第131話・竹千代君、お母さんと会う
side:久遠一馬
清洲の混乱も一応は終息した。
信秀さんに名指しされた者たちは、大半の者が一族や家臣から隠居させられて、一族や息子が跡を継いで家の存続を選んだ。
俸禄からの出直しになるが、
牢人とは、主家から離れたり領地を失った者たちのこと。元の世界でいう失業者と似たようなものらしい。
後はとにかく旧清洲方の領地を整理して、弾正忠家は一年前とは桁違いの直轄地を得るだろう。織田家は戦国大名としての転換期なんだろうね。
「美味いな」
「熱田の祭りで振る舞う予定なんですよ」
お馬鹿さんたちのことはどうでもいい。幸か不幸かオレたちは領地整理まではできないからね。
この日は熱田祭りに参加する際に、屋台を出して振る舞う料理の試食をしていた。屋台といえば焼きそばだ!
「ラーメンの麺か?」
「ええ。独自のタレで炒めたんです」
歴史? そう堅いことは言わないの。元々は中華の
味の決め手はウスターソースだろう。面倒だから久遠家秘伝のタレってことにしてる。
懐かしいなぁ。このソースの絡む麺を
モチモチとした中華麺にシャキシャキの野菜。肉も猪肉を使ったけど全然違和感ない。
熱田の祭りに出す前に信長さんと政秀さんに試食を頼んだら、何故か信秀さんも来たけど。言ってくれれば作りに行くのに。
「ワシはこれもいいな」
「それはお好み焼きですね。肉や野菜を小麦の粉を水に溶いた物で一緒に焼いたものです」
それともう一つ、お好み焼きも作った。信秀さんはお好み焼きが特に好みらしい。
両方共に材料費は小麦が安いからか、思ったほど高くない。
ただし、キャベツがまだ日本にはないんだよね。牧場で試験的に作らせてるけど収穫が間に合わない。もやしは牧場でも作ってるから焼きそばに入れた。この機会に普及させないと。もちろん紅ショウガ、青のり、鰹節、マヨネーズなんかも今後の課題だ。
「お前たちの料理は粉の料理が多いな」
「小麦と蕎麦は食べ方次第で美味しくできますよ。米より安いですし。大麦は酒や水飴になり、大豆は味噌や醤油ができます。来年からは、米を作るのに不向きな場所で麦・蕎麦・大豆は積極的に作らせるべきでしょう」
評判は上々だ。この時代の農民は雑炊しか食べないから、いろんな料理も広めたい。粉引きの水車が足りないからそこは考えなきゃ駄目だけど。
乾麺はこの時代でも確かある。日本だと素麺があるしヨーロッパだとパスタがあるはずだ。
単純に農作物を売るよりは農村で加工した物を売れば、利益になるんだよね。まあ衛生の問題とか技術の問題とかいろいろあるけど。
乾麺とかは保存ができるし、作れればいいんだが。
ただまあ極論を言えば何もかもが足りない。農村には米や食料を安全に保存する蔵なんてないし、水車だって普及してないところが多い。
食料事情を考えるなら、先に食料備蓄用の蔵をたくさん作らなきゃ駄目だろう。蔵も本来なら村単位で任せたいとこだけど、そこまで管理してやれないだろうなぁ。
衛生指導も去年からしてるけど、成果はまあまあといったところ。気にしない人は気にしないからね。
未来だって確固たる理論を教えて、子供の頃から口を酸っぱくするほど言ってもやらない人が居るくらいだから。
飢饉に備えて食料を備蓄しておくように言っても、ちゃんとした運用はできないだろうね。下手すると商人や寺社にいいように利用される可能性もある。
史実よりはマシだけど、国を良くするって本当に難しいね。
side:於大の方
那古野は噂以上に賑やかな場所です。
少し前までは田舎だったようですが、今や尾張でも有数の賑やかさになっているようです。
私が見た限りでもあちこちで普請が行われていて、通りには店や屋台もあります。
ここが織田のうつけ殿と呼ばれたお方の城下だとは。
「よう来た」
「この度は格別の御配慮を頂き恐悦至極に存じます」
那古野城で私を待っていたのは三郎様でした。若く着物を着崩したその姿に、かつてうつけ殿と呼ばれた理由を悟りました。
されど今の三郎様をうつけ殿と呼ぶ者は居ないと聞きます。
流行り病の時は自ら病人の世話をして、久遠様を臣下として召し抱えたお方。
仏の殿の嫡男も慈悲深いお方だと評判です。
「堅苦しい挨拶は不要だ。竹千代。お前の母だ。今日から共に住むがいい」
「……ははうえ」
ああ、竹千代。一目見ただけで分かります。
まさか、また会えるとは……。
「屋敷は竹千代の屋敷でよかろう。禄も出す。そなたも竹千代も人質ではない。自らの領地と思い暮らすがいい」
「はい。本当に本当に、ありがとうございます」
はらはらと涙が溢れるのを抑えられませんでした。
近くに居ながらも会えなかった我が子に、まさか会えるとは。
三郎様は多くを語らぬまま、私と竹千代の二人を残して去ってしまいました。
「竹千代。さあ、母に顔を見せておくれ」
「ははうえ……」
三年ぶりに会った我が子は立派な
「ははうえーー!!」
しばし呆然としていた竹千代は、緊張の糸が切れたように涙ながらに駆け寄ると私の胸に飛び込んできました。
辛かったのでしょう。
怖かったのでしょう。
武家の定めとして仕方ないと理解するには、あまりに若く幼い。
まるで赤子の時のように泣きじゃくる我が子を、またこの手で抱き締めてやれるとは。
「大丈夫ですよ。これからは母が一緒です」
兄の話では岡崎の松平家は敵同士のままですが、織田は安泰だということ。
竹千代が岡崎に戻される可能性はまずないようです。
私はいずれは竹千代と共に、織田家中のどなたかに嫁ぐのでしょう。
旦那様と共に生きることが叶わぬのは残念でありますが、竹千代は私が立派に育ててみせます。
必ず。それが離縁されたとはいえ、旦那様にできる最後の御奉公ですから。
――――――――――――――――――
信長公記には、竹千代と於大の方が対面したことが記されている。
若き信長の慈悲に親子は涙し、人々はさすがは仏のご子息だと褒め称えたという。
この頃には信長がうつけと呼ばれることはなかったようで、家中での地位を確かなものにしていたようである。
この話はすぐに三河にまで広まったと伝わり、三河における織田と今川の争いに少なからず影響を及ぼすことになる。
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