第158話・夏だ!海だ!

side:久遠一馬 


 夏だ。海だ。ということで海に来てみました。


 メンバーは手の空いているウチの家臣一同と家族に、信長さんとお供の皆さんや護衛も来たんで大名行列みたいな人数になっちゃったよ。


 目的は海水浴と言いたいとこだけど、海水浴なんて文化はないから泳ぐ練習である水練すいれんと、潮湯治しおとうじという海に入ることで体調をよくする治療という名目で来ている。


 もちろん、実情は海水浴だよ。


 女性陣で泳がないとか人前で肌を晒さないとか、気にする人は見物してればいい。


 実のところ上流階級は知らんがこの時代の貞操観念は元の世界と全く違うし、巫女や尼ですら売春していて恥じることはない時代なんだ。


 そもそもこの時代は胸に羞恥心がない。エルいわく、キリスト教文化が広まるまでは胸に対する羞恥心がなかったとか。


 胸に対する関心が薄いことは、他ならぬエルが一番喜んでるかもしれない。ゲーム時代は乳神様と二つ名が付いたりして胸ばっかり注目されるの嫌がってたからね。


「お前たちも入るのか?」


「もちろん泳ぐわよ」


 一応女性陣には水着は用意した。ビキニタイプとワンピースタイプの水着だ。あと水着の上から着る浴衣タイプの薄い着物も用意した。


 男性は時代的にふんどしだけど、女性は下着そのものが存在しない。ただエルたちは下着を着てる時もあるからね。久遠家の侍女さんたちは知ってるはず。


 細かく説明しないから南蛮の服だと考えてそうだけど。


 水着も下着と同じに見えるんだろうな。一応透けないように色つきだけど。


 ジュリアが真っ先にビキニ姿になり海に行くと、信長さんを筆頭にみんなビックリしてる。多分ビキニにビックリしてるんだと思うが。


 隠すことに驚いたのか、見知らぬ水着に驚いたのかわからないけど。


「よし。水練を始めるぞ!」


 まあ、それはいいんだ。オレたちのやることは普通じゃないとみんな知ってるから流してくれるし。


 ただ海水浴の説明が大変だから水練と言ったせいで、信長さんは若い衆を連れて本当に水練に行っちゃった。


 素直に遊びに来たと言うべきだったか。


「今日は貝殻集めなくていいから。子供たちは遊ばせて」


「よろしいのでございますか?」


「うん」


 しかも子供たちと海に入らない女性陣なんかは以前のバーベキューの際に集めたように、チョーク用の貝を集め始めちゃうし。みんな真面目過ぎる。


 仕方ないので素直に遊ぶように言うと、子供たちは海に入ったり砂浜で遊び出した。


 不思議と子供たちが遊ぶ姿は未来と大差ないね。波打ち際で水を掛け合ったり砂で山を作ったり。




「違うよ。こうするんだ」


「ほう。初めて見る泳ぎ方だな。南蛮流か?」


「いや、これは久遠家の秘伝だよ」


 あの、ジュリアさん。クロールとか平泳ぎを久遠家の秘伝にしないでほしい。


 いつの間にか信長さんたちに教え始めてるし。信長さん新しい物好きだからね。


 波のない場所で単純に泳ぐならクロールが一番速いし、海なんかだと平泳ぎが最適だし無駄にはならないか。


 もしかして日本の古流泳法の一つに、クロールとか平泳ぎが久遠流で残るのか?


 まあ、いいか。泳ぎ方の一つや二つ歴史に残っても大した影響はないだろう。


 他には忍び衆が年配者に習い基本的な水練をしているし、女性陣も若い人やエルたちの侍女さんたちは何人か海に入ってるね。


 忍び衆は船と海が不慣れだって、この前の戦の後に望月さんが反省してたからだろうか。南蛮船を持つウチに仕えてるのに海に不慣れでは恥だと、船に乗る訓練と水練をやるって気合い入ってたからね。


