第118話・梅雨と共に流れるモノと訪れるモノ
side:織田信安
「ええい。さっさと縄をほどけ! ワシを誰だと思っておるのだ! ワシは……」
岩倉城の庭に罪人として縄で縛られた、たわけ者が運ばれてきた。
顔も見たくなかったが、こやつのせいで戦となり亡くなった者も居る。処罰だけはせねばならぬ。
「久しいな」
「おお! 殿! 某の縄を解いてくだされ! 弾正忠家との戦では、必ずや敵を討ち取ってくれましょうぞ!!」
このたわけが。どうやら何も知らぬようだな。
言うに事欠いて、戦だと? 弾正忠家にあっさり捕まった分際で敵を打ち倒すだと? 義兄上に忘れ去られておった程度の分際で……戦だと!
「黙れ! この恥さらしが!」
「何故捕まった時に自害しなかった! しかも貴様は雑兵に捕まったらしいな!」
今日は先日謀反を起こした家の者たちも呼んだ。戦も終わり降伏した以上は、また家臣なのだ。家中にしこりは残したくはない。
自害した者たちも、元々は伊勢守家を支えておったのだ。負けた以上は責任を負うので家族と兵は許して欲しいと、自害した立派な者たちだ。
それに比べてこのたわけは、牢の中で毎日無駄飯を食らっておったと聞く。
許せんのだろう。自害した者の家を継いだ者は、殺してやると言わんばかりに睨みつけて怒鳴った。
自らの責任も負わず、おめおめと捕まり自害もせぬとは。
「皆のもの。すまなかった。ワシがこのようなたわけを、放置したばかりに。あの時、領民に逃げられた時に厳罰に処しておれば……」
殺してやりたいのはワシも同じ。だが、こんなたわけを放置しておったのはワシの責任だ。本当にすまぬ。
「殿……」
「殿! 何を弱気な! 戦で勝てばよいのです!」
「貴様は黙れ!!」
如何にも度し難き奴だ。三郎もうつけだうつけだと言われておったが、本当のうつけがこんなに身近におったとは。
皆が無念さを
「最後に教えてやろう。伊勢守家は弾正忠家に臣従した。戦はない。貴様の勝手な先走りのせいでな。……連れていけ」
このたわけは皆の前で処刑せねばならぬ。切腹も許さぬ。
「戦では勝てぬ。先の戦で皆も理解したであろう? 上四郡ですら領民は、義兄上を頼り縋らんとしておるのだ。しかも戦う前に、兵を動かさずに勝敗を決めた」
最早連れていかれる、たわけ者を誰も見ておらぬな。見たくもないのであろう。
皆も分かっておったのだ。結果は臣従しかないのだと。ただ一戦交えて誇りを見せたかっただけのこと。
「殿。この段階で臣従して良かったではありませぬか。殿は大殿の義理の弟。粗末には扱われておりませぬ。伊勢守家ここにありと、我らで必ず証してみせましょうぞ!」
「そうだ! 次は美濃か三河か! 必ずや手柄首を上げて度肝抜いてやるわ!」
工業村と言ったか。大量の鉄を作り売るほどあるという。あれは弾正忠家の秘密であろうに。それをワシらにあっさりと見せてくれた。
それに上四郡での山でも、日ノ本にない新たな取り組みをすると言うのだ。ワシらだけ冷遇するつもりはないのであろう。
割れた家中もなんとか纏まったか。名目上の領地は小さくなるが、実入りはあまり変わらぬ。ならば一からやり直すのも、またよかろう。
「皆のもの。清洲の義兄上に酒を頂いた。今日はこれで飲もうぞ。そして昨日までの遺恨を忘れるのだ」
「はっ」
清洲から戻った翌日。義兄上から、金色酒や砂糖に昆布や鮭などが送られてきた。戦勝祝いと臣従の苦労を労うとの書状と共にだ。
今や諸国が欲しがる金色酒ですら、大量に送ってくるとはな。義兄上も織田一族での戦は望んでおらぬということか。
皆もそれを理解してくれよう。金色に輝く酒で、すべてを流してしまえばよいのだ。
そうすべてな。
side:久遠一馬
今日も雨だ。毎日続く屋根瓦や地面に降る、雨の音にも慣れてきた。
