第47話・流行り病のあれこれ

side・織田信秀


「追放されてきた病人を受け入れたか」


「はっ」


「構わん。この件は一馬に任せたのだ。好きにやらせろ」


 清洲め。くだらぬことを。田畑も耕せぬ老人を捨てるのは珍しくはない。尾張は他国よりは米が取れるが、それでも食えなければ働けぬ者から切るしかないのだ。


 だが他家にそれを押し付けるは、敵対してるというに等しいと気付かぬのか? ワシも舐められたものだな。


「丁度よい。清洲との関所を、砦とするか」


「よろしいのですか?」


「ワシがわざわざ教えたことを無視して、病人を押し付けたのだ。領民を守るためには仕方あるまい」


 状況が変わればやることは変わるのだ。今の那古野に手を出して黙っていると思ってるのか? 相変わらず時勢の読めぬ愚か者ばかりだな。清洲は。


 一応主家でもあるしな。その気になればいつでも討てると放置していたが、少し付け上がったか。


 力の差が開けばいずれ暴発するであろう。ならば今から力を削いでやるわ。


「そういえば三河安祥はどうなった?」


「本證寺が協力しておりませんので、少し病が広がっております。一馬殿の奥方の医者と権六殿が、兵八百を連れて支援と救護に行っておりますれば、いずれ落ち着くかと」


「やれやれ。実入りもないのに手間ばかりかかるな」


 問題はまだある。三河の安祥だ。城と周囲は治めてはいるが三河の者との関係が必ずしもいいとは言えぬ。


 特に今回は一向衆の本證寺が、ワシの協力要請を不要だと拒否したのだからな。守護使不入を認めた以上は、口を出すなということか? それとも南蛮人など信じぬということか? どちらでも構わぬが面倒な土地だ。


 まあいい。安祥と三河の者に織田の力を見せてくれようぞ。本證寺の扱いはまた今度だ。




side・柴田勝家


「さてパメラ殿。いかが致す」


「やることは一緒だよ。病気の人を集めて治療するの。あと食料が足りない村がないかも確認してね」


 安祥城は何とも言えぬ雰囲気であるな。


 殿の庶子である三郎五郎様を筆頭に織田に従う三河の国人衆の中に、久遠殿の奥方のパメラ殿とセレス殿が居るのだから。


 正直ワシにはよく分からぬ方たちだが、パメラ殿は医術の腕前が確かなのは明らか。ワシが率いてきた兵も二人の護衛だ。殿からはパメラ殿とセレス殿だけは、何があっても無事に連れ帰るように言われておるしな。


「殿、本證寺の寺領は手が出せませぬが?」


「放置で構わぬだろう。こちらからは二度は声を掛けなくてよいと、父上からも書状が来ておる。尾張の弾正忠家の領地では病で死んだ者は居ないと聞く。皆の者、協力して流行り風邪を止めようぞ」


 三河に来て久遠殿のやり方が、少なくとも間違ってはいないのは理解した。


 三郎五郎様の領民は、まだ賦役で配った米や雑穀で食うには困ってないらしいが。岡崎辺りは秋の前に来た野分のせいで食うものに困る中で、流行り病が蔓延して死者が多いとか。


 矢作川を境に可能な範囲で国境を封鎖はしておるらしいが、ここは三河で領民や国人衆は以前は同じ松平の者だったのだ。


 完全に封鎖はできておらぬだろうな。 




side・久遠一馬


「今川と北条は言い値で即決ですか」


「喜んでましたな。相場より高いと考えていたようで」


「儲かるまではいかないけど、尾張の薬代を今川と北条がかなり負担してくれましたね」


「伊勢や堺の商人も欲しがってますな」


「尾張で使う分以外は売りましょう」


 今日は津島で大橋さんと商売の打ち合わせだ。畿内から広がってるインフルエンザは、各地に広がり猛威を振るってる。


 織田家の名前で津島と熱田の商人が売ってる漢方薬は、本当に飛ぶように売れるね。


 原材料は明との密貿易の際に仕入れた物や、日本国内から買い集めた物に、宇宙で生産した物がある。それをガレオン船で運びウチが人を使い漢方薬にして、尾張や近隣から集まった商人に売る。


 伊勢や堺などの商いの盛んな地域の相場を見ながら、織田家の関係で信秀さんが決めた値で各地に売ってるけど、これがまた儲かるんだよね。


 インフルエンザの対処で大変なはずが、大橋さんもホクホク顔だ。


「しかし材料の値も上がってますな」


「冬の前に仕入れた物が、まだウチの島にあります。こういう物は安い時期に仕入れておくものですからね」


 あまり高く売ると恨みを買いそうだけど、ウチは加工してるし宇宙で生産できるから相場でも十分過ぎるほど儲かる。まして明との取引で絹や硝石は要らないから、薬の材料になる物とか買えるしね。


 インフルエンザのおかげで商圏がまた広がるかも。


「戦で儲ける者は居ますが、流行り病でこれほど儲けるとは。やはり自ら船を持つと違いますな」


「危険もあるんですけどね。船が沈めば大損です」


 この時代で馴染みある漢方薬なのも売れる理由だろう。表向き明の薬と称して売ってるからね。


 裏の帳簿はもちろん儲かってるけど、表の帳簿もかなり儲かってる。この分だと尾張で使った薬や、食料の費用を賄えるかもしれない。


 信秀さんに報告をあげておこう。


「それにしても津島神社と熱田神社は、本当によく協力してくれますね。他は早くも祈祷の成果だと言って騒いでる人たちも居るのに」


「今騒いでる者たちは褒美が欲しいのですよ。いつもそうです。流行り病の被害が少ないと、自分たちの成果だと言いますから」


 それと協力してくれてる寺社に関しては、インフルエンザを抑え込めてることに対して、自分たちの祈祷の成果でもあるのだと騒いでる人たちが出てきている。


 尾張国内だと津島神社と熱田神社は織田家との関係を重視して、真っ先に協力してくれたしね。寺の方も沢彦さんのおかげで協力してくれた。


 ただ、あの人。祈祷も医術の治療も両方やればいいって寺を説得したみたいで、一部の寺が上手くいったのは主に祈祷の成果だと騒いでるみたいなんだよね。


 まあウチの治療を否定しないなら、好きに騒いでもいいけど。


 さすがに津島神社と熱田神社ほどになると、露骨に騒いではいない。年末も近いし少し銭でも寄進しておくべきかね。


「問題は三河なんですよね」


「あそこは今でも松平に近い者も居ます故に。本證寺などは武家の介入を嫌いますしな」


 尾張と美濃の大垣も比較的順調だ。残る問題は三河なんだよなぁ。あんまり対策が進んでない。


 信秀さんに進言してパメラとセレスを送ったけど、信秀さんったら心配して勝家さんと八百の兵まで付けたし。


 補給だけは切らさないように、鳴海の山口さんとか知多半島の水野さんに頼んだけど。


 本当三河は損切りして捨てたい気分。でも尾張の安全を考えると安祥城は捨てられないよね。


 難しいね。本当。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る