第128話・山の村と家の再興
side:久遠一馬
懸案だった山の村の場所がやっと決まった。
別に米が採れなくてもいいんだけど、集落は斜面や山間の谷に作りたくはない。飛騨の土豪には地震に伴う土砂崩れで一瞬にして滅んだなんて話もあるしね。
「ここで何をなさるので?」
「いろいろですよ。まずは炭を生産します。あとは桑の木を植えて養蚕もね」
「養蚕ですか。あれはあまり物になりませんが」
「明や南蛮の技術を試すんです。多分、大丈夫ですよ」
案内役は今回も山内パパだ。よほど信安さんの信頼が厚いのか、オレたちが危険な存在だと思われてるのか知らないけどね。
炭に関しては元の世界では当たり前の炭焼き窯による効率的な生産技術は、まだ一般的に広まってはいない。ごく一部ではそれなりの技術があるらしいけど。
蚕はあるみたいだけど質が良くない。生糸すらできないで
数少ない生糸も質では明の物に劣る。まあ最近ではウチが宇宙で生産した生糸が、東日本を中心にかなり入ってるけど。
金色酒のように物珍しさはないけど、競合相手が明から輸入してる堺とか畿内の商人だから十分利益になる。生糸から反物にする工程も政秀さんが畿内から集めた職人の指導で、ようやく販売できるレベルと量になりそう。
生糸自体はさほど重くないから、船で運ぶコストが高いわけじゃないんだけどね。国内での生産に切り替えないと日本の銀や銅が流出しちゃう。
まあその点に関しては、九州や西国に硝石を売る際に生糸も売る予定だ。博多の商人を敵に回しそうだけど、遠いし大丈夫みたい。それに取引自体は久遠家の名前ではなく、見知らぬ南蛮人のふりをして行えば問題ない。
「本当にいい場所を探していただきました。馬が一頭なら通れる道がありますし、それでいて周囲に集落はありませんし、機密を守るには最適でしょう」
「そう言っていただけると探した甲斐がありました。この辺りは戦に巻き込まれたことも有りませぬ故、人も来ぬでしょう」
気になるのは村に通じる道が、獣道としか思えないとこなんだけど。エルはいい場所だと喜んでる。なかなか来られないのが難点だけど、まあ仕方ないよね。
森林資源の管理と効率的な炭の生産は、早めに成果を出して広めないと人口増加に対応できなくなる。
「湧水があるんですね」
「それもここを選んだ理由になりまする。井戸を掘ると聞きましたが、水はあった方が良いかと」
山の村予定地には平地も少しあるが、田んぼにするには水が足りないだろう。ただし湧水もあるので、畑くらいなら作れそうだ。
米は要らないけど芋でも作れれば、食料事情も安定するだろう。どのみち生産した物を村の外に売ることが必要だから、完全な自給自足にする必要はない。
うーん。山内パパ。いい仕事してるね!