この時代に来て思うのは、町も家も静かだということ。確かに人の賑わいはあるし、ウチの屋敷には多くの人がいる。
でもテレビやラジオの音も無ければ、町を歩けばどこでも聞こえるような音楽も聞こえない。
音楽があったのは花見の時くらいだ。日常から音楽が消えると、少し物足りなさがある。鹿威しとか水琴窟が権勢者の庭に作られたのが良く判る。オルゴールは早いかなぁ、駄目かなぁ……。
「それで
この日、予期せぬ人が訪ねてきた。
望月出雲守さんと娘さんみたいな十代の女性に、護衛かなんかの集団が二十人ほど。甲賀五十三家筆頭の当主みたい。
何しに来たんだ? 滝川家との縁組みは資清さんと話し合い、断ったんだが。
「是非、久遠様に我ら甲賀望月家を召し抱えて頂きたく、参上致しました」
……ん? 召し抱えて? 仕事が欲しいのか? それとも……
「仕事が欲しいなら、構いませんけど?」
「いえ、叶うならば仕官をお願い致したく」
「仕官って、甲賀に所領があるでしょう? それに信濃にも望月家の所領があると聞きましたが」
この人、いきなり何を言い出すんだ。望月家は六角家の甲賀衆の一員だろうに。資清さんもさすがにビックリしてる。城とは名ばかりの屋敷と小さな所領の滝川家とは、さすがに違うからね。
「甲賀の所領は某の弟に譲りまする。我らは尾張望月家として分家の上、お仕えしたくお願いに参上いたしました」
「信濃に行かないので? 甲斐の武田家に臣従した本家があると聞きましたが」
「甲斐の武田家は、如何になるか分かりませぬ。先日行われた信濃での戦では村上家に敗れておりますれば。禄はいくらでも構いませぬ」
「ウチに来ると滝川家の下になりますよ。申し訳ないけど誰が来ても、八郎殿の下にするのは変わりません。たとえ出雲守殿がどれほどの官位や力があってもです。それでもウチで仕官をしますか?」
いったい何を考えてるんだ? 確かに望月家ほどになれば、一族はそれなりに居るんだろうけどさ。六角家の命令か?
本当にさ。ウチだと高給で家老になれると思って来る、お馬鹿さんが尽きない。悪いけど資清さんの上に人を置く気はないんだ。
資清さんは適任な人が居るなら、自分は下に付くと言うけどね。オレもエルたちも資清さんを動かす気は全くない。
「それで結構でございまする。仕官が叶うならば一族を分けて、百名は連れてきましょう。無論人質も出しまする。某の娘の
「何故そこまでして? 六角家でいいではありませんか。 管領代様が居る限り、六角家は安泰でしょうに。あれほどのお方は、そうそう居ませんよ。それにもし織田と六角家が戦になったら、どうするんですか?」
「五年もあれば、織田様は六角様に並ぶと某は考えておりまする。それ故に。織田様と六角様が戦になれば、必ずやお役に立てると考えておりまする」
うーん。本気なのね。まさか滝川家との縁組みを断ったら、ウチに仕官しに来るとは。
「返答は少し待ってください。さすがに出雲守殿の出所や立場を考えれば、私の一存では決められません」
「はっ。心得ておりまする」
望月さん。多分三十代半ばを過ぎた頃か。見た目は切れ者というか、できる男の雰囲気。結構強そうだしね。
それと娘の千代女って、あの武田の渡り巫女を指揮した望月千代女か? 実在したんだ。てっきり創作だとばっかり思ったんだが。
エルたちと資清さん。それと信長さんと信秀さんにも報告して、対応を決めないと。確かに忍びは欲しいけどさ。
六角家の紐付きだと困るんだよね。六角家の現当主は
戦も強く内政も優れてる、全盛期の六角家を作った人だ。
幕府や畿内にも影響力があり、管領代なんて地位に就いてるし、今の織田家が一番敵に回しちゃ駄目な人なんだよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます