第48話・流行り病のあれこれ・その二
side・久遠一馬
清洲からの病人の流入は続いてる。第一陣を受け入れたことで第二陣は老人と赤子だった。熱で苦しむ赤子を抱えた老人が来た時は、本気で清洲に隕石でも落としてやろうかと思ったよ。
赤子を捨てるのは珍しくない。そう冷静に受け止める信長さんたちに、オレは生まれた時代が違うのを改めて感じた。
老人と赤子はすぐに受け入れてやり、母乳の出る女性を領内から集めて高給で雇った。
「孤児院できる前に、赤子だけ集まっちゃったな」
「例の村のお年寄りと病が治ったお年寄りに、世話を頼みましょう。ちょうどいい仕事になります」
世話は林通具の元領民のお年寄りと、インフルエンザにかかり治ったお年寄りを中心にするしかないか。
こんな状況だけどウチは経済の拡大が続いてる。それに津島や熱田が集めた粗銅から、金銀の抽出と銅銭の製造も宇宙でしてて、出来上がった銅銭も届き出した。
利益の五割を信秀さんに納めてるから、織田家と我が家の資金は徐々に回復しつつある。美濃や三河にばら蒔いたり、米や雑穀買ったりして使ってるんだけどね。
「そういえば砦作るらしいけど、戦になるかな?」
「どうでしょう。清洲単独で勝てないのは、理解しているはずです。三河か美濃が動くのを待つしかないと思いますが」
「殿は清洲をどうするつもりなんだろうか」
「とりあえずは圧力をかけて締め上げるのかと。あとは相手の出方次第ですね。いつまで結束していられるか。最終的には潰すか臣従させるか、和睦も条件次第では無くはないですね」
信秀さんは回復しつつある銭を見たからか、さっそく清洲と弾正忠家の境界で、今関所を置いてる場所に砦を建てる決断をした。
高炉と牧場を建てた那古野を守るためだろうけど、もう完全に経済戦争を理解しつつある気がする。
ただ問題は清洲だろう。何か理想でもあって動いているならいいが、どう見ても目先のことしか考えてないようにしか見えない。
史実でも確か道三の大垣攻めに合わせて、古渡城を攻撃したはず。個人的にはさっさと潰して、尾張を固めてほしいのが本音だ。
「パメラとセレスは大丈夫かな」
「問題ないでしょう。今年も三河では小競り合いがあったようですが、見方を変えれば三河国内での消耗戦です。柴田様ならば偶発的な戦闘があっても、今川が出てこない限りは大丈夫です」
「今川かぁ。第二次小豆坂の戦いはあると思う?」
「史実通りの戦というならば、起こらないでしょう。あれは織田が岡崎城を攻めようとした戦のはず。ですが今の織田家の状況で、岡崎を取りに行くとは私には思えません。問題は松平ではなく今川なのです」
残念ながら誰も今の松平家を、脅威とは思ってないんだよね。松平広忠は必死に戦をして、三河西部を取り戻そうとしてるけど。今川は松平と織田を戦わせて、消耗させようとしてる可能性もあるしなぁ。
信秀さんは三河が欲しいんだろうか? それとも伊勢湾の交易と尾張を守りたいんだろうか。
清洲と美濃と三河。少し敵が多いね。加納口の戦いが無くなり、信秀さんの武力や影響力はほぼ全盛期のまま。ウチの交易の力を加えると史実より増してるはず。
この冬の戦を止めた理由は、オレたちの開発事業にお金が掛かるのと、戦をしなくても儲けられるからなんだよね。
ただ、いつかは戦をするにしてもやはり人が必要だ。尾張一の人口がある清洲は正直なところ欲しい。それに清洲から津島や熱田までを重点的に開発できれば、弾正忠家の力はかなり安定する。
「殿に清洲取りを進言するべきかね?」
「殿も理解してるでしょう。現状の勢力圏を維持する鍵は清洲です。むしろ病人の件は清洲に手を出す、好機と見てると思います」
やっぱりしばらくは今回のインフルエンザへの対応が、今後に与える影響を見守る必要があるか。
side・織田信広
「まさかこれほど、送ってこようとは……」
権六殿が到着して五日。早くも大量の兵糧が届いた。
父上の書状には必要なだけ送るとあったが、ワシですら驚くのだ。三河の国人衆が騒ぐのも無理はない。
「殿、これがあれば岡崎を攻められますぞ!」
「岡崎はまだ攻めるなと言われておる。みなも戦続きで領地が疲弊していよう。領地をしっかり治めよとのことだ。これで賦役をさせて領地を整え、領民を飢えさせるなとある」
三河者はすぐに戦をしたがる。その点では松平もこやつらも変わらぬな。三河を統一したいのは理解するが、今川をどうするのだ。
向こうは駿河と遠江の二か国を治める大国ぞ。
「まさか水野様が自ら兵糧を運ばれるとは……」
「ここ安祥城は我らにとっても重要な城なれば。それに弾正忠殿には今回の流行り病で格別の配慮を頂いた。久遠殿からもこの兵糧だけは必ず届けてほしいと頼まれましてな」
そして兵糧を運んできた者に、ワシも集まっていた三河者も更に驚いた。
知多半島をほぼ手中に治めた水野藤四郎様が、自ら兵を率い運んでくるとは。
父の同盟者である水野様は、立場的にはワシより上ぞ。兵糧の運搬などという使いっぱしりをする立場ではないのだが。
「誠にかたじけない」
「ここだけの話、次の兵糧もすでに用意してある。遠慮なくお使いくだされ」
「それはまた……」
「三郎五郎殿。ワシは直に弾正忠殿に臣従するかもしれん。その時はよしなにな」
「なっ! 知多半島をほぼ手中に治めた水野様がなぜ!?」
「今回の流行り病で理解した。弾正忠殿とワシでは同盟するには力の差が大きすぎる。三河西部が安定すれば、水野はこれ以上大きくはなれんしな。もし弾正忠殿が尾張を完全に統一する気ならば、臣従するのは今しかあるまい?」
父上の力はそれほど上がっておるのか? 確かに鉄砲や火薬が大量に届いたりと、少し前から変わったのは感じておるが。
父は三河守の官位もあるが、名目上は守護代の下の奉行でしかないのだぞ。
「しかし、何故それを某に話される」
「すぐに同じ家中になるのだ。殿になる御方の息子が苦労されてるかと思うてな。これは内密だが、本證寺には気を許さぬことだ。特に一向衆の国人には気を付けられよ。こちらの手の内から兵糧まで横流ししないとも限らん」
「本證寺か」
「それがそのまま松平や今川に流れたら困るからの。ただ、多少なら目を瞑ることですな。流行り病の対策が上手くゆけば、三郎五郎殿も分かると思うが。流行り病の対策の影響は大きい。場合によっては本證寺と争うことも、ないとは言い切れないと頭に入れておかれよ」
「ご忠告。しかと心に留めまする」
流行り病の対策か。まだ会ったことはないが、パメラ殿とセレス殿の夫。南蛮船を複数抱えて、ここ安祥まで噂が聞こえるが。
確かに流行り病の患者が回復している報告は来ておるし。三河の国人からも驚きと感謝の知らせが届いている。
あれの影響がそれほど大きいのか? 水野様が父上に臣従すれば尾張下四郡の統一は間近ではないか。
尾張はいったいどうなるのだ? ワシは矢作川西岸を固めるしかないか。
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