第30話・美濃と次なる計画

side・斎藤道三


「織田は那古野城下の二ヶ所にて、堀を掘って何かを建てておりますな」


「砦か?」


「いえ、那古野城より織田領寄りです。場所的に砦を建てる意味などありませぬ。城を移すような場所でもございません。何を建てておるのやら、見当も付きませぬ」


 信秀め。らしくないの。いったい何を考えておるのだ。


 美濃に攻めてくる素振りを見せたくせに、攻めてこぬばかりか、理解できぬことを始めようとは思わなんだ。


「那古野より大垣が問題かと。信秀は兵糧や銭を送り備えをせよと命じております」


「虎が守りを固めるか? らしくないの」


「周囲の国人衆にも同様ですな」


 何を考えておるのだ? あの男は守勢に回る男ではない。 体調でもわるいのか?


 それにしても、困ったことをしてくれる。


 本音では、誰もワシには頭を下げたくなどないのだ。奴が攻めてくるからこそ、美濃国内は大人しいのに。


「銭の元は南蛮船か」


「恐らくはそうかと。商人の話では、月に何度も来ておるとか。美濃にも例の金色酒ばかりか、椎茸や鮭に砂糖なども入ってきております」


「いったい誰がそのような物を買うのだ?」


「みな買うております。金色酒も鮭も椎茸も安いのです。正月まで保存もできます故に」


 妙じゃな。何故高価な物を、敵国に安く売るのだ?


 それに安いと言うても、対価は銭か米であろう? いつ信秀が攻めてくるか分からぬ時に、銭や兵糧を減らしてまでそのような物を買うとは愚かよの。


 まさか、狙いはそれか?


 いや。米はその気になれば他から買える。わざわざ高価な物を安く売る意味などない。


 分からぬ。分からぬが気味が悪い。


「殿。大垣を攻めましょうぞ!」


「たわけ。信秀が何をしておるのかも分からぬのに動けぬわ」


 まるで誰かの策に嵌まったような、そんな気もする。


 迂闊に動くべきではないな。織田は当面は様子見だ。




side・久遠一馬


「本当に儲けを捨てたような値で売ったのだな」


「まずは、金色酒の味を覚えてもらわねばなりませんからね。回収などいつでもできますよ」


 この日オレは、エルと資清さんと古渡城に来ている。


 滝川さんたちを召し抱えた報告に来たんだけど、ここで意外な事実が判明した。池田恒興こと勝三郎さんの親父さんが、滝川一族の人だったらしい。


 オレはあんまり詳しく聞かなかったから、知らなかったんだけどね。


 そもそも池田家は、勝三郎さんの親父さんはすでに亡くなってて、勝三郎さんが家を継いでる。


 それにお母さんは信長さんの乳母だって言うんだから、滝川さんも全く縁もゆかりもないわけじゃなかったんだ。一族あげて尾張に来てもおかしくないわけだね。


「少し惜しい気もするな」


「山城守様はどう考えますかね? 安く売るほどあると単純に考えずに、何故安くしたのかと深読みしてくれるといいんですけど」


「深読みするであろう。蝮は策を講じるのが好きだからな。考えれば考えるほど、慎重になるであろう。そなたたちの策は上手くいきそうだな」


 まあ、滝川さんの血縁はともかくとして。話は美濃での工作の話となった。


 現状では大垣を守る前提で考えている。美濃国内にうちの商品を売り込み販路を広げて、基本的には今川と同じで酒と嗜好品を売り米や銭を得るだけだ。


 ただし、美濃は今川ほど領国が安定もしてないし、米の値もさほど安くない。なのでこちらからは酒と嗜好品を出して、銭や米と交換してる感じになってるけど。


 でも戦の役に立たない酒と嗜好品ならば脅威にならないし、大垣を守るためには有効だろう。


 ついでに、道三がオレたちの動きを警戒して大人しくしてくれるとラッキーなんだよね。


 那古野の工事現場のことも探ってるみたいだから、こちらから更なる情報を与えて迷わせたいところだ。




「この木がいいですね」


「ふむ。こんな木がいいのか」


「この木は周りの木が大きくなるには、伐った方がいいです」


 信秀さんに挨拶に行った翌日。オレはエルたちみんなと一益さんと、信長さんとお供のみんなと一緒に、少し遠出して尾張の山に来ていた。


 総勢三十人以上の大人数になっちゃったけど、立場上仕方ないんだろうね。


 今日の目的は山の視察だ。季節的にきのこ狩りもしてるけど、山の状態を見て間伐と植林の計画も早めに必要だろうからさ。


 植林は昔から畿内ではしてたみたいだけど、今後のことを考えると足りない。


 人が入らない原生林なら、自然に任せてもいいんだと思うけど。中途半端に人が入るなら管理して木を育てないとね。史実でも江戸時代の頃には苦労したみたいだし。


「伐った木は那古野に運びましょうか」


「椎茸か。本当にできるのか?」


「まあ、多分大丈夫ですよ」


 間伐した木は那古野の牧場予定地に運ぶことにしてる。


 杉などの針葉樹は牧場建設に使って、広葉樹は数ヵ月乾燥させて椎茸の原木栽培をするつもりだ。


 原木栽培するだけなら、わざわざ那古野に持っていかなくてもいいんだけど、山に置いておくと人が入って薪代わりに持っていかれそうなんだよね。


 さすがの信長さんも今回は少し半信半疑みたいだ。


「いずれは椎茸栽培と木を育てるための、村を作るべきかと思います」


「山の中に村をか? 米は作れんと思うが」


「養蚕もできますよ。米を作らなくとも採算は取れます」


 この時代の人って、とりあえず米を作りたがるよね。


 信長さんですらそうなんだから、他は考えるまでもないだろう。


 山間部では林業と椎茸栽培と養蚕で、当分は採算が取れるはずなんだよね。米も、自分たちで食べる分くらいは作ってもいいと思うけど。ぶっちゃけ、他のお金になる作物を植えた方がいいだろう。


 例によって詳しい説明はエルがしてくれてるから、オレは他のみんなと一緒にきのこを取りながら話を聞いてる。


 この時代にも山で生活してる猟師の人とか居るし、地元の領主は山も領有してる場合があるから簡単じゃない。


 まあ未来のように細かい地図があるわけじゃないし、だいたいここは誰彼の山だとかそんな感じなんだろうけどさ。


 基本的にこの時代の統治は、土地を与えて治めさせることで成り立ってる。


 そもそも鎌倉幕府も室町幕府も、中央集権とは言えないからな。中央集権政府を作るのは苦労しそうだ。


「とすると場所が問題か」


「秘密を守るためにも、直轄地として行うべきかと思います」


 オレたちの山村計画に、信長さんは少し悩むように考え始めた。


 ぶっちゃけ信長さんって、あんまり家臣を信用してないんだよね。政秀さんとか勝三郎さんたちは別だけど。うつけだと陰口を叩いてた人たちは信用してないみたい。


 まだ子供とも言える歳だし、清濁併せ飲むのはまだ無理か。


 現実問題として山村は、色々隠したままオレたちが管理するには少し遠いからね。任せることができる人が欲しいんだけど。


 技術ばっかりあっても、なかなかうまくいかないね。


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