第169話・津島天王祭・その二

side:斎藤道三


「殿。お考え直しを! あまりに危のうございます!」


「たわけ。信秀がワシを害する理由などないわ」


 相変わらず人の心が読めぬ者たちよの。今の信秀はワシに危害を加えるはずなどないものを。


 皮肉なことだが、尾張を統一した奴は美濃との和睦に本腰を入れ始めた。急拡大した領地を纏める時が欲しいのであろう。時は織田の味方だ。


 さすがに大垣は返せぬようだが、商いの優遇などワシにも悪くない条件を提示しておる。問題は元守護殿の扱いであろう。


 困った御仁だからな。


 美濃を取り戻したくば己の実力で取り戻せばよいものを。織田ならば御しやすいと安易に頼り、結果いいように御輿にされておることを今度は不満だという。


 美濃の国人衆には、ワシより元守護殿に好意的な者もおるのだ。上手くやれば美濃を取り戻せるはずなのだがな。


 さすがの信秀もあれは手に余るらしい。早く厄介払いしたいのが本音かの。


「ワシは自らの目で見ねばならぬのだ。織田と噂の南蛮渡りをな」


 大垣に拘れば斎藤家は滅ぶ。今川が織田と潰し合えば好機は訪れるやもしれぬが、今川とて愚かではない。今の織田と本気でぶつかることはあるまいて。


 一向衆と伊勢商人ですら引いたのだからな。織田の力の源泉である南蛮船での交易が安泰な以上は、たとえ戦で一つ二つ城を落としたところで何の意味もない。


「何ゆえご自身で見ることに拘りまするか?」


「あまりに異質なのだ。信秀も久遠とやらもな。尾張を統一した奴らが何を見ておるか。この目で見定めねばならぬ」


 家臣たちは何も理解しておらぬ。織田がいかに恐ろしいかを。困ったものだ。


 だが尾張に行くのはこの機会でなくてはならぬ。信秀以外の者も津島天王祭を血で染めるような愚か者はおるまいて。




「なんと賑やかな……」


 美濃から川を下りてきたが、津島の賑わいに同行した者たちが呆けておるわ。


 人々は活気があり笑みがこぼれておる。皆が願うだろう。己の領地でもこう有りたいと。


 しかし、こうして来てみると、噂以上に力の差があることを痛感させられるな。


「これが織田の力の源じゃ」


「なんと大きな船だ」


「南蛮船とは、なんと黒いのであろうか」


 まず見たかったのは南蛮船だ。


 津島の湊の沖合いには停泊する二隻の南蛮船があった。大きな南蛮船と一回り小さな南蛮船じゃな。尤も小さな南蛮船も日ノ本の船と比べれば十分に大きい。


 しかも、南蛮船の船体は何故か黒く威圧感がある。それぞれに当たり前のように織田家の旗が掲げられ、その力を見せ付けておるようだわ。


 帆も帆柱も随分複雑だな。あのような船で遥か南蛮まで行くのか。


「口惜しいの」


「殿……」


 何故信秀なのだ?


 武家ならばいくらでもあるし。大きな港もあちこちにあるではないか。


 何故、織田に臣従したのだ?


