第355話・信濃の様子

Side:真田幸綱(幸隆)


「甲斐の御屋形様はまた税を納めろと?」


「仕方なかろう。地揺れで大変なのだ」


 信濃はすっかり他国の草刈り場になってしまったな。甲斐の御屋形様からは地揺れの被害のため『新たに税を納めよ』との命が信濃に出た。


 いかにするか困った者たちが訪ねてくるが、今日は明らかに不満げな望月源三郎殿か。


「やれやれ、わしも尾張に行けばよかったかな」


 望月家は信濃が嫡流で甲賀にも分家があるが、今では僅か数年前に分家した尾張望月家が一番大きいかもしれぬ。


 もともとは甲賀望月家の当主だった出雲守が、わざわざ家督を弟に譲り、分家てまでして尾張の新参者の久遠家に仕えた。久遠家当主の一馬や織田家の覚えもいいようで、噂の滝川家とともに久遠家の重臣に収まっておる。


 それが羨ましくて仕方ないらしい。


 望月殿は甲斐の御屋形様の命でさぐりの使者を送ったが、向こうは大きな屋敷に住み、当然のように使者は金色酒でもてなされたと聞く。


 そのうえ、大変だろうと塩や金色酒や鮭などの貴重なものを土産に寄越したと信濃や甲斐では大いに話題になっておる。中には新参者がそこまで裕福なはずはない。織田の策略だなどと言う者がおるがわしが調べたところでは事実だ。


 今や日の出の勢いである織田にあってこの人ありと言われる久遠一馬。その右腕とも言われ素破の統率を任されておるというのだから羨ましくもなろう。


 もっともわしも羨ましいのが本音だ。時勢は武田にありと降ったが、多少は後悔しておる。だが、あの時は他に選べる道がなかったのだ。


 織田はすでに美濃をほぼ手中に収めたようだ。斎藤も争うよりは和睦に動いたくらいだ。その気になればいつでも美濃を制することが出来よう。


 上手く立ち回れば織田に付いて武田と対峙出来たかもしれぬのに。尾張・美濃と伊勢の海を握る織田に武田は勝てまい。しかも織田は北条と友誼を築いたようで外交も上手い。


 先日には噂の黒船で地揺れの見舞いに突然関東を訪れたようで、北条が銭一千貫と大量の米を贈られたと関東では大きな評判になっておると知らせが届いた。


 北条の流言だという話もあるが、これも事実のようだ。しかも小田原で左京大夫に目通りしたのが尾張望月家の者というのだから驚きだ。


 望月殿はまだ知るまいが、知ればまた不満を募らせるであろうな。


 ただ望月殿はその気になれば尾張望月家を頼り尾張に行ける。しかしようやく甲斐の御屋形様のお力で望月氏の惣領を継いだのに、尾張に行けばその地位を失うのも嫌なのであろう。


 戦に敗れればなにもかも奪われるだけに武田に従っておる者が信濃には多いのだ。特に甲斐の御屋形様は容赦がないからな。


 信濃の問題は纏まりがないことだ。村上は今のところ甲斐の御屋形様と互角だがそれもいつまで続くやら。村上に織田や越後の長尾を頼るだけの頭があれば、いかになるかわからぬが、なまじ戦上手なだけにそこまでせぬだろう。


 噂に聞く尾張は戦で荒れた田畑を再びの開墾までしておる様子。なにもかも奪い武力で支配する武田とは大違いだ。


 甲斐の御屋形様以上のお方はおらぬと思って武田に降ったのだが……。


 泣き言は言うまい。わしには一族を守らねばならぬ使命があるのだ。




Side:久遠一馬


「うーん」


 突然訪ねてきた曲直瀬まなせ道三だが、まだ医術を習うのを諦めてないらしい。


 あれから一週間が過ぎているが尾張の各地の寺を巡ったりしつつ、ウチの話を聞いて歩いている。どうもウチから医術を習う策を考えているっぽい。


「悪い人には見えないよ~?」


「史実を見るとしばらくは様子見に賛成」


 彼をどうするかは判断に迷うのが本音だが、医師であるパメラとケティでさえも意見が分かれている。パメラは別に教えてもいいんではと言うし、ケティは当面は様子見でいいと言う。


