第168話・津島天王祭
side:久遠一馬
津島の町も津島神社も今日は一段と賑わっている。
旧暦の六月十四日、室町時代から元の世界でも続いていた歴史と伝統があるお祭り。津島天王祭の日なんだ。
この時代のお祭りは元の世界とは違う。神仏の存在が信じられていることもあって真面目なお祭りだ。
熱田祭りに負けないようにと津島の人達は張り切っていて、ウチは今回も屋台を出すことにした。
メニューは前回と同じラーメン・蕎麦・うどんの汁物に、焼きそば・お好み焼き・たこ焼きの鉄板焼がある。
他には金平糖とキャラメルと羊羮とカステラも用意したし、今回初のメニューとしてたい焼きも用意した。
飲み物は甘酒と麦茶、それとひやしあめを作ってみた。実はひやしあめはオレも初めてなんだけどね。ウチで作ってる水飴に生姜の絞り汁を入れて水で薄めた物。
関西では有名な飲み物らしいが、オレは知らなかったよ。
「はーい、並んでね。お武家様もお坊様も農家さんも、みんな一緒だよ!」
信秀さんが家中に津島天王祭の招待状を出したらしく、尾張中から武士や商人に僧侶までも来てるみたい。
熱田祭りでは最初はなかなかお客さんが寄り付かなかったが、今回は武士や僧侶などが結構並んでいる。ただ、この時代に身分に関わらず並ぶなんて習慣はないので、戸惑ってる人も結構居るけど。
他の人がやれば無礼なとかなるんだろうが、パメラたちが呼び込みや行列の案内をしてると反発まではされない。
困った時は南蛮流と思わせるのが一番だね。いちいち身分に合わせて対応するの大変だしさ。
それと今回も信長さんが普通にたこ焼き焼いてるからね。誰も文句を付けられないんだろう。地味にたこ焼きを焼くのも上手くなってるし。勝三郎さん? 彼は戦力外通告を受けて別の仕事だよ。
今や尾張の大名の嫡男なのだが、相変わらずやることは武家の慣例から外れている。ただ、もうウツケと呼ばれることはないけどね。
史実でもお祭りで女装したりしたって言うし、やってることはあまり変わってないのかもしれない。
「考えたな。鯛の形をした菓子か」
「ええ。これなら縁起もいいですし、お祭りにはピッタリかと」
たい焼きの売れ行きは好調だ。縁起を担ぐこの時代だけに鯛の形をした菓子だというだけで選ぶ人もいる。
「鯛の型をしたこれも鉄か。これなら尾張の職人でも作れるのではないか?」
「そうですね。平鍋を作ってる者に試作させてみましょうか」
信長さんはたい焼きの良さもそうだが、たい焼きの型に興味を抱いていた。実は最近になって、尾張で鉄のフライパンを作るようになった職人が居るんだ。
元々はオレたちが持ち込んだフライパンが最初なんだけどね。ウチの料理にはフライパンは欠かせないから。
信長さんや信秀さんは気に入った料理を自分のとこの料理人に習わせて作らせるんだけど、調味料ばかりかフライパンなんかの調理器具からそろえる必要があったんだ。
その結果、元々鍋を作っていた職人にフライパンを作らせている。
フライパンは平鍋と呼ばれていて、噂を聞き付けた武家なんかに少しずつ売れてるみたい。
たい焼きも甘い餡の物は当分普及は難しいだろうが、中身を自由にしたら流行るかもしれないね。
「ふむ。凄い賑わいじゃの」
「これは守護様。何か召し上がられますか?」
「よい。皆の者も楽にせよ。ワシも皆に倣うとしようかの。たまには皆と同じことをするのも一興じゃ」
賑わう屋台に意外な人が姿を見せた。
尾張の守護である
そこに元家臣の太田さんがすぐに対応してくれて、さすがに優先的に案内しようとしたが。なんと行列の後ろに自分から並んじゃったよ。
本人は特に含むところもなく祭りと珍しい行列に並ぶのを楽しんでるみたいだけど、前に並ぶ人たちは少し困った表情をしている。
そりゃー、後ろに守護様が並んでいるんじゃ落ち着かないよねぇ。
斯波義統さん。最近だと鷹狩りや津島神社や熱田神社にお参りしたりと、結構お出かけしていると聞いている。
この前なんか工業村を見学した後に公衆浴場で汗を流して、中の小料理屋でご飯を食べて帰ったとか。
さすがに銭の鋳造とか機密部分は見せなかったらしいが、高炉や反射炉を見て驚いていたみたいだ。
自由だよね。権力を放棄した代わりに自由を手に入れて悠々自適な日々を送っている。
実権はなくとも守護であることに変わりはない。余計なことをしなければ、どこへ行っても丁重に扱われるからね。
「ほう。これは凄いの」
「いずれなりとも、お好きな物をお選びください」
ちなみに義統さんたちは清洲城に住んでいるから、食事は普段から良いものを食べてるはずだ。
でも、さすがにお好み焼きとか焼きそばは食べたことがないみたい。後は、たい焼きやカステラにひやしあめを買っていった。
「領民と共に汗を流して祭りを盛り上げる。これからの武家はこうあるべきなのであろうな」
最後にオレと信長さんを見て、独り言のようにそう呟いて離れていった。相変わらず油断できない人みたいだね。
ただ、同時に惜しい人だとも思う。このまま傀儡で終わらせるにはあまりに惜しい。
将来的に長生きして織田の天下を認めてくれるなら、織田政権内で働いてほしいくらいだ。秀吉や三成より朝廷対策は上手いんじゃないか?
尾張は無理でも一国の大名くらいならやれる能力はありそうだ。ただ、息子はそこまでの才がないみたいなんだよね。史実だと。
義統さんが居なくなりホッとしたのも束の間。また知らん人が屋台の近くに来た。
誰だ? かなりの身分の武士だろう。本人は質素な服装だが、周りの御付きの武士がただの下級武士の服装じゃない。お忍びのつもりなら馬鹿だけど、それともワザとか?
「斎藤山城守様です」
「真か?」
「はっ。確かに」
信長さんを見るが信長さんも知らないらしく首を横に振っていた。正体を知っていたのは忍び衆の家臣だ。
まさか道三がお忍びで津島天王祭に来たのか? 護衛が五十人も居ないぞ。大胆というか何と言うか。
暗殺なんかをする人にしては胆が据わってるな。和睦の話は進んでるが表向きは敵国だぞ。
「蝮め。直に見に来たか。親父に知らせろ」
「はっ」
斎藤山城守。この時点ではまだ出家してないので、道三ではなく名は
とはいえこの人も今一つ歴史でははっきりしない。
一代で油売りから成り上がったという説もあれば、二代で成り上がったという説もある。ただ、この人の周りではよく人が亡くなるのは確かだ。
暗殺をしたとの説もある。もはや、確認を取ることはできないけどね。
ただし、史実では若き信長さんの才を見抜き、信長さんとの同盟は一度も裏切ることが無かったのは有名だ。
「鬼が出るか蛇が出るか。蝮だから蛇かな?」
「たわけ。誰が上手いことを言えと言った」
「この祭りを利用して敵国のど真ん中に僅かな供で来る。それが恐ろしいなと」
暗殺などという手段を今の信秀さんが取らないことを理解して居るんだろうな。
皮肉なことだけど人が評判や体裁を気にすることをよく理解してるのかもしれない。
無論優秀なのは確かだろう。ただし、周りが付いていけないほどの優秀さは無能と紙一重なのかもしれないな。
まさか、史実の正徳寺の会見のように考えているのかな。
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