第327話・揖斐北方城攻防戦

Side:滝川益氏


「こんな夜更けに呼び出しでござるか」


「新介殿。済まぬが同行してくれぬか?」


「もちろん同行しましょう」


 むなしき軍議が行われた夜、大将の信辰様に呼び出された。すでに夜更けにも関わらず何事だ?


 なにもないとは思うが、新介殿に同行を頼み行くことにするか。味方とはいえ、なにがあるかわからぬ。ふたりならば最悪逃げることも出来よう。


「こんな夜更けに済まぬな」


「いえ構いませぬ」


 信辰様の寝所に行くと森殿と幾許かの武士が集まっておる。昼に力攻めを主張しておった者などはおらぬがな。


「さて用件だが、明日には揖斐北方城に着くが、しかとした軍議をしたくてな」


 信辰様は集めた者たちを座らせると、さっそく用件を言われた。まさか軍議をこのような刻限に隠れて開くとは……。


「殿からは好きにやってよいと言われておる。だが無策に力押しでは敵の思う壺であろう? 手柄が欲しいのはわかるがな」


 どうやら信辰様は慎重なお方らしい。ならば昼間に言えばよかったものを。まあ中には弾正忠家の古参の者もおったな。下手に言えば軍が割れるか。思っておったほどの凡将ではないな。


「では前提となる周辺勢力の動静から申し上げまする。六角、朝倉共にこの戦に介入する気配はありませぬ。また斎藤家家中と西美濃の国人衆も敵に付く者はおりませぬ」


 軍議を主導するのは森殿か。内々だが揖斐北方城は森殿に任せられることになっておったな。信辰様とも意思疎通が出来ておるようだ。


 土岐家残党が孤立しておるのは確かだ。連中がどこの馬の骨ともしれぬ者を土岐家の後継だと立てて西美濃の国人衆に従えと文を出したが、誰ひとりとして応じておらぬ。


 最後まで土岐家に従っておった穏健派もおったが、の者らですら無視しておるのだ。


「力押ししても落ちそうな状況ですな。鼻息が荒い連中の気持ちもわからんではない」


「だが清洲や市江島と一緒にするのは間違いであろう。あれは殿が久遠殿と謀って、戦の前に随分と相手の力を削いでおったのだ。それに金色砲や南蛮船もあった」


 そう。力押しを主張する連中は知らんのだ。あの戦は殿と大殿があれこれと敵を追い詰めておったことを。大殿もすべての策を皆に明かしたわけではあるまいからな。


 無論ここに集まった者のように知りおく者もおるがな。


「滝川殿。金色砲はないのだな?」


「ありませぬ。されど城門を破る程度の簡素な砲は持参しておりまする」


 ひとりの武士に金色砲のことを聞かれた。やはり金色砲に期待しておったか。信辰様が小さくうなずかれるを見て答える。


 今回は金色砲より軽く簡素な木砲を密かに持参したが、その件は信辰様以外には明らかにしておらなかったからな。前線で使い捨てにされてはかなわん。


「ふむ。ならば力押しも出来なくはないか」


「いや、金色砲ほどでないとしても砲があるならば、むしろ脅しに使うべきだ。金色砲の噂は美濃にも知られておる。所詮、敵は本物を見たことがないのだ」


 確かに木砲があるならば脅しに使うべきだ。久遠家におれば慣れてしまい、あまり実感はないが、金色砲の噂はまるで南蛮妖術か神仏の力のように言われておる噂もあるのだ。


 少なくとも集められた領民の士気は下がるし、それを統率出来る将兵もおるまい。


「だが、それでは連中が収まらぬぞ。久遠家の手柄になってしまうではないか」


 そう。策を講じるのは構わぬが、力押しを主張する連中が欲しておるのは武功であり手柄だ。当家の要否ようひかかわらず目立つのは望むまい。


「いっそ連中に先鋒を任せてしまえばいかがかな? 城を落とせたらよし、我らは連中に駄目をさらされた場合の策を考えた方がよかろう。この場に無策な力押しに参加したい者はおるまい」


 結局、力押しを主張する者たちをいかにするかに話が変わるが、信辰様は連中を捨て石にするようなことを口にされた。


 まあそれが無難か。敵を勢いづかせるのは気になるが。殿が戦の勝敗より大事、と言われた見処ある者は、元より力押しなど好まぬであろう。ならば、殿のお言葉の裏は『此度の戦で力押し致す者など要らぬ』であろうからな。


