第209話・合同訓練
side:平手政秀
「不思議なものですな。若のその格好も、今では気さくで親しみやすいと領民に評判だとは」
「装束の良し悪しで変わる権威などオレは要らん」
この日ワシは若の供として、一馬殿の船にて佐治水軍の大野城に向かっておる。
若の格好はいつもと変わらぬ。一年程前までのうつけと呼ばれた格好のままだ。だが不思議なもので、若をうつけと呼ぶ者はもう尾張には居らぬかもしれん。
家中においても若の立場は確固たるものとなった。全ては、この船の持ち主である一馬殿を若が召し抱えた結果じゃ。
織田家中でも一馬殿は異質な存在だ。臣下であることに変わりないが同盟者のようでもある。
殿はいつの間にか我が子のように案じたり期待したりされておるし。若は無二の友や兄弟のように見ておるのやもしれん。
「そうですな。今の若にはそう言うだけの力も実績もあります故。某も反論できませぬ」
「いかがした? 爺。そなたらしくもない」
若は変わられた。本質は変わっておられぬが余裕が生まれたようで、随分と人当たりが良くなられた。
土田御前様とも以前はあまり口も利けぬほど微妙だったが、近頃では土田御前様が若に小言を言うようになられた。皮肉な話だが、土田御前様も若もその関係を喜んでおられることがワシにはわかる。
「いえ。若も御立派になられましたなと思いましてな」
最早、清洲三奉行の織田弾正忠家ではない。織田一族の宗家にして事実上の尾張の支配者でもある家柄。
他家ならば家督争いの一つや二つあってもおかしくないところを、若は自身の行動で殿の後継者の地位を勝ち取られた。
一馬殿のような男を臣下としながらも、妬むわけでも恐れるわけでもない若は紛れもなく殿の後継者に相応しい。
「駿河守に影響でもされたか? そなたはまだまだ長生きするわ」
「そうですな。百まで生きて、若と一馬殿の世を見るまでは死ぬつもりはありませぬ」
「くっくっく。それはいい。オレに子ができたら、また守役をせよ」
願わくば若と一馬殿が見据えておる世を、本当にこの目で見てみたいものじゃな。
尾張に来た駿河守殿と話しておってワシは感じた。北条家ですら、いつ危うくなるか分からぬと案じておることを。そして駿河守殿自身の命がいつ尽きるとも分からぬことを覚悟しておることを。
気が付けば同輩の者も少なくなった。ワシもせめて若の御子の一人でも見るまでは頑張らねばならぬな。
side:久遠一馬
「さすがは佐治水軍。見事に操船してますね」
関東行きが正式に決まり準備は各地で進んでる。まずはウチの新しい熱田配備のキャラベル船と佐治水軍の合同訓練を始めた。
ちなみに津島・熱田の両配備船は表向きの武装を載せることにした。秘匿装備・兵装は元からあるけど、港の人たちは武装船が駐港することで安心するらしい。熱田配備船はシンディからの要望も強かった、科学技術のバックアップに選択肢が増えるからね。
佐治水軍の新造船は最終調整中のようで改造船を使っての訓練になるが、大きさは関船くらいあるみたい。
実はまだ安宅船が普及する前みたいで、佐治水軍には無かった。それに、佐治水軍の規模だと関船と小早で十分という理由もあると思うけど。
元々の佐治水軍の仕事は領海を通る船から税を取る海賊業が本業で、船での輸送業もしてるようだね。
小競り合いとかはあるらしいが大規模な海戦なんてないから、安宅船みたいな船は必要無いんだろう。
「この程度ならば当然ですな」
小田原までの航路は黒潮に乗れる上、追い風だから行きは沖乗りで行く予定だ。帰りは黒潮に逆らう上、向かい風になるからジグザグ航行することになるから日数がかかるし、そろそろ台風の時期だから天候次第では今川領の沿岸を戻ることになるかもしれないけどね。
航路は佐治水軍と一緒に決めた。エルは沖乗りと地乗りの二航路を計画したけど移動日数が倍以上も違うんだよね。
最終的には佐治さん次第だったんだけど、佐治さんの要請でウチの船乗りを佐治水軍の船に一人ずつ乗せる形で沖乗りに決めた。
派遣する船乗りは通常型の擬装ロボットではなくバイオロイドにする予定。
バイオロイドは生体ロボット、生身の身体に頭脳となる中枢部がAIになっている。
当然ながら量産型のロボットよりもコストはかかるけど、現状だと宇宙要塞の製造能力はほぼ使ってないからね。問題はない。
エルたちのような有機アンドロイドは脳も生身の人造人間と言えるが、基本的にアンドロイドはワンオフ仕様なので同じ個体はまず造れない。
ただ、バイオロイドもロボットであることに変わりはない。怪我をすると血が流れ、痛いと表現はするけど痛覚はない。
偽装ロボットとの違いは、生体ボディを維持するために食事が必要になる。
偽装ロボットも食事のふりをできるが食事は必要ない。対してバイオロイドは生体ボディを維持するための食事が必要となるので効率は良くないんだよね。
今までは偽装ロボットで誤魔化してきたけど、今後は偽装ロボットとバイオロイドを使い分けていく予定だ。
ちなみに両者とも自立型AIにより稼働するが宇宙要塞のメインコンピューターと連動してるので、管理自体は物凄く楽になる。
バイオロイドは元々アンドロイドを造れないプレーヤーが、アンドロイド代わりに使っていたものだからね。