 三好長慶から毛利元就、織田信長、朝廷の帝に至るまで、時の権力者たちを多く診たと、史実では伝わる人なんだよね。それが純粋な医師としての腕前で診たのなら構わない。


 ただしあまりに権力に近すぎるのがオレは気になる。無論医術の発達に尽くした人なのは十分承知だ。ただし根底には権威主義とか功名心が強い人のような気がしてならない。


 果たして医術の腕前が凄いだけで史実であそこまでなるのか。疑問がある。


 無論、史実に拘る気はないが、それならば余計に特別扱いする理由がない。


 この件は一応信秀さんにも報告したが、好きにすればいいとしか言われてない。足利学校で学び京の都で町医者をしていた人なんて、この時代だと誰もが認めるエリート医師なんだけどね。


 この時代だと秘匿技術を盗もうとするならば殺されてもおかしくない。信秀さんもどこの馬の骨とも知らぬ人に教える意味はないと判断したんだろう。


 織田家にはケティたちがいるから、必要性で言えばあまりないわけだし。


「そういえば帰蝶さんはどうなの?」


「妊娠しにくい体だったけど、すでにナノマシン治療で治療済み」


 まあ、曲直瀬さんのことはいい。間者じゃあるまいし放置しても大きな問題はない。


 なんとなく史実のことを考えていて思い出したことをケティに確認するが、やっぱり帰蝶さんは妊娠しにくい体だったのか。


 史実では織田信長との結婚後は諸説あったが、確かな証拠があるものはあまりない。織田信長自身も側室とか複数いたらしいが、彼女との間に子供は出来なかったみたいだからなぁ。


 ただこの世界の二人の夫婦仲はいい。しかもケティが間を取り持ったというので驚いた。エルやメルティならわかるが、ケティが新婚さんの仲を取り持ったのは少し意外だったかもしれない。


 今日はエル・メルティ・ジュリア・シンディ・リンメイたちは土田御前のお茶会に行っていていない。オレは病院でケティたちの手伝いをしているが、結構混んでるね。


 そういえば、病人の関所の通行は、無料で関所を通行出来る手形を各村に数個ずつ配る方針で調整中だ。


 信秀さんの朱印と村の名前が書かれた通行手形を発行して、管理は村にやらせるのが一番だとなった。偽物を警戒はするが、例の実質紙幣となる織田手形と違い病人用の通行手形は偽造する価値はあまりないだろう。問題があるとすれば、村の中の有力者が恣意的しいてきに扱って、村の中の弱者に使わせない可能性だろう。


 国人衆や寺社などの関所を設置している勢力の反応はまずまずだ。反抗的な人は信長さんの結婚式の後始末とかでかなり減ったしね。


 関所に関しては人や物の審査・検査を必要としても、織田領の領民なら誰でも無料にしたいんだけどね。まだまだ先は長い。


「疱瘡の予防接種も順調か」


「最近は予防接種の患者も多い」


 お昼ご飯と休憩を兼ねてケティとパメラと三人で午後の打ち合わせをしていくが、ふと天然痘の予防接種の状況が気になって聞いたが順調らしい。


 最近では予防接種の患者さんも来てるから混んでるみたいだね。


 いい傾向ではあるが、時代的にはまだまだ足りない。関東の地震で医師の見習いを派遣したけど、あの見習いレベルの医師ですら数は少ない。


 ただ警備兵に応急処置などを教えている関係から、最近になり医師志望の若者が出始めていて彼らの指導も始めた。もちろん尾張の領民や裏切る可能性が低い者に限定してはいるが。


 ほかには文官向きの人もいたりするので、一部は配置転換も始めている。学問が得意な人は清洲城の文官見習いやウチの文官見習いとして試しに働かせている。


 評価は予想以上にいい。中には農民の子もいるがオレたちの政策の影響もあり、現在の尾張は文官の仕事が増えたからね。猫の手も借りたい状況なのだ。農民の子だろうが使えるなら歓迎だという文官は多い。


 清洲城なんかは余りにも足りないんで、一部の暇で織田に従順な僧なんかを臨時に使ってるくらいだ。


「さて、午後も頑張るか」


「おー!」


 そろそろ休憩は終わりだ。気合を入れるように立ち上がるとノリがいいパメラは一緒に気合を入れていた。ケティはマイペースに頷くだけだったけど。


 ちなみにこのふたり性格がまったく違うのに仲がいいんだよね。






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