第68話・お汁粉と三河武士

side・久遠一馬


 熱田神社のあとは津島神社にもお参りして、津島の屋敷で一泊して那古野に帰ってきた。


 三が日を休んだ家臣のみんなが戻ってきたので、交代で三が日を休めなかった人たちに休みを与えた。


「八郎殿。家臣に定期的に休みを与えるのって、やったら駄目かな?」


「家臣に休みをでございますか? 盆と正月の休みを頂けたら喜びますが」


「いや、十日に一日くらいの割合で定期的に」


「それは聞いたことがありませんな」


 当然働きづめだった資清すけきよさんにも休みを与えたけど、この日は凧揚げとお汁粉パーティにしたからウチの那古野屋敷にいる。


 みんなで凧揚げをしつつ、甘いお汁粉で温まるパーティというか宴会かね?


 資清さんもゆっくりしていたから、ついでに定期的な休日を設けることができないか聞いてみた。


「定期的な休み? 何故そのようなことを考える?」


「立場が上の人は自由にできますけど、仕える人たちだって休みたい日もあるかなと」


 反応は今一つだ。資清さんの代わりにお汁粉の匂いを嗅ぎ付けたのか、ウチに来ている信長さんが話に食いついた。さっきまで子供たちと一緒に凧揚げをしてたんだけどね。


 この時代って生きるのに精一杯だからね。とはいえ余暇を楽しむという習慣も大切だと思うんだけど。


「ふむ。試しにやってみれば良かろう。人が足りておるならな」


「そこなんですよね、問題は。牧場の人も集めないと駄目ですし、家臣もまだまだ足りないですから」


 資清さんは反対もしないが賛成もしない。判断に悩むのかな。信長さんは賛成したけど、人が足りない現状だと休みを与えられないよなぁ。




「殿。三郎五郎様がお越しになりました」


「三郎五郎様って、若様の兄の?」


「はい」


 そろそろお汁粉ができる頃だなと待ってたら、予期せぬお客さんが。まさかお汁粉の匂いを嗅ぎ付けたのかな?


 三河対策の要となる方だ。粗末に扱うことはできない。


「兄上、なにか用か?」


「城に行ったら、ここだと聞いてな。昨年の流行り病の件の礼がまだだったからな」


 ラフな姿だったから着替えようとしたんだけど、信長さんが凧揚げをしてる庭に連れてくるように命じちゃったんで、すぐに来ちゃった。


 合理的というか形に囚われない、信長さんらしい判断だけどね。


 一緒にいるのは三河武士か? 驚いた顔してるのは、南蛮女性に見えるアンドロイドのみんなに驚いたのか? おそらく南蛮人を見るのが初めての人もいるのだろう。


「三河は大変か?」


「織田は余所者だからな。だが兵糧と久遠殿の奥方のおかげで本当に楽になった」


 兄弟仲は悪くもないが、特に親しいというほどでもないという感じか。


 家督の継承権から外されてはいるけど、三河を任されてる辺り有能なんだろうね。一説には母親の血筋がよくないとも言われていたはずだけど。


「それほど違うか」


「三河に居ると今川の力を肌で感じる。ワシは今まで力で対抗すべきだと考えておったが、それだけでは駄目なようだな」


 やっぱり有能な人だ。無駄な形式とか嫌う信長さんに合わせて、単刀直入に答えている。身分が違うはずだけど、信長さんが兄と呼んだことに合わせたんだろう。


「お汁粉ができました。三郎五郎様も皆様もどうぞ」


「うむ、兄上たちはいい時に来たな」


 話が一段落した頃になると、エルたちがお汁粉を運んでくる。お汁粉とはなんだと不思議そうな信広さんたちを見て、信長さんはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