いわゆる無機物のロボットに囲まれるのは嫌だという、ワガママなプレーヤー向けに用意された物なんだ。
まさかオレが戦国時代に来て使う羽目になるとは思わなかったけど。さすがに何日も一緒に佐治水軍の船に乗せるならロボットだと不安だからね。
バレないとは思うが、何かの拍子に変な誤解が生まれても困るし。
九州辺りで南蛮人に奴隷を売り始めたら、その人たちを助けてシベリアや南方の島に移住してもらい、将来は彼らに期待したい。
「しかし、随分と精巧な地図、いえ海図ですな。それにすでに東も調べておったとは……」
「海図は船乗りにとっては『命よりも大切な物』などと言う者がいるほど重要ですから。蝦夷に行く時などに調べていたんですよ」
少し話は逸れたが、佐治さんには今回の計画を前に新しい海図を見せていた。伊勢湾から関東までの沿岸と沖合いの海図だ。
海図自体は無人潜水艦や人工衛星で調査した物を基に、この時代でも作れる海図より少し精巧な程度にしてある。わざわざスペックダウンするのもなんなんだけど元の世界の海図なんて見せられないし。
言うまでもないかもしれないが、海図はこの時代には存在しない。そもそも地図自体もいい加減で測量とかしてない時代だからね。
欧州でも目印の山とか島のお絵描きとどこから何日とかのレベルだ。それでよく地球儀なんて作れたと思う。
「何事も事前に調べることが大事ということですな?」
「ええ。特に外洋は季節・天候によって風や潮の流れが変わることもありますから。沖に出るには十分に調べないと」
佐治さんは西洋式航海術を学んでいるし、ウチとの交流もしてるから意外に考え方が先進的になってきたみたい。勘と経験があればいいんだなんて言い出さなくて良かったよ。
「久遠殿の島はいずこに?」
「ああ。ちょっと待ってくださいね。別の海図になりますから。……あぁ、ここがウチの本領の諸島ですね」
訓練する船を大野湊から眺めていたが、ふと佐治さんがウチの島の場所に興味を持ったので同じく事前に用意していた小笠原諸島の描かれてる海図を見せた。
「随分と小さな諸島ですな。しかも、周りには大きな陸もない。これでは誰にも見つからぬわけですな」
「ほう。ここがお前の島か」
「遠いですな」
話がウチの本領になると湊で釣りをしていた信長さんや政秀さんも興味があるのか、海図を覗きに来た。実はジュリアが木製のリールで釣りを始めたら、信長さんたちが興味を持って一緒に釣りしてたんだよね。
「拠点は他にも幾つかありますけどね。南蛮船は北で造ってますから」
「北ですか?」
「南蛮船を作るには、大きな木材が大量に必要なんです。ウチの島は小さいので、人の居ない島や人の少ない
小笠原諸島って地図で見ると小さいんだよね。せっかくなんで南蛮船の製造拠点の話とか少ししておこうか。将来のためにもね。
「何故、人の居ない場所を選ぶのだ? 不便であろう」
「欲しいのは資源と土地なんです。異民族なんて欲しくありません。人を治めるのは大変ですから。子供を産み増やせば人は増えます」
ただ、佐治さんも信長さんも政秀さんも、無人の島や僻地のどこがいいのかあまり理解できないみたい。
オレの考え方で言えば畿内とか要らないと言ってるようなものだからな。この時代の人は京の都と畿内を押さえて天下に号令をかければいいと考えるからね。
「ふむ。面白いな。人はみな栄えておるところを目指すというのに、お前たちは逆に行こうとする」
「織田が畿内を目指さないのと同じですよ。歴史もなく弱い者は僻地で力を蓄える必要があるんです。栄えているところで欲しいのは知識と技術のみ。権威は欲しくありません」
「都の者たちに聞かせてやりたいわ」
まあ本音を言えば統治自体が面倒なだけなんだけどね。オレたちは宇宙要塞があれば生きていけるから。
言えないよね。歴史上の偉人を見に来たら巻き込まれたんで自分たちの生存圏を確立するために動いているなんて。
そういえば史実において織田信長は明を攻めるつもりだったなんて説もあるけど、この世界の信長さんはどう考えるんだろうね。
海外に出るのはいいが、朝鮮や明は止めてほしい。
戦をしたいなら、北アメリカで南蛮人を相手に戦をしてほしいところだ。
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日本に西洋式の海図と測量技術を最初に持ち込んだのは久遠家だと言われている。
一説には他の南蛮人がすでに持ち込んでいたと主張する学者も居るが、明確な証拠があるのは佐治家に伝わる天文17年と記された海図になる。
海図こそ佐治家の家宝だと語ったとされる佐治為景以降、佐治家では災害や火事などが起きた際には真っ先に海図を持ち出していたのは有名な話である。
余談ではあるが佐治家に伝わる海図が日本西洋絵画の祖と言われる久遠メルティ氏が描いた物であることもあり、現代では歴史的にも美術史的にも貴重な品となっている。
近年ではさすがに劣化が進んでいることもあって、海図の管理は久遠メルティ記念美術館が委託されていて定期的に展示もしている。
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