 勝てぬ。いや戦に勝っても、戦った時点で負けてしまう。


 稲葉山に籠れば負けはせぬかもしれぬ。されど銭の力で戦をされたらワシでは勝てぬ。信秀がワシの戦に付き合う必要性など、どこにも無いのだからな。


「問題は、織田の中での久遠の立場か」


 付け入る隙があるとすれば、織田から久遠の離間が可能か否かだな。


 これだけ目立てば家中に敵もおろう。信秀とて内心では警戒しておるだろうしな。そこをうまく突けばあるいは……。


「殿。どうやら南蛮渡りが自身で物を売っておる様子。見に行かれますか?」


「うむ。行こう」


 何事にも欠点はあるものだ。織田の欠点を見定めねば。


 まさか噂の南蛮渡りが自ら物を売るとは。重臣に取り立てられたと聞いたはずだが。


 ちょうどよい。見極めてやるわ。


 尾張一国の器か。それとも……。




side:久遠一馬


 斎藤家の一行は素直にウチの屋台の列に並んだね。周りには織田家の者も多く、何者だと少し警戒する者も居る。


 ここで無礼者と騒ぐお馬鹿さんだと楽なんだけど。そう上手くいかないか。


 今日は清洲や那古野の警備兵も半分ほど連れてきていて、周囲の警備をさせてる。津島の統治は津島衆の領分だが、信秀さんや信長さんにオレたちの護衛の意味もあるので問題はない。


 熱田祭りの時に理解したが、祭りということもあってか、酒が入るとちょっとした喧嘩でも刀を抜く馬鹿が一定数はいるんだ。


 警備兵が抑止になればいいんだけど。


「いらっしゃいませ。何にしましょう」


「ふむ。見たことがない物ばかりじゃな」


「明や南蛮の料理を真似た料理や菓子ですよ」


 そのまま行列は進み、道三一行がオレたちの前に来た。


 信長さんは知らんふりしてたこ焼きを焼いてる。道三は気付くかな?


「砂糖菓子がこの値か?」


「お祭りですからね。この値ならば尾張の領民なら食べられますので」


 目付きは鋭いね。道三はまるでこちらを見透かすように見つめてくる。おっさんに見つめられる趣味はないんだけど。


 最初に食いついたのは金平糖の値段だ。


 最近の尾張は賦役をやってるから、それに参加してれば農民でも家族で食べられるだろう。先日の戦でも褒美を足軽にも出したしね。


 さすがに奮発しなくてはならないだろうが。


 貨幣経済を領内に浸透させることと、ウチは大分儲けているから、儲けを還元する社会貢献の意味もある。


 領民の話に顔色が変わったのは道三と数名だけか。意外に鈍いな。


 ただ飢えぬだけでは駄目なのだ。真面目に働いていれば、年に数回はちょっとした贅沢ができるくらいに先ずはしたい。


 織田家が次のステージを目指してること。道三は気付いたかな?


「……さすがは仏と噂の弾正忠殿だな。ワシには到底真似できぬ」


「殿!」


「構わぬ。すでに気付かれておる。そうであろう。久遠殿」


 うーん。この段階でオレに揺さぶりをかけてくるのか。


 大人しく旅の隠居とでも名乗ればいいのに。まあ道三なら悪代官の方が似合いそうな悪人顔だけど。


「さて、どなた様でしょうか?」


「ほう。そうくるか」


「知らねばただのお客様です。せっかくですので何か召し上がってみては? 他では味わえぬ物もありますよ」


 悪いけど道三の相手は信秀さん政秀さんとかにお任せだ。オレには道三相手に化かし合いができるほどのスキルなんてない。


 ついでにオレは別に道三を化かす必要もないんだけどね。こちらは正攻法で動くのみ。


  歴史の偉人相手に、相手の土俵で戦う気なんてないよ。


「美味いの。これが南蛮の味か?」


「いえ、それは明の料理を再現した物ですよ」


 斎藤利政道三。焼きそばを食べる。


 ……目の前の光景を見ると真面目なんだけど、史実と比較するとギャグになるような感じだ。


 お付きの家臣たちも、それぞれに料理や菓子を食べては驚いてる。食文化の豊かさは世の中に必要だからね。


 人はパンのみにて生きるにあらず。時にはお菓子も食べたくなるのが人間だ。


 自分たちの国を守りたいと尾張の人たちに思ってもらうには、みんなに生きる楽しさを感じてもらわないと駄目なんだよね。


 恐怖や力や来世への希望ではなく、今を生きる。


 オレたちの策をあの斎藤道三はどう感じてどう判断するか。


 楽しみだ。



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