第326話・太田さん家の領地

Side:滝川益氏


 揖斐北方城まであと少しになったところで、一旦軍議が開かれた。


「敵は領民を謀って兵を集めたようで籠城するようだ」


 物見の兵を出したようだが、近隣の村では動けぬ老人などしかおらず後は城に避難したと言う。しかも領民には『斎藤家が攻めてくるので、捕まれば奴隷にされ他国に売られる故、城に避難するように』と吹聴し、女子供まで連れていったらしい。


 中には織田が助けに来るまで持ちこたえれば勝てると言ったとか。いかにも、織田が攻めてくるといえば領民が逃げるので謀ったようだな。


 後は女子供を人質に無理やり戦わせるつもりであろう。小賢しい真似をする。


「ふん。山城とは言えたいした城ではあるまい。一気に叩き潰してしまえばいい」


「囲んでしまえばすぐに兵糧は尽きよう」


 今回の軍議では声が大きい者が幅を利かせておるわ。力押しか包囲か。殿ならばいかがなさるであろうか?


 恐らく殿ならばここに来る前に噂でも流して、敵に人を集めた籠城などさせぬな。戦は始める前に勝敗を決める。それが久遠家のやり方だ。


 考えてみれば理にかなっておる。力押しでは被害が多く包囲では無駄に待っておらねばならぬ。それならば事前に手を打つが上策だ。


「ばかな。この程度の城に手間取っては殿に呆れられるぞ! 清洲は半日で市江島も一日で落としたのだ! 我らも一気に落とせなくていかがする!!」


 今回、尾張から来た者は志願した者のみで鼻息が荒い。美濃の国人衆もここで武功を立てて、大殿に取り立ててほしいのだろう。皮肉だが我が殿のようにうまくいけば、一気に重臣となるのも夢ではないと考えておるようだな。


「滝川殿。なにか意見はあるか? 噂に聞く久遠家の知恵とやらがあるなら聞きたいのだが?」


 軍議は力押しに傾く中、森殿がずっと発言を控えてきた拙者に声を掛けてきた。あまりに中身のない軍議に少し嫌気がさしておるように見えるのは気のせいではあるまい。


「力押しをするにしても包囲をするにしても、周辺の国人衆に協力を要請するべきでは?」


 ここまで来てから意見を求められても困る。だが定石というならば味方を増やすべきであろう。最悪包囲しておるだけで敵に威圧から焦燥しょうそうを与えられる。


「そんなこと出来るか!!」


「左様だ」


 だが大半の者は反対か。手柄を立てる機会が減るからであろうな。別に参戦させなくても近隣の者を呼んで意見を聞くだけでも価値はあるのだが。


 この程度の城を落とせぬのならば、ここにおる者の器量が足りぬだけ。


「とりあえず行ってみようではないか。大軍なのだ。下手な策など不要であろう」


 功名心こうみょうしん我欲がよく終始しゅうしする有様ありさまに大将の信辰様は、力攻めか包囲か決めぬままに軍議を終えた。


 大軍を活かすのは確かに必要だ。だがこの者たちは勝手に抜け駆けしてしまうぞ? まあいい。それが成功しようが失敗しようが拙者たちには関係ない。


 しかし、こうしてみると殿が抜け駆けを許さず禁じた意味がよくわかる。策を講じてもそれを抜け駆けで無駄にされたらたまったものではないからな。




Side:久遠一馬


 馬車は信秀さんにも驚かれたが好評で、すぐさま工業村で試作してみることになった。


 持ち込んだシンプルな馬車は四台あるが、信秀さんと信長さん、ウチと工業村にサンプルとして渡したもので終わりだ。


 とりあえず使ってみて改良なり装飾なりを考えればいいだろう。日ノ本には漆塗りなど独自の装飾があるので、ある程度は職人の裁量に任せる方が良い面もある。


 道路に関しては、現状では清洲・那古野間のみ開通している。熱田、津島、蟹江とも結ぶ計画があるが、それ以外は土豪や国人衆の反対で計画すらできていない。


 ただ、道路ができたことで馬車を使えば籠よりは速く移動できる。馬車よりは、馬での移動の方が早いが、一定の身分が無ければ騎乗を許さないなんて意味不明な仕来たりのせいで、従者が徒歩という場合もあるけどね。


 今後馬車を使う時は護衛を騎乗のみとすれば、かなりスピードアップできるだろう。ウチがサポートするのは斯波家と弾正忠家ぐらいなので、あとは自力で解決してほしい。何もかもウチがやるのは問題だしね。ウチはきっかけになればいい。


