第206話・織田家の外交
side:久遠一馬
「小田原にですか?」
「うむ。こちらも使者を出して北条を見極めるべきであろう」
幻庵さんの講義は結局二回に分けて行われた。人が多すぎて後ろの人は聞こえなかったんだよね。幻庵さん自身が二回に分けることを言ってくれて助かった。
こういう気遣いができることが、幻庵さんと北条家のイメージアップに繋がってる。
ただ、さすがにそろそろ相模に帰る頃なんだけど、ここで信秀さんがとんでもないことを言い出した。今度は小田原におでかけですか?
まあ、対等な立場での友好を考えるなら、一方的に来るよりはこちらからも出向かねばならないのは確かだけど。西堂丸君が来たから信長さん辺りが行くのが筋と言えば筋だけどね。
「しかし、今川を刺激しませんか?」
「この程度で暴発するのならば戦をすればいいだけのこと。大義名分はあるのだ」
懸念は今川だけど。信秀さんは動かないと見てるのか。まあ今川が動けば、本当に織田と北条の同盟が成立しそうだけどさ。
「南蛮船で行けぬか? 駿河守は南蛮船に乗りたいと言っておるし、相模まで送るついでに使者を同行させれば名目としては問題あるまい」
「わかりました。すぐに必要な船を手配します」
南蛮船で小田原に行くのか。ちょっとした黒船来航みたいになる気がする。ただ、南蛮船で行けば軽く見られることはなさそうだけどさ。
「よし。船は任せる。三郎と孫三郎に伊勢守も同行させるか」
「佐治殿も同行をお願いしたいです。小田原まで行くには駿河湾より西の遠州灘は少し難所のようなので、初めての者が越えていくのは博打紛いです。ただ、佐治水軍ならばウチと共同で無理をせずに行くことが叶いますので、経験も積めればと思います。今後は、佐治水軍に北条との定期船を任せたいんです」
「よかろう。ワシから文を出しておく」
織田も大きくなったからな。外交も本格的に必要か。贈り物とか選別しなきゃ駄目だな。
「小田原に行くのであれば、それなりの数の船が必要ですね。島からの輸送ガレオン船の運用はそのままで、尾張の交易を止めてはいけませんから。津島配備船を伝令に出してガレオン船・キャラベル船を追加で呼び寄せます。ガレオン船一隻・キャラベル船三隻で船団を組みます。キャラベル船は本来商船ですが、多少の武装を施せば、
さっそくエルと小田原行きについて相談する。信秀さんの話では同行する人は船乗りを除いて百二十人ほどしか居ないんだけど。
「多くないか? 戦に行くわけじゃあるまいし」
「この機会に織田の力を見せつけるべきです。そもそも北条家は格上。今後の外交交渉を考えるとこの程度の船団は必要です。それから、まもなく熱田配備予定のキャラベル船が到着します。ウチの船が尾張の港に常駐する体制を維持するつもりです」
船と航路についてはエルにお任せだけど。予想以上に船が多くてビックリ。外交交渉って完全に砲艦外交みたいなんだね。
「某もエル様の意見に賛成です。商いと銭で織田は大きくなったと、軽く見ておる者もおります。それに今川に対しての牽制にもなりましょう」
いいのかなと少し悩むけど、資清さんと望月さんも大規模船団に賛成していた。やっぱり力を見せつけないと駄目なのか。
「では、さっそく配下の者を先行させます」
資清さんは早くも情報収集のために、忍び衆を小田原に先行派遣することにしたみたい。やっぱり優秀だな。
「しかし、まさか小田原に行くことになるとはね」
「いい判断だと思います。織田はまだ歴史が浅いので、北条家に学ぶべきものがあるでしょう。それに、会わずに外交をするよりは会った方がいいのは確かです」
ただ、信秀さん。ウチの影響を受けて確実に変わったよね?
