第311話・信長さんの結婚式・その三

Side:美濃の兵


 尾張は随分と賑やかなとこだなぁ。斎藤様の姫様が織田様の若様に嫁ぐというんで、花嫁行列のために故郷の村から集められて尾張に来た。


 重い荷を運んで那古野城というところまでやっと着いたな。褒美に酒でも振舞ってくれねえかなと思いはするが、あんまり期待はしてねえ。五千とか言うどえりゃあ数で来たんだ。飯を配るだけでも大変だろう。


 辺りはすでに夜だ。かがり火が焚かれる中、荷を下ろしたおらたちは城の中で一息つく。さすがに来た奴みんなが入りきらねえようで、入れねえ奴はどっか別の場所に行くらしい。


 腹減ったなぁ。戦なら乱取りに行けるんだが、さすがに婚礼だし厳罰だって言われてる。


「みなさん。ご苦労様でした。食事と酒はたくさんあります。遠慮なく食べて飲んでください」


 なんか食わせてもらえねえかと待っていると、お膳が次から次へと運ばれてくる。


 飯だけじゃなく酒もあるのか? さすがは織田様だなぁ。斎藤様とは違う。仏様の化身だって噂だからなぁ。


 尾張では飢えずに飯が食えるってのは本当らしいな。


「こいつは美味そうだ」


 膳には飯椀めしわん汁椀しるわん菜皿さいざらさかずきがあって、まるでお殿様の膳みてえで、飯椀には玄米の飯が山盛になっているじゃねえか。味噌汁は具沢山だ。春が近けえから採れ始めた山菜に魚まではいってる。ほかに干物じゃねえ魚と漬物に肉を焼いたものまであるとは……。


「これはなんの酒だ?」


「ああ、麦酒だな。近ごろ尾張で出回ってるやつだ」


 かめのまま出された酒は濁り酒のほかにも知らねえ酒がある。隣のやつに聞いてみると、ここんとこ尾張で出回っている酒らしい。柄杓ひしゃくで軽くすくって、盞に受けて舐めてみる。


 うん? 不思議な味だな。だが悪くねえ。酒が飲めるなんて久々だ。


 飯もうめえ。去年は豊作だったんで米を食えたが、ほとんどの米は売ってしまって雑穀を買って食っていたからな。雑炊以外の飯なんて正月以来だ。


 しかもどれも味がちゃんと付いてて美味い。塩と味噌ならおらも食ったことはある。だがいつもはやっぱり味が薄い雑炊くらいしか食えねえ。


 腹いっぱいになって酔いが回ってくると、気持ちがよくなったのか誰からともなく歌いだした。腹いっぱい飯が食えるなんて滅多にねえ。正月とか秋の取り入れの時に食えればいいほうだからな。




 翌日おらたちは美濃に帰ることになった。しかし朝からまた飯を腹いっぱい食わせてくれたばかりか土産まであるとは……。


「これはなんだ?」


「それは甘い菓子だ。我ら織田のお殿様がお前たちに与えてくださったのだ。感謝しろよ」


 土産は酒と菓子だった。甘い菓子だなんて食ったことねえ。本当に菓子か? 毒でも入ってるんじゃねえだろうな?


「あめえ……」


 気の早い奴がトゲのある玉みたいな菓子をひとつ口に放り込むと、周りの目が集まった。


「干し柿より美味いか?」


「ああ、うめえ」


 びっくりしたような顔で菓子を食うそいつに誰かがどんな具合か例えを聞くと、ぽつりと一言答えた。思わず生唾を飲み込む。食いてえ。どんな味がするのか食ってみてえ。


 だが村に残してきたおっ母とわっぱたちの顔が浮かんだ。おらは昨日と今朝は腹いっぱい飯が食えたが、おっ母と童たちは食べてねえんだよな。


 酒ももらったんだ。我慢しよう。二度と手に入らねえもんだ。家に帰ってみんなで食おう。


 ほとんどの奴は菓子を大事そうに懐にしまっていて、その場で食べるやつはいなかった。


 ああ、おらも尾張に生まれたかったなぁ。そうすれば……。


 帰ろう。おっ母と童たちの待つ村に……。




Side:久遠一馬


 翌日は結婚式だ。この時代では婚礼の儀というらしいが。始まるのは夜からだ。平安の公家の流れを武家が真似たようだが、個人的にはもう少し早い時間でもいいのではとも思う。


