第159話・桑名の状況

side:桑名商人・矢田勘十郎


「駄目だな。旧知の商人も厳しいとしか言わぬ」


「いかがする? 願証寺は織田に蟹江の港建設の人足を派遣する気だぞ」


 服部友貞の打ち首が終わり願証寺と織田は完全に和睦した。謝罪の矢銭すら不要だと語った織田の評判は伊勢でも上がっておる。


 大湊もすでに交易が再開されておって、未だに和睦できておらぬのは我ら桑名のみ。


 織田も久遠も桑名を恐れておる。そんな噂が桑名に流れておるが、半分は会合衆の強がりで半分は事実であろう。


 尾張にも旧知の商人はおるが、織田家、久遠家への根回しを頼んでも首を縦に振る者はおらなかった。


 理由は明らかだ。我ら桑名が反織田だと見られておるのだろう。それに蟹江に大きな港ができれば嫌でも対立する。


 それならばと今から放置して兵糧攻めにする気であろう。


「銭では動かぬかもしれぬな。いっそ織田に臣従するか?」


「桑名を捨てるのか!?」


「会合衆の本音は反織田、いや反久遠だからな」


 商人と武家は本質から考え方まで違う。商人は商いを第一として土地に執着はしない。ならば桑名を捨てるのも選択肢の一つにあるはずだ。


 ワシは会合衆でもなければ地位があるわけでもない。一介の商人なのだからな。別に桑名がどうなろうとどうでもよいわ。


 会合衆の連中は自分たちの既得権が大きいから桑名に執着するが、ワシが付き合う義理はない。


 桑名が本当に困れば願証寺が仲介するかもしれぬが、しばらくは無理であろう。ワシはそこまで待てぬ。


「だがいかがする気だ?」


「津島か熱田。出来れば蟹江に店を出して、そちらに拠点を移せばよいはずだ」


 ワシも心から武家に臣従などしたいわけではない。されど会合衆に従い織田と敵対するよりはいい。


「桑名は終わりか?」


「北伊勢や畿内への港の一つとしては存在できよう。だが尾張に物を押さえられるのは変わらぬ」


 津島など川で内陸に物を運ぶだけの湊だったはずだ。それが今では伊勢湾の物は津島が中心になる。


 蟹江に港ができれば今より更に桑名の立場は下がる。いかがするかだと?


 新しき商いの中心になる港に行くしかあるまい。我らは武家でも水軍でもないのだ。武力などなくあるのは物と銭だけ。


 織田には武力も物も銭もあるのだ。勝てるわけがない。たわけ者どもが銭で武家を、自分たちの都合がいいように動かそうなどとするからこうなるのだ。


「よし。ワシも行こう」


「まずは織田に接触せねばなるまい。門前払いになるかもしれんが、話を通さねばならんからな」


 事は慎重に運ばねばならぬ。


 会合衆は織田への矢銭を、我らのような先の一件に関わりない者からまで集めようとしておるからな。出ていくと知られると邪魔をされるやもしれぬ。


 全くそれほど銭が必要ならば、服部友貞を支援した者から財産を根こそぎ取り上げればよいものを。桑名の商人ならば従えと乱暴なことをするならば武家と変わらぬではないか。


 結局商人も武家も上の者の都合で決めるだけなのだ。


 ならばワシはやつらに付き合う義理はない。


 勝手に桑名と心中すればいい。




side:久遠一馬


 海水浴の翌日。あまり外に出ない女性陣なんかは日焼けでヒリヒリして病院に集まっていた。


 信長さんとか男衆は鍛練とかでよく外に出てるから元々日焼けしてるし、慣れてるみたいだけど。女性陣はそこまで日焼けしてなかったからね。


「さあさあ、聞いてくれ! 先の戦の話だ。仏の名を騙る不届きな服部友貞は……」


 ちょっと近くに来たので寄ってみたら、待合室で紙芝居をしていた。


 今日の内容は浦島太郎だったらしい。


 忍び衆が織田領内にて紙芝居をして歩くんだけど、最近は少し進化してニュースも話すことにしている。


 最近のニュースは分国法と目安箱の説明と、服部友貞との戦の話だ。意外にみんな聞いてくれるし、紙芝居は大人から子供まで楽しみにしてるらしい。


 服部友貞のニュースは戦の様子や活躍した武将の話に、服部友貞を仏の名を騙る悪い坊主だと言い、世の中には坊主の名を騙る悪い人もいるから気を付けるようにという内容でもある。


 間違っても一向衆をディスってはいないよ。本当ダヨ。服部友貞が破門され、最終的には願証寺で首を刎ねられたこともちゃんと伝えて願証寺の顔も立てているからね。


 ただ尾張の人は服部友貞が一向宗の坊主で、織田と長年に渡り敵対していたことはだいたいみんな知っている。


 一向衆にはそんな悪い人が居たんだと、分かるような話し方はしてるけど、嘘は言ってない。




「では、これを計算してくださ~い」


 続けて学校に来てみたら、インド系の容姿をしたアンドロイドであるアーシャが算数の授業をしていた。


 セミロングの黒髪にエキゾチックな雰囲気をした美人タイプの容姿になる。年齢は二十才に設定した少しお姉さんタイプと言えばいいのかな。


 アンドロイドのタイプは技能型。


 本来は技術開発部所属で、原子力工学とか核融合関連が専門のはず。仕事がないんだろうなぁ。


 例によって交替制で尾張に来ていて、先日は暇だったのか昼間からインド風の衣装を着てダンス踊ってたら、信長さんたちに見られて驚かれてたからね。


 生徒の年齢や身分は割と幅広い。元服前の子供から二十代まで三十人ほど。半分が武士で半分は郎党か?


 知らない人も十人ほど居るから、学校を始めた意味はあるらしい。


 まあ最近は検地とかで信秀さんが文官を優遇してるからね。この日の授業は文官の基礎勉強だし。


 あと人気なのは礼儀作法と戦の講義らしい。


 学校は一応女性も受けられるようにしてる。ただ女性は今のところウチの家臣しか来てないみたい。


 それなりの身分なら読み書きとかできるんだけどね。身分が下がれば読み書きすらできない人も多い。


 身分があれば学校に来るまでもないし、読み書きもできない人は学校に行こうとは思わないんだろうね。


 女性の地位なんて、未来と比べ物にならないくらい低いからなぁ。それでも織田は他と比べると女性の身分を認めてる方だ。


 エルたちの活躍を信秀さんや信長さんが認めてるからね。


 とはいえ女性全体の地位は上がってはいない。もう少し何とかしたいね。


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