第313話・信長さんの結婚式・その五

Side:久遠一馬


 翌日には義龍さんが美濃に帰った。なんというか史実の織田との関係を思うと波乱のひとつでもあるかと思ったが、普通に斯波義統さんや信秀さんに挨拶して帰ったらしい。


 引き出物は日持ちするシュガークラフトケーキと金色酒、鮭や昆布などの縁起物、それと白磁のお銚子とお猪口のセットを贈った。お銚子とお猪口は織田の家紋入りだ。清酒が広まれば、清酒をかんにして呑む文化も産まれるけど、今は気にしない。織田は白磁の什器をオーダーメイド出来ると思わせることを優先だ。


 ウェディングケーキは未来だとイギリス式は三段に意味がありシュガークラフトの部分があったりしたが、そこまで真似する必要もないのですべて生のケーキにした。


 一番上は宴で食べて二段目と三段目は清洲城と那古野城の女性陣や働く人すべてに配った。これはウチの日頃の様子を見ていた信長さんの意向で、身分や立場よりも身近な人を優先したとも言える。


 信秀さんもそうだが、ウチの待遇と働きなんかを参考に地道に改革しているようだ。まあ家柄を誇っていた旧清洲の家臣たちが、使えないうえに邪魔ばっかりしたからかもしれないが。


 戦国時代のこの頃は一般的に国人衆や土豪や寺社などの諸勢力をいかに纏めて家臣として使えるかが鍵となるが、織田は直接領民に働きかけることにより中間層の諸勢力を過剰に優遇する必要がなくなっているからね。


「盛況だなぁ」


 この日も夕方から家臣へのお披露目と宴があるけど、夕方まではやることがない。なので一昨日と昨日と今日行われる、領民への振る舞い酒と祝いの菓子の配布を今日も暇だったジュリアと少し見に来た。


 けどまあ凄い人が集まっていて、警備兵と美濃兵への備えとして各地から集まった兵たちが行列を整理している。


「そりゃあね」


 あまりの混雑ぶりにオレは驚いてしまうが、ジュリアは当然だろうと言いたげだ。


 地味に驚くのはお坊さんまでもいることか。特に制限は付けなかったけどさ。ひとりに配る量は多くはない。


 告知は紙芝居にて織田領内に知らせてある。遠くから来た人もいるみたいだね。


「どうぞ!」


「美味しいよ!」


 那古野では実際に配るのは孤児院の子供たちだ。無論、大人の武士が、二度貰ったり子供を嚇したりして多く貰う人がいないか、監視してるけどね。


 いるんだよね。ろくでもない人が。


 昨日や一昨日もなんだかんだと理由をつけて多く貰おうとした人とか、タチの悪い人だと村人なんかを動員してお菓子とお酒を貰った人から取り上げる奴なんかもいた。


 とりあえず監視していた武士たちが信秀さんの名前で、取り上げるのを止めさせたみたいだけどさ。予め懸念されていたからルールを決めていたが、守らない人も多くいたみたい。


 多分、那古野や清洲では取り上げなくても、村に帰ったりして目の届かないところで取り上げる奴はいるだろう。虫型偵察機と忍び衆でちゃんと監視してるからな。後日になるが聞き取り調査もする。


 別に村のやり方は否定しないが、織田家が領民に配布した祝いの品を取り上げるのは許さない。メルティの策として、ちょうどいいから指示に従わない反抗的な人間のあぶり出しも兼ねてるんだよ。


 織田領でもまだまだ年貢の徴収は方法も額もばらつきがあるからね。謀叛を起こした林通具とか旧大和守家の人間とかは、あの手この手で領民から絞り取っていたらしいし。その感覚の人間は武士に限らず領民ですら多くいるだろう。


 領民も馬鹿じゃないから、ほかに頼る寺社とかがあればそちらに頼るし、自分たちで武装して対抗もする。とはいえ境遇や力関係で対抗出来ない弱者は相応にいる。


 まあ細かい税の問題を変えるのはまだ無理だ。今回は織田の祝いの品を横取りした不届き者をあぶり出して、今後監視するためでもある。

 