 三々九度とか長々と儀式を行うと一族や一門の集まる宴になる。オレの出番はここからだ。まあ、基本的には出席するだけだけど。


 お隣さんは信広さんだ。オレの織田家中での序列は真ん中よりは上か? まあ高くても困るんだけど。義龍さんも見届け人として隅っこにいるね。なんというか、意外に普通そうな人だ。


 しかし、信長さんの結婚式に義龍さんが来るとは、歴史が変わってるなぁ。


「おおっ!?」


「なっ、なんだあれは!?」


 お膳に料理が運ばれてくるが、ざわめいたのは漆塗りのテーブルの上に載せられたウェディングケーキが運ばれてきた時だろう。


 三段重ねの立派なウェディングケーキだ。ホイップクリームによる純白のケーキになる。果物とかで飾ることも考えたんだが、信長さんが純白のままがいいと言うのでこうなった。ただホイップクリームで装飾はしてるから地味な感じはないけど。


 蝋燭の明かりに照らされるウェディングケーキはどこか神秘的に見えるから不思議だ。帰蝶さんと義龍さんも驚き見入っている。


「これはケイキという久遠家に伝わる祝いの席で出す菓子でございます。本日は今までにない立派なものになっております」


 あれはいったいなんなんだと騒ぐみなさんに、政秀さんが説明をする。ケイキじゃなくてケーキなんだけど。まあ、いいか。


「私たちが切り分けさせていただきます」


 そこでケーキと一緒に部屋に入ってきた、エルとケティとパメラとリンメイとシンディたちが、ケーキナイフで切り分けていく。


 この作業は城の料理人たちは慣れてないからね。城の料理人たちは失敗したら首が飛びかねないとみんな怖がった。ただしエルたちなら安心だし、オレが猶子になったことでみんなも織田一族の嫁ということになるので立場的にも問題ない。


 元の世界のウェディングケーキは張りぼてだったりする場合もあるが、当然ながら今回は全てが本物だ。


 帰蝶さんと義龍さんは信じられない様子でケーキとエルたちを見つめている。エルたちを初めて見るとみんな驚くからなぁ。


 切ったケーキをそのまま出席者たちは食べることになるが、やっぱりご飯の前にケーキって違和感があるよな。変に前例作って、ケーキの作法になっちゃったな。


 ああ、大きいケーキだから切り分け残った分は、信秀さんの子供たちとか城のみんなで食べることになる。


 静かだ。いつの間にか静かに食べるのがルールになってるせいで、みんな静かに食べている。でもクリームのケーキはほとんどの人は初めてなので、驚き言葉がでない人も結構いるみたいだけど。


 白無垢姿の帰蝶さんは箸でゆっくりとケーキを食べている。帰蝶さんやみんなはどんな味に感じているんだろう?


 ケーキを食べ終えると少し空気が緩む。何人かはお代わりしたい感じだけど、そんな空気じゃないんだよね。残ったケーキが運び出されていくのを寂しそうに見ないでほしい。


 祝いの菓子だから城のみんなに配るんだよ。まだ秘密だけど、来賓のみんなにはクリームではないが別のケーキをお土産に用意してるから、今は我慢してほしい。


 さぁ宴だ! 今夜の料理は鯛の塩釜焼きに鶏肉の照り焼き、豆腐と湯葉の湯豆腐、山菜と海産物の天ぷら、伊勢海老の味噌汁などお膳がひとりに三つもある。


 料理は信長さんのリクエストとか風習を考慮して決めたが、困ったらウチの伝統とか健康長寿の薬だと言い抜けることにしたようで、この時代だと奇抜な料理かもしれない。


 なんか最近、ウチのやることは先進的なことだとみんな考えてるようで、反発とか少なくなったね。


 お酒は毎度おなじみの金色酒と清酒に、金色薬酒と梅酒に今回初の芋焼酎もある。なんか目新しい酒があったほうがいいかなと思ってね。


「これは……」


「ああ、木槌で叩いて割ってください。外側は塩でできていて、中に魚が入っています」


 ウェディングケーキに続いてインパクトは大きいみたい。


 隣の信広さんが塩釜焼きにどうしていいかわからない様子で固まっていたので、食べ方を教えると周りのみんなも真似してこんこんと塩釜を叩いていき、中の鯛を見ると驚きの声を上げた。


 さあて、宴の始まりだ。


 お酒は酒精が結構強いものばっかりだからなぁ。薄めて飲むのを勧めたけど、無理して潰れる人が続出しそうだ。


 どうなるかね?




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