第129話・お馬鹿さん達の末路

side:久遠一馬


 この日。清洲城の謁見の間は梅雨の湿度も相まって、重苦しい空気が支配している。


 信秀さんと信長さんに評定衆が集まる中、呼ばれたのは旧大和守家の家臣たちの一部だ。あの手この手で弾正忠家の中で出世しようとした者たちになる。


「その方たちには愛想が尽きた。領地は召し上げる。以後は俸禄でいいならば家中に残ることを認めよう。嫌ならば領内から去れ」


 重苦しいのは弾正忠家の重臣の中には、彼らからの賄賂を受け取っていた者も少なくないからだろう。


 ただ信秀さんはそこを追及する気はない。そもそも賄賂までは否定はしてないんだ。要は調達方法の問題だ。


 領民から絞り取るような真似をしなければ、そこまで目くじらを立てる気はないみたい。


「お待ちを! 何ゆえ我らの土地を奪うのですか!」


「そうです! 我らは殿のために働く所存!」


「要らぬ。ワシはその方たちなど要らぬのだ。領民が困窮するほど税を取り立てたかと思えば、銭を借りるために領民や土地を担保とするようなたわけ者は要らぬ」


 うわぁ。要らないって素直に言っちゃった。重臣も旧大和守家の人たちも絶句してるよ。


 返す言葉ないよね。面と向かって要らないって言われると。


「どちらも不服ならば、帰って戦の支度でもするがいい。ただし一族郎党を根切りにするがな」


 意見や申し開きを聞く気はないんだね。これぞ戦国大名か。


 実は信秀さんをキレさせたのは、彼らが金貸しからお金を借りたことだ。しかも、担保として領民や年貢に土地まで入れていたことが露見したからだ。


 連中は信秀さんの息のかかった尾張の商人ではなく比叡山系の寺社から銭を借りたらしく、ウチが雇ってる忍びがそれを調べて来たんで、信秀さんにも報告した。


 当然激怒するよね。今の信秀さんなら。


 この時代、宗教はヤミ金も真っ青な高金利と取り立てをする金貸しだからね。特に比叡山と日吉大社は有名だ。


 まあ金を借りるなとは言わないが、それが出世のために尾張を売り渡すのと同じなんだから怒るわな。


「貴様らの顔など見たくもないわ。下がれ!」


 有無を言わさぬ気らしい。俸禄は本当に最後の情けなんだろう。というか要らないって言われて残る人が居るのかな?


 歴史に影響しそうな人も居ないから、どうでもいいけど。


「大和守家の旧臣の領地整理を行う。恨むならワシに従わず勝手なことばかりした連中を恨めと言うておけ」


 お馬鹿さんたちは逃げるように謁見の間から去った。


 ちょっと。大和守家の旧臣の領地整理なんて聞いてないんですけど? まあ長い目で見れば得だけどさ。文官と重臣の皆さんがやっと上四郡の整理に目処を付けたのに。


 領地整理やり直しだね。頑張れ!


「殿。借財をしては駄目だということでしょうか?」


「問題は借財の目的だ。物を贈るのも銭を借りるのも構わん。だが物を贈るのに銭を借りるのは禁じる。それと領地や領民を質にするのも禁じる」


 重臣ばかりか一族衆も戸惑ってる。最近ご機嫌だった信秀さんが久々にキレたからね。


 戦国時代の感覚では、そこまで怒ることでないのかもしれない。


 信秀さんはオレたちの考え方から学んでるからね。中途半端な武家より領民の支持を得ることで、弾正忠家の中央集権を進めようとしてる。


 史実では土地と武家の切り離しに苦労したが、信秀さんは武家を無視してでも領民と直接向き合うことで、土地に執着する武家を無力化したいんだろう。


 元の発想はエルなんだが、信秀さんがやると本当ひと味もふた味も違うね。




「殿も大胆だよね」


「合理的な判断だと思います。これを機会に旧大和守家の領地の大部分を弾正忠家の直轄地に組み込めば、尾張は更に安定します」


 結局大和守家の旧臣は、史実同様に大半が歴史の闇に消えるんだろう。オレは信秀さんに命じられて、分国法に武家の借金に関する法を加えるべくエルと相談してる。


 領地や領民を担保にした借金の禁止や、借金の申告制も案として加えておく。


「いっそ銀行でも作れないか? 織田家による官製銀行」


「いいかも知れませんね。領内における寺社の影響力の排除にもなります。しかし、今やるとさすがに尾張領内の寺社が騒ぎます。ただでさえ商業と流通の主導権を奪いつつありますから」