「これは……甘い。なんと甘いのだ」


「餅を小豆と砂糖で煮たものですよ。たくさんありますから、よろしければお代わりをしてください」


 小豆はこの時代にもあるけど、砂糖で甘く味付けした小豆は本当に珍しい。というかウチ以外だと、尾張では見たことがない。


 信広さんとお供の三河武士たちは砂糖と聞いて唖然としている。


「砂糖など食うたことがない」


「ワシもだ」


 縁側や庭では家臣やその家族が嬉しそうに同じお汁粉を食べていて、そんな姿を眺めながら三河武士の皆さんは複雑そうな表情を見せていた。



「家臣やその郎党にも砂糖を振る舞えるのか」


「後で安祥城に送りましょう。家中の皆様で食べてください」


 信広さんたちの唖然とする顔に信長さんは楽しそうだけど、史実を見ても今の織田弾正忠家を見ても、信広さんは味方に付けておかねばならない。


 砂糖くらいで味方になるならいくらでも送るよ。


「親父を除けば、かずが尾張で一番裕福だからな」


「南蛮に行けば安い品も多いですよ。砂糖なんかは日ノ本より南蛮の方がはるかに安いですから」


 最近ウチが金持ちだと、すっかり有名になっちゃったんだよね。ちょっとした手土産にも、羊羮とか大福を持参するからだけど。


 最初にあちこち挨拶代わりに配ったからか、期待してる人が結構いるみたいなんだよね。


「兄上。このあと暇か?」


「あとは帰るだけだが」


「いいものを見せてやろう。清洲を一日で落とした武器だ」


 長年敵対している織田に仕方なく従った者も多いだろう。三河武士は心から喜んでいない気もする。


 そんな彼らの心情を悟ったのか、信長さんがとんでもないことを言い出した。


 いいものって大砲、信秀さん命名の金色砲のこと? あれ一応軍事機密なんだけど。まあ一度使ったし、いずれはバレることか。清洲攻めに参加した兵士はみんな見ているからね。




 信長さんはお汁粉を何度かお代わりして満足したら、信広さんたちを連れて那古野城に向かう。ちなみに信広さんと三河武士もお代わりしてたよ。甘いものは贅沢品だから人気だね。


「これは……」


 先日清洲で使った金色砲は那古野城に置いてある。これ宇宙で製造したものだから、同じ青銅製の鋳造砲でもこの時代の物とは比べ物にならない品質ではある。


 とはいえ所詮は青銅製なんだよね。耐久回数が多くはない。


 実は火薬式の大砲の砲身って壊れることが前提なんだよね。元の世界でも戦車や戦艦の主砲も使用回数が決まっているんだ。この大砲は状態的にまだ二十回くらいは余裕で使えそうだけど、一度使ったものをウチに置いておく必要もないからね。


 ウチには新しい物を取り寄せたし、使った大砲は那古野城に置いてあるんだ。


「金色砲と言います。一言で言えば鉄砲の大きな物です。玉薬でこの玉を撃ち出す武器です」


 相変わらず綺麗に磨いてるのか、五円玉みたいに綺麗なままだ。


 信広さんと三河武士は、その輝きと大きさに言葉を失うほど固まっている。


「今川はこれを?」


「持ってないと思いますよ。南蛮渡来の品ですし、値も鉄砲の比ではありませんから」


 間違いなく戦が変わると思ってるんだろうな。実際はそんなに単純じゃないんだろうけどさ。


 史実で大砲が日本に伝わったのは諸説あるが、大友宗麟がフランキ砲を宣教師から入手したのが最初だと言われている。


 しかし重く運用が難しい大砲が、実戦で活躍した例はあまり多くはない。有名なので大坂の陣での戦とかあるけど。


 とはいえ四方を海に囲まれた日本なんだから、船での輸送を考えると使えないと言えないほどでもない。特に海沿いの場合、籠城戦に備えてあえて海沿いに築城して、海からの補給を考えている城もある。それらの城は、艦砲射撃で破壊することができるだろう。


 ただ、問題は費用対効果もあるからね。並の大名だと鉄砲と足軽を揃えた方がいいかな。


 まあ籠城を何ヵ月もされるよりは、大砲で時間を節約した方が天下統一は早まるしウチは使うけどね。


 この金色砲の噂が広まって、三河が大人しくなればいいんだけどな。



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