第130話・歴史に消える者達

side:???


「おい! 本当にやる気か!?」


「当たり前だ! 先祖代々の領地を何ゆえ成り上がり者の奴らに奪われねばならぬのだ!!」


 おのれ信秀め! 成り上がり者の分際で!!


 許さぬ。許さぬぞ!


「だがいかがするのだ? 百や二百の兵を集めたところで清洲は落とせぬぞ。守護代様は我らと関わりとうないと、会ってもくれぬ」


「分かっておるわ!!」


 勝てるとは思わぬ。だが一矢報いねば我慢ならん!


 考えろ! 何か手はないか。考えるんだ!!




side:久遠一馬


 結局、お馬鹿さんたちの借金は信秀さんが払うらしい。さすがに現時点では比叡山は敵に回せずといったところか。


 それはいいんだけどさ。お馬鹿さんたちはこのまま大人しくしていることはできないらしい。


「それで連中の狙いは?」


「されば、弾正忠家の直轄領の村を襲い、そのまま三河の今川方に行く気のようでございます」


 有能な滝川忍軍改め忍び衆が連中の動向を調べてきた。命令はしてないんだけどね。借金の問題が発覚して信秀さんが連中を呼び出した時から、一騒動あると考えて動いていたらしい。


「今回はウチじゃないんだ」


「屋敷の兵は、城に次いで多くおりますからな。牧場村も工業村も小勢で襲える場所ではありませぬ」


 やっぱり逃げる先は今川なんだ。史実の坂井大膳もそうだったけど、敵対勢力に逃げるしかないのかもね。


 さすがに警備を厳重にしてるウチの屋敷は襲わないか。


「八郎殿は悪いけど若様に報告して兵を出してもらって。オレは殿の方に行く。警備兵の初陣といこうじゃないか」


「それはよきお考えにございますな」


 飛んで火に入るなんとやらってか。


 まだ訓練が始まったばかりの警備兵だけど、少人数の謀反人を討つくらいならば大丈夫だろう。小さなことからコツコツと。実戦と実績を積ませないと。




「本当にこの村が狙われるの?」


「周囲の直轄領で一番裕福ですから。可能性は高いです。それに周囲にも兵を配置しましたので、どこが襲われても問題はありません」


 信秀さんから警備兵の出撃許可をもらい、オレ達は清洲と那古野の警備兵七百名を、連中が襲いそうな村に分散して配置した。


 逃走ルートと配置の選定はエルに任せて、各村には指揮官たる武士と警備兵を配置している。


 敵は領地を召し上げられた者たちの一族郎党を合わせても、六十人ほどだ。ハッキリ言って少ない。中には戦えぬ女子供も居るらしいから、実際に襲撃に参加する人数はもっと少ないだろう。