 ほんとメルティってどさくさに紛れて作戦を実行するのよく考えるね。




Side:斎藤道三


「ただいま戻りました」


 新九郎たちが戻ってきた。婚礼の儀はつつがなく終ったらしい。これで一息つけるな。こちらが裏切らぬ限り、今の織田が婚姻までした相手を自ら滅ぼしにかかることはあるまい。


「いかがであった?」


「予想以上の力の差があったかと。もし仮に同盟を結んでおれば、当家は婚儀の規模で負けて大恥を掻いたかもしれませぬ」


 やはりそうか。先に戻った兵どもが織田から酒と菓子を貰ったと騒ぎになっておったからな。武士でも口にしたことがない南蛮の菓子を雑兵全てに配った織田に皆が驚いておるわ。


 同盟となれば対等な婚儀にせねば意味がない。だが織田に合わせるなど叶わぬのは明らかだった。まさか当家に合わせて抑えてくれとも言えぬ。下手に意地を張れば泥沼になったであろうな。


「父上に伺いたい。父上ならば弾正忠殿に対抗出来るのでしょうか?」


「数年でいいならば出来るやもしれぬ。だがいずれ呑まれてしまうであろうな。その時は斎藤家が終わる時であろう」


ずいぶんと物分かりがよくなったな。なにかあったか?


「織田に降って潰されませぬか? 織田には対抗は出来なくとも家臣としては大きすぎまするが」


「まったくその心配はいらぬとは言わぬが、現状ではあまり心配はいらぬであろう。あそこには久遠家がある。わしの見立てでは向こうが上だとみておる」


「なっ……」


「あれだけの南蛮船を月に数度も寄越すということは、それだけの力がある証と言えよう」


 新九郎め、織田が恐ろしくなったか。だがそれもまたいい。根拠のない自信や意地を張るよりも、恐れて慎重な者のほうがいいからな。


 久遠は信秀の猶子になったが、それにしても大きすぎる。常ならば、そんな家臣は警戒して討つことすらあるというのに、あやつは久遠に更なる権限と儲けを許しておる。


 もともと一族には甘い男であったが、久遠家を信じると決めたようで、あそこまで好きにさせるとはな。わしには出来ぬことだ。


 素破の報告では信秀はよく久遠家の屋敷に行くらしい。噂だがいかにも久遠家で飯を食っておると聞く。あの明や南蛮渡りの料理の味を考えれば気持ちは理解するが、毒の心配などもせずに頻繁にいくとはたいした度胸よ。


「某のことも一向に気にした様子はなく、気持ちは理解すると言われて逆に褒められました」


 ほう、信秀は敵対しようとしておった新九郎を褒めたか。やはり器が違うということか。


 国人衆の謀叛は厳罰に処したらしいが、新九郎に信秀は気を使ったのか、なにかを見たのか。いずれにしてもこれで実質臣従の縁戚で当面は様子見だな。


 臣従は早いほうが価値はあるが、今臣従すれば美濃の国人衆は荒れるかもしれぬ。所詮、織田の力ですぐに落ちるのだろうが、織田は無駄な戦を嫌うようだからな。


「新九郎よ。織田は国人衆の臣従に、検地と人の数を調べることと、織田の分国法を守るように言っておる。現段階では当家はまさしくの臣従ではないが、検地と人の数を調べることはするつもりだ。その件はそなたが差配致せ」


「はっ」


 わしももう若くはない。以前のこやつでは当主は無理だと思ったが、尾張に行き、素直に織田を見てとった今の様子ならば悪くはない。


 斎藤家は今から織田のやり方に合わせていかねばならぬ。遅れればまたおかしなことを言う者が現れかねんからな。


 所詮、美濃は織田の銭の力には勝てぬ。すでに大湊は実質軍門に下ったようなものだ。だからこそ銭の歩合も合わせることにした。特に稲葉山と周辺は織田が近いのだ。悪銭ばかりが集まっては困る。


 織田には検地の仕方を教えてほしいと頼んである。落ち着けば誰か人を寄越すであろう。


 ともかく斎藤家は力を蓄えねばならぬ。西美濃の国人衆は織田に臣従するだろうが、東美濃や北美濃はまだこちらが従えることも、叶うやもしれんからな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る