「それじゃあ、村作りを始めるか」
「そうですね。職人を手配します」
村の住人は、前に岩倉領から逃げてきた人たちが使えそうなんだよね。村と周囲の山を弾正忠家の直轄地にすることも合意している。
元々は近隣の村を治める領主が自領としていたらしいが、山奥だったこともあり放置していたとのこと。その領主も先日の岩倉の内乱で反乱に加担した人だったようで、岩倉が取り上げたみたい。
一連の交渉を上四郡の整理で一緒にやったらしく、岩倉には多少の礼金を払って終わりらしい。上手くいけば上四郡の山間部の領地の生活が楽になるからね。意固地になる必要はないと判断したんだろう。
そうそう。本当は甲賀の忍びに任せて、忍びの里にする計画もあったんだけど立ち消えになった。
イメージとして忍びは山奥に里を作るってのがあるし、資清さんも機密を守るにはいいと言ったんだけどね。
この先の忍びの重要性と役割を考えると、閉鎖的な山の村に忍びを置くのは理に適わないとエルが判断した。
忍びの人たちには久遠家の近くに居てもらい、既存の忍びとは別格の諜報と特殊作戦が可能なスペシャリストになってもらいたいんだ。
正直なところ那古野の滝川一族とか見ても、山の生活に戻りたそうな様子はないしね。
side:水口盛里
三河より戻ると妻も、唯一の従者である六助の妻も元気であった。周りの者たちが随分助けてくれておったようで、ありがたい限りだ。
報告は紙に書いて提出するように言われておる。たかが素破に紙を使わせるのかと疑問に感じたが、働きを正確に報告して正当に評価するには必要だとのこと。
六助と共に調べてきたことを紙に書き留めていく。
「他の者は武家の動向を調べるらしいが、我らはつまらぬ噂と商いの話ばかりか。果たしてどうなるのやら」
調べてきたのは、三河の武家の動向ではない。
三河における織田家や久遠家に松平家や今川家の噂話と、三河の商いの状況だ。今川領ということで駿河の商人が幅を利かせておるが、三河の商人にはあまり評判が良くないなど商人の事情はかなり調べることができた。
近頃になり松平宗家側が織田領から入る商人の取り締まりを緩うした情報も、久遠家には役に立つであろう。
結論から言えば三河の商人や松平宗家は、駿河ではなく尾張の商人との取り引きを望んでおる。金色酒などがいい例で安祥の勢力圏の数倍の値段で三河に出回っておるのだからな。
三河の銭や米が駿河にいいように取られておる状況に気付いた者が、三河にも当然おるらしい。
尤も今川が織田と戦う気があり三河を統一するならば、それでも我慢したのだろう。だが三河では今川は織田と戦う気がないというのがもっぱらの評判だ。
今川は腰抜けではと噂になりつつある。
織田が尾張を纏めたことも三河には早くも伝わっておった。次は岡崎だと評判なのだからな。松平宗家も本気にならぬ今川に義理立てしてまで、家を滅ぼすつもりはないと考え始めたのかもしれぬ。
「お呼びでございましょうか」
報告を八郎様に上げて数日。某は久遠家に呼ばれた。次の任務かと思うたが、案内された場所には子犬と戯れる若い武士がおった。
八郎様が控えておるところを見ると、このお方が久遠様か?
「この報告は貴方の報告で間違いないですか?」
「はっ!」
久遠様は某が部屋に入ると、先日提出した報告を持っておられた。
なんだ? 何か問題があるのか? 褒美ならば八郎様から頂くはず。何故尾張に来たばかりの某が、久遠様に目通りが叶うのだ!?
まさか罰を受けるのか!? 背中を冷たいものが流れる。妻と六助夫婦にだけは累が及ばぬようにせねば。
「水口殿。ウチに仕えるために尾張に来たんですよね?」
「はっ!」
「では十貫で召し抱えます」
「……ははっ!!」
信じられぬ。まさか召し抱えていただけるとは。甲賀から来ておる者は少なくないはずだ。何故、某を? 皆を召し抱えておられるのか?
「水口殿は、随分と几帳面ですね。報告書に行商の記録まで書いてきた人は、珍しいですよ。三河の村々の状況から物の流れを通じた状況までよく分かる」
「その方はしばらく尾張を行商して歩け。久遠家に仕える以上は尾張を知らぬでは済まされぬからな」
「畏まりました!」
商いの記録か。商いの荷は全て八郎様に用意していただいた物。それ故に記録を残して、儲けはお返しすべきだと六助が言ったのだ。
まさか。それで仕官が叶うとは。
「ああ。前回の褒美があるんだ。帰る前に受け取って」
まるで狐か狸にでも化かされておる気分だ。
にわかには信じられぬまま、供をしてきた六助と褒美を受けとる。
「殿。ようございましたな!」
「ああ、お前のおかげだ」
褒美は銭と反物だった。絹と綿の反物が二つずつ。銭は一貫もある。
人目も憚らず涙を見せる六助に、某まで涙が込み上げてくる。まさかこんな日が来るとは……。
涙は見せられぬ。ここで終わりではないのだからな。
今後も久遠家のお役に立ち、水口の家を残さねばならぬのだからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます