第49話・尾張統一への道
side・久遠一馬
「清洲からの流民は止まらぬか」
「最近は一家で来る人も居ます。こちらに来れば病を治してくれると噂になっているようで」
織田弾正忠家の領内でのインフルエンザは、一定の規模で押さえ続けることに成功している。最初は半信半疑だった人たちも、上手くいってる状況を無理に変えようとはしていない。
問題は清洲からの病人と三河だけど、清洲からの人の流れはとうとう、健康な人まで来ちゃってるんだよね。
誰もが親や子を捨てたいわけではない。那古野に行けば治療してご飯も食べられる。そんな噂が清洲に広がり始めていて、一家で助けてほしいと来る人が現れ出した。
一番多いのは大工とか職人の人だ。土地もなく身一つで仕事ができる強みだろう。あとは最初に追い出された患者の家族が来て、お礼に手伝いを申し出てくれる人なんかもいる。
「食べ物は足りておるのか?」
「はい。津島と熱田の皆さんが手を尽くして、集めてくれてますから」
「あれほど薬と食べ物を与えておきながら、費用は薬を他国に売ることで稼ぐとは畏れ入った」
「冬になれば病が増えるのはよくあること。医者ならば備えるのは当然のことです」
インフルエンザとはいえ流行り病に変わりはない。この時代の人は流行り風邪とも言うらしいけど。
薬に関しては大量に売ってるから目立つけど。元々寒くなると風邪が流行り、暑くなると食中毒が流行るのはこの時代も変わらない。医者は薬を用意するし、商人も高くなるのを見込んで仕入れてる。我が家だけが特別じゃないんだよね。
「あの、このようなこと聞いて良いのか分かりませんが、殿は清洲をいかがなさるおつもりで?」
この日は流行り病の対策の報告に古渡城に来たんだけど、今のうちに聞いておかなきゃならないのは清洲の扱いだ。
「その方はどう見る?」
「現状の織田弾正忠家の問題は人が足りぬことだと思います。銭と米は集められますが、人だけはなかなか。もし今川家と斎藤家が手を組めば、安祥城と大垣城は維持できないかと。正直に言えば尾張を名実共に統一していただいた方が、将来のためにはいいと思います」
「まだ内々の話だが、知多の水野が臣従したいと言うてきたわ」
「水野様がですか!?」
「水野は時勢を見るのに長けておる。それに知多の大半は米の育たぬ不毛の地。自らを高く売り込むには、今しかないと思うたようだな」
信秀さんの考えが聞きたくて尋ねたら、逆にオレの考えを聞かれたよ。やっぱり意思疎通が足りなかったのかもしれない。
それより知多半島の水野さんが、まさかこの段階で織田弾正忠家に臣従するの!? いろいろ戦略変えなきゃならないんだけど。
「ここだけの話。麦や大豆なら井戸を掘ればやれますよ。ウチには深い井戸を掘る技術もあります。本格的に開墾すればかなりやれると思います」
「清洲も水野もそなたも、ワシが尾張を統一すると思うておるのだな」
「それが領民のためであり、日ノ本のためです」
「日ノ本のためか。三郎も似たようなことを言うておったな」
機は熟しつつあるんだと思う。三河から美濃まで勢力を広げて安定し始めてる信秀さんが、尾張を統一するのは自然な流れだからね。
清洲の行動もそんな信秀さんへの警戒心の表れなんだろうし、水野さんの臣従も尾張統一を見越した結果なんだろう。
「水野様が臣従ですか。益々三河西部を手放せなくなりましたね」
「手放す方が良かったのか?」
「現状で今川家との消耗戦をするのは、あまり好ましくありません。場合によっては一時的に手放す選択肢を考えても良かったのですが。水野様は三河の一部も領有なされているはず。三河を手放せば尾張が再び揺れるでしょう」
信秀さんは清洲の扱いを明言しなかった。でも迷いながらも心は決まっているように見えたね。
那古野に戻り建築が進む煉瓦造りの高炉を見ながら、オレは信長さんと政秀さんにエルとジュリアと、水野さんの臣従の件を話して今後の対策を話すことにした。
三河は面倒な土地だ。戦闘民族のような人が多い気がするし、今川と松平宗家と織田が入り乱れてる状況だからね。しかも、一向宗の影響力が強い地域だ。
歴史として三河を見ると松平家の領国のように錯覚するが、松平家は三河の守護ではない。一色家や細川家に吉良家が入り乱れる三河に松平家が現れて一旦は三河を統一した。
ただ三河を統一した松平家は、俗にいう守山崩れで崩壊して今に至ると。
まだ会ったことないけど、史実の家康は頑張ったね。
幸運だと思うところも多々あったし、正直なところ史実の家康が有能かと言われると、個人的には少し疑問もあるけど。
「あそこは一向衆がなぁ」
「加賀を乗っ取った連中か」
「とにかく物量で、織田に従えば飢えないと領民の身体に教え込むのが一番の方策でしょう」
「しかしエル殿。それはまた費用が掛かりますな」
「一向衆を根切りするよりは、いいはずです」
まあ今は松平家より一向衆が問題だ。他の宗教勢力と全く違う未来の過激派テロリストのような連中だ。
一説には総本山の石山本願寺でも、統制できてないというほどの傍若無人な集団。過激派のお約束である内ゲバもあるような、史実の織田家最大の敵。
信長さんと政秀さんは、一向衆の根切りという過激な言葉を使ったエルに驚き固まっちゃった。まあ史実は一向衆を解体無力化しようとした信長さんと一向衆の全面戦争という面もあるから一概に現状とは違うけど。
「そんな危険なところに、パメラとセレスを行かせたのか」
「現状の織田家では、
実は信長さんはパメラとセレスを三河に行かせることを、あまりいい顔をしなかった。危険すぎるということで。
でも現状はチャンスでもあるんだよね。本当。
今川とも松平とも一向衆とも違う、織田の独自路線と力を見せるチャンスなんだ。
「織田家の現状も、なかなか厳しいですな」
「清洲や松平よりは楽ですよ」
ただ政秀さんは少し渋い表情をしてる。現状の織田家は入ってくるお金をフルに使う自転車操業状態で、端から見るほど余裕はないからね。
とはいっても流れ始めた物量の力を理解もしてるので、止めないんだろう。
実際清洲や松平はこちらの見立てでは、織田家より圧倒的に厳しいと見ている。三河は内紛で荒れているし、清洲は財政的には三河よりはいいけど流行り病の対応を誤って揺れているからね。
三河はぶっちゃけあんな脳筋な戦闘民族、織田家に必要なのか疑問があるけど。
今川義元の方が理性的で理解できるからなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます