第31話・清酒造りと医療問題

side・久遠一馬


 秋も深まる頃になると、津島の屋敷ではいよいよ、改築された酒蔵で酒造りを始めることにした。


 当面はウチのアンドロイドが指導をしつつ、人を育てながらの酒造りになる。


 最初から、未来のような洗練されたお酒ができるわけじゃない。でも未来の知識と積み重ねた技術から、この時代でも可能なやり方で作っていけばいいはずだ。


 ああ、酒造りにも関連するけど、津島にも久遠家専用の水車小屋を造ることにした。酒造りの精米にも水車を使いたいし、小麦や大豆に蕎麦の製粉と使い道はいくらでもある。


 とはいえ、最初の酒造りの精米は、臼と杵に石臼を使う人力による精米になるけど。那古野の工事も堀や堤防が終わり人を減らしたので、こっちで人を集めて人海戦術での精米だ。




「ケンカじゃないよ。しっかり構えな」


 それと、うちの家臣と滝川一族の若い男子に加えて信長さんの悪友のみなさんには、ジュリアとセレスによる武術指導もしている。


 まあどちらかと言えば、軍の兵士でも鍛えてるような風景だけど。


 この時代の人はみんな体力があるけど、いかんせん栄養状態が良くない。なので訓練では食事を出して栄養を取らせてる。


 この時代で一般的な玄米と雑穀を混ぜたご飯を主食に、おかずは肉や魚に野菜に卵などを栄養を考えながら出してるよ。


 肉や卵は抵抗があるのかと話を聞いてみたけど、食べられるなら何でもいいという意見が大半だったんだよね。


 必然的にこの時代にしては豪華なおかずが出るので、みんなの評判はすごくいい。


「何も若様まで参加しなくても。ちゃんとした師が居るんでしょう?」


「構わん。いい物は取り入れるべきだ」


 ジュリアとセレスの訓練は、この時代の武術に未来の戦闘術を混ぜて教えてるから珍しいらしく、信長さんまで暇な時は自ら参加してる。


 最初は女に命じられて訓練するのに抵抗があったり、意味があるのかと不満そうな人も居たけど。信長さんが自ら参加すると、誰も文句を言えなくなったみたい。


 それに、模擬試合をやると、ジュリアもセレスも普通に相手を叩きのめしちゃうからね。余計に何も言えなくなったように見える。


 まあ大半は食事を目当てに来ていて、珍しい料理をお腹いっぱい食べられるから文句ないみたいだけどね。




「これはご飯のあとに飲む薬。ちゃんと飲むこと」


「お大事に~!」


 一方、ケティと先日の工事の際に呼び寄せた医療型アンドロイドのパメラは、風邪で高熱を出したから診てほしいと駆け込んできた農民の子供を診察してる。


 パメラはブロンドヘアでツインテールの髪型に、明るい性格と、ちょっと魔法少女にでもなりそうなほっそりした容姿の、中学生くらいの女の子だ。


 二人は工業村と牧場の工事で医者だと知られたせいか、最近は助けを求めて病人が来るようになった。


「柿か。渋柿かな?」


「薬代に持ってきた」


「薬代は要らないって言ったんだよ? でも、申し訳ないからって柿を置いていったわ」


 病人は来てるけど裕福じゃない人も多くて、米や野菜なんかを薬代にならないかと持ってくる人が結構居る。


 駄目だと言われたら諦めるつもりのようだけど、藁にもすがるといった様子で頭を下げて頼まれると嫌とは言えない。


 結局診察して治療したり薬を出したりしてるけど、裕福じゃない人からはお代はいいからと断って無料で診てる。


 それなりの商人とか武士の人からは、相手が薬代を出すなら受け取っているけどね。基本的にこちらからお代を催促したり、いくら払えとは言っていないみたい。


 渋柿を持ってきた人もあまり裕福には見えなかったし、お代はいいからと断ったみたいだけど、感謝して置いていったらしい。


「医者の問題も、何か考えないとダメかもしれない」


 貰った渋柿で干し柿を作りながら、庭で訓練する人たちを眺めてると、しばらく無言だったケティが医療問題について口を開いた。


 食べる物にあまり困らない尾張でさえ農民の栄養状態は良くないし、この時代の医療事情は、漢方という言葉は知っている人もいるみたいだけど、きちんとした漢方の知識を持った医者なんてオレたちは見たことない。


 確か戦国時代にも有名な医者が居たはずだし、その人とかは凄いんだろう。でも尾張なんかだと、清洲に居る高い銭を取る医者以外は、自称医者みたいな人しか居ないらしい。


 お坊さんなんかの方が知識があるから、頼りにされてるようだしね。確かに何とかしないとダメかも。


「医者の問題ですか。難しいですね。食料事情や衛生事情と合わせて考えるべきかと思います」


 渋柿を軒先に吊るすと、縁側で麦茶を運んできたエルを交えて、医療問題のことを考える。でも誰が考えても簡単な問題じゃないね。


 オレたちも、助けを求めてきた人達を診てやり助けるくらいはできるけど。根本的に改善するには、エルが言うように食料と衛生の問題と一緒に考える必要があるか。


「八郎殿。どう思います?」


「殿、某のことは呼び捨てにして下され。医者に関して言わせていただきますると、そもそも医者に診てもらえるのは、限られた身分の者だけでございます。普通、貧しい農民など診る医者などおりませぬ。恥ずかしながら某も医者に診ていただいたのは、奥方様が初めてでして」


 どうしようかなと考えつつ横に控えていた滝川資清さん、通称が八郎というらしく八郎様と呼ばれていたので、オレもその名で呼んでる。


 彼に意見を聞いたら、根本的な認識というか価値観の違いが露となった。


 ああ、滝川一族と郎党のみんなには、ウチに来た翌日にケティとパメラが健康診断をしてる。何人かは病気にかかっていたから、治療したり薬を飲ませてるところだ。


 一人だけ癌のお年寄りが居たらしいけど、この時代ですぐに治療するには難しい癌だったので、ナノマシンでこっそり治したらしい。


 その人は痛みが無くなったと喜んで元気に働いてる。


 結果として、初日の食事とかその健康診断のせいで滝川さんたちの忠誠が凄くて、オレはちょっとビビってるけど。


 下級の武家とはいえ、うちの家臣になった人で雇う前から武家だったのは滝川さんたちだけなので、いろいろ助かってる。


 資清さんの奥さんなんかは、女中として雇った人たちの教育も買って出てくれたから、最低限の礼儀作法を頼んである。


 あんまり厳しくしなくていいとは言ったけど、女中には女中の仕事や他家の女中との兼ね合いもあるから、覚えなきゃならないことはあるらしい。


「将来を見据えると、医者を今から育てないと駄目だよなぁ」


「適性が有りそうな人を選んでみる」


 医者の問題から少し話が逸れたが、時間のかかる人材の育成は早めに手を付けなきゃ駄目だろう。


 とりあえずは、また信長さんの悪友のワルガキから候補を選ぶしかないか。


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