな鍋で猪鍋の予定だ。みんなでひとつの鍋を囲み青空のしたで食べるのはいい思い出になるだろう。


「かじゅまー、はい。あげる!」


 みんなと和気あいあいとお昼の支度をしてると、お市ちゃんがシロツメクサの花冠を持ってきた。オレにくれるらしい。どうもすずとチェリーが作り方を教えたみたいだな。


 シロツメクサに関してはこの時代の日本にはなく、オレたちが持ち込んでここの運動場の一角で試験的に植えたものだ。輪栽式農業に植えるためにね。


 家畜の飼料にもなるし、空いている公園のスペースで植えてみたんだ。


「ありがとうございます。姫さま」


「つぎはえるのだよ。まっててね!」


 シロツメクサの花冠なんて初めて貰ったな。


 リリーとかアーシャとかみんなでニヤニヤしながら見ないの。別に深い意味なんてない子供なんだから。それに次はエルに作ってくれるって言ってるじゃん。


 まったくもう。


「お似合いですよ」


 ガーン。エルにまでからかわれるなんて。せっかくもらったしシロツメクサの花冠をかぶってみると、エルに微笑ましいものを見るように言われた。


 正直花冠は女性のほうが似合うだろうに。


「殿は男くさくないので、本当に似合いますよ~」


「リリー、それって褒め言葉じゃないよね?」


「あら~、私は褒めていますよ?」


 オレの周りにはアンドロイドのみんなと侍女さんたちがほとんどだから、女子会のような雰囲気と言えばいいんだろうか。


 無論、男のオレは女子会なんて行ったことはない。あくまでも男からみた世間一般のイメージだ。


 リアルな女子会は男のイメージと違うなんて聞くが真相はしらない。


 というかオレをネタに遊ぶのは止めてほしいなぁ。


 それと護衛に来たそこの家臣の君。羨ましそうに見ないの。侍女さんたちはただの侍女さんなんだから。


 どうも最近エルたちに付いてる侍女さんもオレの側室さんだと勝手に誤解が広がってるんだよね。なぜだろう。


 ちなみに慶次いわくエルたちは尾張の男どもに結構人気らしい。


 見た目の好みは時代の違いとかあるが、みんなのあか抜けた感じがどうも人気の理由なんだとか。


 実際、エルたちばかりか侍女さんたちまで、最近はあか抜けた感じなんだよね。


 先日には土田御前にまで化粧法とか聞かれたとか。織田家の女もあか抜けるのかな?


 いろいろ変わっていくんだなぁ。


 まあいい。今日はみんなで遠足だ。おやつは買えないからウチからみんなにプレゼントだけど。


 ここのみんなが平和な時代を生きられるようにオレも頑張ろう。



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