 あとは前々から考えていたが、金貸しの仕組みも少し変えた方がいいと思うんだよね。借金する人が馬鹿みたいな高利で返せるわけないじゃん。


「商業といい流通といい金融といい、国の根幹の部分を支配してるのは宗教なんだよね。やっぱり」


「神や仏の名を出せば、人は怖れて信じてしまいますからね。それに知識層の大半が宗教関係者なのもあります。ただ一方的に宗教が悪いとも言い切れません。中央での朝廷や公家と武家による政争の歴史の結果でもありますから」


「中央政府がしっかりすれば、まともな路線に戻るかな?」


「それはどうでしょう。彼らも地位や既得権は簡単には捨てぬでしょう。一律ではなく中央と地方など、ケースに応じて対応を分けるべきだと思いますが」


 宗教はなぁ。史実だと織田、豊臣、徳川と長い歴史で数多の血を流して、大人しくさせた歴史があるからな。


 一向宗にしても弾圧したり禁教令を出した大名は結構多い。


 今のところ織田家は宗教と表立って対立はしてないが、問題は地味にウチが宗教の既得権を侵食してるんだよね。


 尾張の場合は津島神社や熱田神社など神道系が多いから、そこいらに配慮すれば大丈夫っぽいけど。


「とりあえず経済の円滑な発展のためには、馬鹿みたいな高利貸しは邪魔なんだよね」


「現時点で銀行は難しいと思います。今やると蟹江の港の構想にも影響が出ます。あれは物流と商業を織田家が掌握することに繋がりますので」


 他所は他所。ウチはウチ。そんなわけで、真っ当な金融機関は必要なんだけど。モラルのない時代だけに簡単じゃない。


 織田家の武力とウチの財力があれば、領内なら信用もあるし上手くいくと思ったんだけどな。


「そもそも借りる側も問題があります。踏み倒しは少なくありませんし。それと残念ながら現在の織田家では、銀行業務を円滑に行う人材も足りません」


「銀行は無理か」


「織田家中の統制の一環として弾正忠家で家臣に貸すならば、寺社も黙認せざるを得ないでしょう。あとは比叡山とぶつかるまでは避けるべきです。武家のいい加減な統治を改善する方を優先すべきですから」


 なかなかアイデアだけあっても上手くいかないなぁ。蟹江の港街を優先させるべきか。




「殿。よろしいでしょうか?」


「いいよ」


 その他にも大和守家の旧臣の処分に関する対策を話していると、資清さんと出雲守さんが揃ってやってきた。何か問題でもあったかな?


「忍び衆のことでございます。一時雇いの者を含め、出雲守殿に任せたいと考えております。某より出雲守殿の方が、忍びを使い慣れておりますれば」


「うーん。いいんじゃないかな。ただし扱いはウチのやり方に従ってほしい」


「それは心得ております」


「なら問題ないよ。銭は惜しまないでやって。信頼は一度失うと取り戻すのに苦労するからね」


 用件は忍びのことか。滝川忍軍も望月家が加わって一気に増えたからなぁ。呼び方も忍び衆に変えるのか。


 それと一時雇いの忍びもそれなりに居る。仕官までは望まなくても仕事が欲しい人たちも来るんだよね。


 彼らには今のところあまり重要ではない、畿内や関東なんかの調査を頼んでるらしい。資清さん忙しいからね。出雲守さんに仕事を分担するのは必要だろう。


「それと鳩のことでございますが……」


「ああ、伝書鳩のことか。リリーが訓練始めたはずだけど」


「あの仕組みは決して他家には漏らせませぬ。当面は慎重に使うべきかと愚考します」


「そうだね。二人に任せる」


 話はそれだけじゃなかったか。実は少し前から牧場を任せてるリリーが、鳩を飼育して伝書鳩にしようと訓練してる。


 表向きは鶏と同じ家畜として。鳩は中華料理だと食用にもなるからね。


 運用を資清さんに任せるつもりで教えたんだけど、この時代には無い情報伝達方法に戸惑っていたからなぁ。



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