 そもそも領地召し上げられた者たちの中でも、こんなことやろうとしてるのは少数だ。家臣に止められた者や親戚縁者に止められた者も多い。


 謀反なんてしたら連座で処分されかねないからね。




「皆殺しだ! あの成り上がり者に我らの意地を見せてやるのだ!」


「おー!!」


 オレたちは村の入り口近くの家で待機だ。村人は比較的安全な場所に一纏めにして隠れてもらっている。


 連中が姿を現したのは、日が暮れた後だった。


「馬鹿じゃないの。村の入り口で大声あげて」


「士気を高めたいのでしょう」


「抵抗する人は討ち取っていいから」


「はっ!」


 エルの予測通りにオレたちの張り込む村に来たお馬鹿さんたちを捕まえるべく、警備兵の指揮官に指示を出す。


 すでに火縄銃も構えていて、いつ襲われても問題はない。


 成り上がり者って、信秀さんのことか? 意地と言われてもやってることはただの野盗だよね。


 細かい指揮まで執るつもりはない。警備兵のみんなは日頃から訓練をしているんだ。オレたちが来たのは、オレ自身の実戦経験が少ないことを埋めるためだ。


 この先の戦で無様な姿を晒さないための訓練でもある。


「撃て!」


 指揮官の武士の掛け声と共に警備兵の火縄銃が火を噴き、謀反人たちの先頭に居た者たちのうち数名が倒れた。


 その瞬間、辺りに立ち込める火薬が燃えた後の硝煙の匂いに、花火を思い出したのはオレがまだ平和ボケしてる証なのかもしれないな。


「なっ!?」


「待ち伏せだと!!」


「おのれ! 信秀め! 卑怯な!」


 村に攻め込んできたのは、四十人も居ないな。


 ところで卑怯って、お前たちには言われたくない。


 敵は混乱してる。胴丸を着込み槍で武装した警備兵たちは隠れていた場所から飛び出すと、訓練通りに連携して謀反人を討ち取っていく。


 味方の警備兵は八十名。人数は倍以上だし、火縄銃の銃撃で三分の一は負傷しただろうか。


 命中率以前に訓練が足りないな。今後の参考にせねば。


「そこ! 前に出るな! 抜け駆けは懲罰だよ!」


「ジュリア。あまり口出ししない方が……」


 ここには、警備兵の他にエルとジュリアとオレたちの護衛も居る。最悪の場合は、オレたちも参加することを考えていたけど要らないみたいだ。


 ただジュリアがいつの間にか、指揮官を差し置いて指揮してるのが何とも。


 みんな素直に従ってるからいいけどさ。指揮系統の乱れは駄目だろう。というかすでに上下関係ができてるのか?


「追跡はかならず複数で行え! 周囲の村の兵にも連絡しな! 一人も逃すんじゃないよ!」


 謀反人たちが逃げ出すのは早かった。というか火縄銃の時点で逃げ腰だったからね。


 あの……。ジュリアさん。完全に指揮官になってますが? 指揮官の武士の人。ごめんね。面子丸つぶれだよね。後でお詫びにお酒を贈るから。


 君は悪くない。




「負傷者五名。死者なし。初陣にしては上出来かな」


 結局朝になる前に全員を討ち取るか捕まえることができた。味方の損害は軽微で警備兵が一定の役に立つことが証明できただろう。


「土田御前様の助命嘆願は意外だったね」


「殿と示し合わせたのでしょう。謀反は根切りと言いましたから。断固たる力と慈悲を見せるバランスを取ったのかと」


 男たちはほとんど討ち取られた。少数の捕まった者も処刑されたが、女性と元服前の男子は土田御前の助命嘆願により出家して寺社に入ることを条件に命を救われた。


 信秀さんの怒りは相当なものでオレを含めた家臣たちはまさかの助命に驚いたが、もしかしてヤラセだったの?


 旧主の信友さん? 彼は相変わらず我関せずと一切動かない。徹底してるね。


「今回の出来事もほとんど歴史に残らないんだろうな」


「それなりに大きな戦にならないと、そんなものですよ。謀反とも言えないですから」


 歴史に残る戦いと残らない戦いがある。


 今回のような小さな事件は残らないんだろうなと思うと、ちょっと複雑な心境になる。


 残っても、領地召し上げに反発した者が、討ち取られたの一言で終わりだろう。




――――――――――――――――――

 断絶した大和守家の旧臣について、織田統一記を含めた当時の資料に記載はほとんどない。


 ただ一部の私的な手紙などから、大和守家の旧臣と弾正忠家が上手くいってなかったことを示唆しさする記録が残るのみである。


 上四郡を平定した信秀が上四郡と清洲領の領地整理を行ったことは資料にあり、その際に一部の者が反発したとあるが、詳細は残っておらず不明である。


 後世の歴史家は、信秀による尾張掌握の過程で少なくない者が没落したのではと推測している。


 それが信秀の謀略だと語る者も居れば、新時代に対応できなかっただけだと語る者もいる。


 真実は歴史の闇に埋もれてしまい、宇宙要塞のデータベースに密かに眠るのみである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る