 女性陣では千代女さんとかの若い女性たちが、ワンピースタイプの水着でケティに泳ぎ方を習ってる。凄いチャレンジャーだ。


 でも訓練に見えるのは何故だろう。


 久遠家では女性も船に乗るから、水練が必要だとか考えてそうで怖い。別にそこまで真剣でなくてもいいんだが。


「殿。もしかして遊びに来たかったので?」


「うん。そうなんだよね」


「それならそうと、おっしゃっていただければ……」


「いや、遊びに行くって言うより水練と潮湯治の方が名目としてはいいかなと」


「それはそうでございますが……」


 オレの困ったような表情に気付いた資清さんは、どうやら海水浴の本来の目的に気付いたらしい。


 凄いね。オレの性格と考えてることを読むなんて。


「殿はあまり遊びに行かれませぬからな。素直に遊びに行くとおっしゃってもよろしいかと」


「あっ、そうなんだ」


 資清さんの提案で午後は自由時間にすることにした。


 水練するもゆっくりするも自由ということにすれば、みんな好きに過ごすだろうって。


 ちなみにオレは何故か戦国時代だと、遊びに行かない真面目な男にされている。


 遊女屋とかお酒飲みに行かないからなぁ。それに外に女性を作らないのも真面目だと思われてる原因らしい。


 信長さんに誘われたら鷹狩りは行くけど。それくらいかね?


 遊女屋とか一度くらい行ってみたい気もするけどエルたちの反応が怖いしね。それに外に酒を飲みに行くのは変だよね。売ってるのウチの酒を薄めたのがほとんどで、当然ウチの方が美味しいし。そもそも酒自体そんなに飲まないからな。


「本領の島では海で遊ばれるので?」


「まあね。大きくない島だから、海ぐらいしか遊ぶところがなかったんだよ。泳いだり潜って魚や貝を採ったりはするかな」


 波の音と海から吹いてくる風が心地いい。


 ロボとブランカが砂浜を子供たちと駆けていて、最近子供たちの遊び道具になってるブーメランを追い掛けている。


 砂浜に敷いた茣蓙ござに座り海を眺めていると、資清さんが島の話を聞いてきた。


 甲賀出身の資清さんには未知の世界なのかもしれない。




 オレはその後も砂浜でのんびりしてるとお昼になる。


 お昼は焼きそばと浜焼きだ。エルと尾張に滞在していたアンドロイドや海に入らなかった年配者たちが作ってくれた。


うりか?」


「いえ、西瓜スイカという南蛮の食べ物です。まあ、瓜の仲間ですが」


 そして海と言えばスイカだ。牧場で収穫した初物を信秀さんに幾つか献上して、残りはみんなで食べようと持ってきた。


 史実のスイカの日本伝来ははっきりしてない。今より古い時代に大陸から伝わったとも言われるが、正確な記録があるのは南蛮人が戦国時代に伝えたというもの。


 とりあえず尾張とか近隣にはなかった。


「おお!」


「また中身が赤いな」


 食後に海水で冷やしたスイカを切ると、真っ赤な果肉に驚きの声があがる。ただ嫌悪する声は聞かれない。


 ウチのみんなは唐辛子とかトマトをすでに食べてるからね。慣れてるんだろう。


「甘いな」


「本当ですね。瓜より甘い。こりゃいいや」


 最近だと南蛮渡来というだけで、ブランドというか貴重な物だという価値観が尾張にはあるんだよね。ゲテモノ扱いする人や縁起が悪いとか南蛮を馬鹿にする人も居るけど。


 とはいえ夏に海でスイカを食べるのはやっぱりいいね。


 本当はスイカ割りもしたかったけど、あれリアルにやるとグチャグチャになったりして無駄になるからなぁ。


 後は花火があれば完璧だ。花火もないんだよね。この時代。


 ……ん? 無いならやっちゃえばいいか? 花火。


 今更細かいこと気にしても仕方ないし。




――――――――――――――――――

 天文17年夏。


 信長と一馬が家臣を連れて海に来たことが、信長公記に記されている。


 船乗りである久遠家では男女共に海で水練をするのが習わしだったようで、尾張で召し抱えた家臣たちを連れて海で水練を行っていたようである。


 加えて古より海に入るのは潮湯治という温泉のような治療法だったこともあり、夏には家臣や一族で海に入ることが度々あったようだ。


 なお現代では当たり前に教えている久遠式泳法も、この時に伝えられたようである。


 海ではスイカを食べたとの記載もあるし水練以外にも子供たちが砂浜で遊んだようで、実はただ海水浴に来ただけなのではと一部では言われていたりもする。


 実際日本の海水浴の元祖はこの時だとも言われていて、織田家から庶民に至るまで海に泳ぎに来る習慣につながったと思われる。


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