第178話・粥とピザ

side:三河の本證寺ほんしょうじ領の農民


「急げ! もうすぐ織田様の領地だ!」


 月明かりも見えぬ真夜中。家族を連れて走っている。


 乳飲み子や幼い子供を抱えて、着の身着のままでだ。


 見つかったら叩かれるか殺されるか。どちらにしても大変なことになる。


 分かってはいるが、このままでは生きていけない。


 オラん家の田んぼは湿田だ。春に米を植えて秋に収穫する以外に作物は植えられない。それも高い年貢にほとんど持っていかれる。


 年貢を払えねば仏罰が下るぞと言われて、子供を身売りしてでも払えと言われる。


 もう限界だ。オラん家は特に田んぼが少ない。草や木の皮に僅かな雑穀を食べる日々はもう嫌だ。


 嫁の実家は織田様の領地だが、向こうでは賦役に参加すれば飯が食えるらしい。この冬は餓死者も出なかったと聞いた。


 一か八か逃げるしかなかった。




「その方たちは八人か。家族か?」


「はっ、はい」


「職は何をしておった?」


「田んぼを耕していました」


 織田様の領地に無事にたどり着くことができたが、すぐに見つかり捕まってしまった。


 どうやら同じようにどこからか逃げてくる者が多いようで、またかと言われた。


 流民となった者はどこでも歓迎などされない。良くて追放されるし、悪ければ戻れと言われるか売られるかだ。


 せめて子供だけでも嫁の実家に行かせてやりたい。元気で働けるから何とか生きていけるだろう。


「どこに行っても楽ではないぞ。だが、尾張ならば働き口はある。家族で飯が食えるのだけは偽りはない。ただし、死ぬ気で働くならばだがな。いかがする?」


「お願いいたします! 死ぬ気で働きますので、どうかお願いいたします!!」


「分かった。とりあえず、数日はここで休むがいい」


 信じられなかった。


 殺されても文句が言えぬのに、まさか働き口を与えてくださるとは!


 むろん、偽りではないのかとの不安はある。普通に考えれば行った先で奴隷として死ぬまで働かされてもおかしくはないのだ。


「あんたたち、大丈夫かい? さあ粥をお食べ」


「……銭がありません」


「いいんだよ。織田のお殿様が下さった粥だ。感謝してお食べ」


 しかし、詮議が終わるとオレと家族には、なんと粥が差し出された。味噌の匂いがする粥などいつ以来であろう。


 涙が止まらない。慌てて食べる子供たちを見ながら、オレは涙で何も見えぬまま頭を地面に擦り付けて織田のお殿様に感謝した。


「ほら。あんたもお食べよ。あんたが食べて働かなかったら、誰が子供たちを食わせるんだい?」


 ああ。美味い。味のついた飯など久しく食べてない。


 オレたちのような者にまで粥を与えてくださるとは……。


「いいかい。あんたたちは松平様の領地から逃げてきたんだ。向こうで誰かに聞かれてもそう答えるんだよ。松平様なら敵国だから返されることはないからね」


 粥を与えてくれたお婆さんは、オレたちがお寺様の領地から逃げてきたことに気付いていた。


 向こうでも逃げ出す者が後を絶たず噂になっていた。気付いて当然なんだろう。


 この日は家族で抱きあい、泣きながら一日過ごした。


 どこに連れていかれても、あの地獄のような場所よりはいいはずだ。


 なんとしても家族を守らねば……。




side:久遠一馬


「どうだ? 気持ちいいか?」


「ヒヒーン!」


 この日は特に暑い。戦国時代は小氷河期とか言って、あまり暑くない日が多いけどね。だが、当然暑い日もある。


 馬も暑そうな気がしたので、那古野の屋敷で馬たちを洗って汗を流してやってる。馬の気持ちは分からないが上機嫌に見えるね。


 那古野の屋敷には日頃オレたちが乗る馬が何頭か居る。


 みんなポニーみたいな大きさの馬だ。でも、近隣の移動に使うなら十分なんだよね。どのみち護衛のみんなは徒歩なんで、馬で駆けるというよりは乗ってゆっくりと進むだけだし。なんか気分はふれあい動物園のお子様乗馬だけど。


「殿。そのようなことをなされては……」


「いいから。いいから。休憩してていいよ」


 馬の世話をする家臣や郎党が困惑してるけど、いつものことだ。きっと変人だと思われてるんだろうなぁ。


 でもまあオレたちのやることが武士から外れてるのは今更だし。動物はこうしてスキンシップすることも必要だと思う。




「今日のお昼は?」


「ピザですよ」


 外は暑いけど未来みたいな蒸し暑さはなく、特に屋敷の中は意外に涼しい。


 吹き抜ける風に涼を感じつつお昼になるが、今日のお昼ご飯はピザだった。


 この季節はトマトがあるからね。煮込み用のトマトも牧場で試験的に少し育てている。


「今日はパンか」


 当然、お昼時になるとやってくる信長さんは、川で水練をしていたのだろう。髪がまだ濡れてるね。


 ああ信長さんはパンを何度か食べている。ウチにはかまど風の薪オーブンがあるし、パンはエルたちが時々焼くからね。


 どうやら信長さんはピザの見た目から、新しいパンだと考えたらしい。


「熱いうちにどうぞ」


「うむ。これは……初めての味だな!」


 今日のピザはなんちゃってマルゲリータか。バジルは実は那古野の屋敷の一角にハーブを植えてるから育っている。モッツァレラチーズは牧場の牛の乳からリリーが試作したらしい。


 ピザ一つ作るのも大変なんだよなぁ。未来なら電話一本で食べられるのに。


 エルが切り分けたピザを慣れた様子で頬張る織田信長。うん。地味に歴史を変えたね。いつものことだけど。


 あれ? モッツァレラチーズってこの時代にあったのかな。これあんまり保存できないチーズだよね。


 うーん。まあいいか。未来でピザの元祖争いをする日本とイタリアの姿がありそうな気もするが気にしない。気にしない。


 トマトソースとチーズとバジルのコンビネーションは最高だね。生地も小麦の味を感じて美味いし。


 そうだ。瓶詰でも作るか。ガラスがあるし。トマトソースならそれなりに保存できないかな? 後でエルに相談するか。


 瓶詰ができたら食生活がだいぶ豊かになるはず。


「かず。午後は獣狩りにいくか?」


「そうですね。鹿か猪が欲しいですね」


 肉食が増えたせいか栄養状態がいいせいか、信長さん身長伸びたな。年齢的にも史実より身長伸びたりして。


 まさかね。


 午後は肉確保のための獣狩りだ。田畑を荒らすし獣狩りは領民にも喜ばれるから一石二鳥だ。


 豚の飼育でもそろそろ始めようかな。豚は雑食だから餌の確保が楽だしね。


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