 ああ、馬車用の馬は蹄鉄と去勢がセットでしてある。去勢は去年からしていて蹄鉄もウチの馬はしてたんだけどね。海外だと普通にある技術だし。


 繁殖用のアラブ馬も二十頭ほど連れてきている。まずはその数で様子をみて、必要とあれば数を増やすことや大型の馬とか種類も増やす予定だ。




「うーん。オレはいいけど、領民の人たちは?」


「はっ、領民の理解は得ておりまする。むしろ殿のお役に立てることを喜んでおりまする」


 この日は太田さんが自身の領地のことで相談に来ていた。


 太田さんの領地がまた大変だったんだよね。絶縁していた従兄弟一家にあった借金は関係ないし払わないことになったが、領民が村名義で借入していた借金があった。


 農業試験村と同じく利息が高いのでウチが一括で返して、村からウチに返すことで調整した。太田さんは遠慮していたが、ちょっと額が大きくて大変だったんだよね。


 ただ借金以外の領地の運営は口出しせず、若い家臣たちに領地の運営を勉強させてやってと頼んだんだけど。


 太田さんから領地を農業試験に使ってほしいと言われたんだ。


「確かに試す場所は増えると助かるけど……、ねえ?」


「そうですね。新品種の栽培を試す場所は増やしたいところでしたし、試験村が一ヶ所のみの場合、ためしの幅が狭まり、先々さきざき、他の地域ではうまくいかないおそれもありますので」


 太田さんの領地だし太田さんが望むなら協力したい。考えてみれば当然か。太田さんは去年の試験村の成果を記録していたから知ってるし、自分の領地でもやりたくなるよね。


 一応エルに意見を聞くが、やっぱり試験村がもう少し欲しかったのが本音か。人様の領地だといろいろ問題があるが、身内の領地だと責任さえもてばやりやすい。別に人命にかかわることをするわけではないのだ。極論を言えば、もしもの損害を銭や米で賠償すれば済む話だ。


 もともとウチは評判がいいが、借金の借り換えで太田さんの領地でも相当感謝されてるらしい。なんかむずがゆくなるよ。


「某も久遠家の家臣なれば、領地を是非お役立てくだされ。一日も早く皆で飢えぬようになりとうございまする」


 試験栽培の米はF1種の予定なので、基本は全量を買い上げて、翌年にはまたこちらで種籾を新たに配る計画なんだよね。


 まあ農家で食べる分くらいは、精米して胚芽さえ落としてしまえば問題ないので残してもいい、次の年の種籾として融通とか横流しとかされたら困るからね。その辺りをうまく説明して理解が得られるなら構わないだろう。流出した種で他国はまだしも、近隣の織田領内が大不作なんて勘弁だ。


 確かに太田さんの領地は事実上久遠家の支配下になるから領民に期待されてたことは確かだ。


「うん。じゃお願いするよ」


「ありがとうございまする」


 失敗する可能性があることも事前に伝えている。もっとも自然災害での失敗などは言わなくても理解していたが。


 しかし、みんなで飢えないようにか。オレやエルたちだけじゃない。いつの間にか久遠家の目標がそれになっている。本当に頼もしい限りだ。


「かじゅまー! えほんよんで!!」


 太田さんが嬉しそうに笑みを見せた時、パタパタと廊下を走る音がする。どうやらお昼寝をしていたお市ちゃんが目を覚ましたらしい。


 この日は献上した馬車でさっそく姫様たちがウチに遊びに……、じゃなくて勉強に来たんだ。


 オレやエルたちは明や南蛮を知る人材だからね。高僧に教育係を頼むようなもんなんだろう。


「わふ! わふ!」


「ワン! ワン!」


 お市ちゃんはすっかりロボとブランカと仲良しになったなぁ。


 でもさ、その絵本さっきも読んだよね?


 本当にお市ちゃんとロボとブランカのパワフルさには圧倒されるね。オレ一応仕事がまだあるんだけど。


 今度、牧場村にでも連れていくか。あそこは動物も増えたし、ウチの子になった孤児の子たちもいる。お市ちゃんたちのいい勉強になるだろう。


 それに同年代の女の子の友達も作ってやりたい。武家の娘だと身分とか気にするし、実はウチの子たちが一番身分とか気にしないんだよね。


 最低限は身分の教育もしてるが、ウチの子たちは信長さんの子分みたいなもんだから。


 仲良くなれるだろう。


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