「ひとつだけ拙者からもよろしいか? 包囲は何処いずこかに穴を作ったほうがよろしいかと。逃げ場がないと死兵となってしまいまする」


「確かに、さすがは柳生殿だ」


 最後にずっと無言だった新介殿が意見を口にして決まった。信辰様は城の正面に力押しを望む者たちを配置して我ら久遠家は信辰様と同じ後方になった。


 我ら久遠家が前線に出ると手柄が欲しい者たちが騒ぐのが理由だ。家柄もある。織田一門である我ら久遠家が前線に配置されるのは望まぬ限りはない。


 信辰様は前線に出たいかと聞いてくださったが、不要だと答えたからな。


 無論、武功は欲しいが、久遠家におる限り機会はまだまだあろう。無策な力押しの手伝いなどご免だ。




 翌朝、小高い山にある揖斐北方城を囲むように全軍が布陣した。


 信辰様は念のため降伏勧告を行うらしく、地元の坊主を呼び、使者として送られた。敵が降伏することはまずあるまい。下手にこちらの者を送れば殺されてしまいかねんので地元の坊主を送られたのだろう。


 そうそう信辰様は近隣の国人衆も呼ばれるようだ。まずは出陣要請ではなく話を聞くために呼ぶらしい。


 それほど堅固にして備え多き城ではないし、状況もある程度知れておるが、忍び衆の話では近隣の国人衆も協力要請がくるかもしれぬと準備をしておるからな。なにかの役には立つであろう。


「あれは村を焼いておるのか? また勝手な抜け駆けを……」


 ふと気が付くと煙が見える。使者として送った坊主が戻らぬうちから、誰かが近くの村に火を付けたらしい。


 乱暴狼藉は禁じられたはずなのだがな。相手の出方もわからぬうちから村を焼いていかがする? 付け火の首謀者は雑兵ではあるまい。雑兵はたきぎ一本、わらなわひろであれ、持ち帰らんとするのだ。


 忍び衆の報告では付近の村は空だという。わざわざ燃やさなくてもよいものを。村の再建がいかほど大変か理解しておらぬのか?


 それにあれでは敵方の領民を結束させるだけではないか。




 やはり交渉は決裂した。所詮、纏まらぬ交渉ではあったが、こちらが先に村を焼いたと非難しておったそうだ。


 信辰様は五千のうち、力押しを頑なに主張しておった者たちの手勢、千あまりに城攻め先鋒を命じた。付き合っておられんな。


「鉄砲隊は支度しておけ。木砲もだ」


「はっ」


 やはり村を焼いたのは連中らしいな。略奪品であろう農具や銭袋など持っておるたわけ者がおる。


 連中だけで城を落とせるか? 無理だな。わざわざ敵方の領民の怒りを買い、やる気を出させたのだ。激しい抵抗があるだろう。


 敵は戦えぬ者も含めて千人から二千人。千人程度の兵ではいかにしようもないな。逃げ帰ってきた時に敵が打って出てくるかもしれぬ。迎え撃つ支度をせねば。


 衛生兵と荷駄隊はもう少し後方に下げたほうがよいな。本当に撤退もあり得るかもしれぬ。




 戦端せんたんが切られた。


 勇ましげな声と共に自ら先陣を切ったのは共に尾張から来て、頑なに力押しを主張しておった者だ。聞けば過去にたいした武功もなく、武芸大会でもたいしたことがなかった男だ。


 問題は奴が弾正忠家では古参にあたることか。我らや森殿はもとより、信辰様でさえも陰では新参者呼ばわりしておったと聞く。


 噂では日頃から父や家族に武功のなさを責められ、死んでもいいから武功を上げてこいと言われておったとか。


 ふむ、今のところはこちらが押しておるな。


 ただし、いまだに城門にたどり着くことも出来ておらぬ。


 あの男……、一番槍の手柄をあげたはいいが、真っ先に手傷を負っておらぬか?


 道中の勝手な行状ぎょうじょうと付近の村への火付けまでしたのだぞ。いくら一番槍とはいえ、一番に脱落しては武功どころか大殿のお怒りを買うことになるぞ?


「連中は駄目だな。滝川殿、連中が逃げて帰ってきたら、近隣の国人衆を交えて再度軍議を開く。次の攻めには久遠家の砲を使う策を用いるかもしれぬが、護衛は付けるし前線で使い潰す気はない。心得てほしい」


 攻防は一進一退だが、そんな最中にも関わらず森殿が来た。


 いかにも連中に見切りをつけたようだ。木砲を使って本腰を入れて城攻めをする算段を始めたらしい。


「それは構いませぬが、重ねての力押しでは、けいが足りぬと、清洲の大殿様に思われませぬか? 拙者は、我が殿はお気になさらぬと確信がございますが、奥方様がたの冷視れいしに耐えるすべがありませぬ。内部から崩すことを試してみては?」


「出来るならそうしたいが、あのたわけどものせいで敵は調子に乗っていよう。出来るのか?」


じつに崩せなくても、敵方にこちらが混乱して弱気になっておるとみせれば、油断を誘えるのでは?」


「確かに……」


 拙者とて殿にお仕えしていろいろ学んでおる。たわけどもと同じ愚を犯すのは浅はかというものだ。策は成功した時より失敗した時を想定しておけば大きな間違いはあるまい。


 殿は負けてもよいと仰せだったが、たわけどもの失敗で十分であろう。森殿も困っておるようだし、城は落として帰るべきだな。



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