なんというか畿内に行かず将軍に挨拶もせずで、関東の北条家に行くなんて普通の大名ならやらないだろう。
まあ、信秀さんは名目上は守護様の家臣で大名じゃないんだけどね。そこを上手く使っている。
史実だと、この頃の織田は美濃と三河で負けて大変な時期だからな。それが、この世界では尾張を統一して内政と外交に力を入れてるくらいだ。えらい違いだな。
「関東か。鶴岡八幡宮とか行けるかな?」
「鶴岡八幡宮は行くべきでしょう。ちょうど北条家の先代が戦で焼かれたのを再建してます。武士にとっては特別な場所ですから」
この時代だと江戸は田舎で町すらないだろう。でも、小田原とか鎌倉とか色々あるはずだ。特に鶴岡八幡宮は源頼朝と関係が深いからな。信長さんたちは行きたいんだろう。
オレは、温泉とか行きたいな。でも、そんなにあちこち行けないかな?
side:北条幻庵
「父上も、さぞ驚かれるでしょうね」
「うむ。帰ったら謝ることが増えてしまったのう」
結果として悪いことではないが、少しばかり勝手なことをし過ぎたのは確かじゃな。帰ったら殿には謝らねばなるまい。
されど、織田との誼を深めたばかりか、南蛮船でワシらを送ると同時に織田からも使者を送るとは、弾正忠殿も思いきったの。
小田原の者たちに南蛮船を見せれば、さぞ驚くであろう。
「久遠殿は、船を追加で呼び寄せるとか」
「織田の力を関東に見せたいのであろう。かつて鎌倉に幕府があったためか、坂東武者は誇り高い。得体の知れぬ余所者と言われて軽く見られては今後に影響しよう」
弾正忠殿は隙がないの。いや久遠殿か?
この機会に小田原を訪れ、北条と関東の者たちに織田の力を見せれば、今後の商いも
北条としても悪くはない。こちらから尾張に出向いた返礼にと、虎の子の南蛮船で船団を組んで送ってくれるのじゃ。今川が少し気になるが関東諸将に与える影響は計り知れん。
特に里見などはいかな反応をするか見物じゃな。
「帰りがまた延びてしまいますな」
「なに問題ない。ワシは帰るまで学校で教えることにする。先のことを考えれば、織田には明や南蛮のことを教わらねばならぬのだ。良い機会じゃ」
出発は天候にもよるが二十日後。いかにも、久遠殿の本領から船を呼び寄せるのにそのくらいかかるようじゃな。
南蛮船を知らぬので何とも言えぬが片道十日か。船ならば近いと言えるかの。
形式として臣下に収まっておるが、弾正忠殿と三郎殿は半ば同盟者のようにも扱っておる。当然と言えば当然じゃが。
久遠殿はよく分からぬ
「某は医術も教わるべきだと思いまするが……」
「うむ。確かにの。じゃが医術はそれなりに長い時を掛けて学ばねばならぬ。誰を尾張に寄越すか考えねばなるまい。無論、我らに明かしてくれるのか、なれば対価はいかほどか。懸念は多い」
明や南蛮の知識に医術。教わるべきことは多いが、久遠殿も全てを教えてくれるわけではあるまい。結局、尾張たたらは見られんかったしの。
対価はもちろん必要じゃが、その前に北条と織田の確かな信頼と繋がりを構築せねばならぬな。三郎殿の奥向きに
「西堂丸。腹の具合はいかがじゃ?」
「はい。よう御座います」
「虫下しといい、ケティ殿の薬はよく効くようじゃの」
まずは商いをして、途絶える事なく対等に交流するところから始めるべきじゃな。
思案すべきは北条から売る物か。馬以外にも何か欲しいのう。米や雑穀ばかりでは困る。北条もさほど余裕があるわけではない。
そもそも、北条家は領土は広いが、北条でなくばない物はあまりない。織田は他では買えぬ物が多いし、尾張は米もよく取れる。羨ましいのう。
並の職人や商人ならば小田原に呼び寄せることもできるが、久遠殿はそうはいかぬ。織田と久遠殿の利になりつつ北条の利になる物は何かないものか。
焦っても仕方ないの。本当に西堂丸を連れてきて良かった。
半端な身分の者では役に立たなかったわ。
西堂丸には出発までの二十日間、三郎殿に久遠殿と
三河と美濃は、いずれ織田の物になる
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