第29話・滝川一族あらわる

side・滝川資清


 彦右衛門から文が来た。


 便りがないので案じていたが、尾張で仕官できたのか。良かった。本当に良かったわい。


 しかも禄が百貫とは驚きだ。そのうえ、仕える主は南蛮船を複数持つ御方だと書かれておるが、南蛮船とは堺に来ると噂の異国の船のことか?


 人を幾人でもいいので寄越してほしいとあるが、確かに百貫も頂いたのに小者の一人も居ないのでは、恥をかくであろうな。


 さて、誰を送るか。我が家は所領はあるが、食うのが精一杯の土豪でしかない。


 一帯を治める六角家は由緒ある家柄で実力もあるが、我が家のような直臣でもない、小さな土豪の生活は簡単に変わるはずもない。


 彦右衛門も表向き追い出したことにしたが、実際には出たがったのは彦右衛門の方なのだ。


 少しでもいい生活ができるならば、行きたい者は居るであろう。


 だが気になるのは、一族郎党でもいいと書かれてることだ。


 なんでも、仕える主は尾張の者ではないが、厚遇されてるらしく、人を集めていると書かれているのだが。


 具体的に何人欲しいのか確認すべきだな。尾張は豊かだと聞く。もし本当に一族郎党でもいいなら、考えてもいいかもしれぬ。




side・久遠一馬


 秋も深まったこの日。工事現場から那古野の屋敷に戻ると、見慣れぬ団体さんが屋敷で待っていた。


 お年寄りからまだ乳飲み子まで居る団体さん。全部で百人以上は居るな。


「某、滝川資清と申します。近江の甲賀郡から参りました。久遠様の御尊顔を拝謁する機会を頂きまして、まことに恐悦至極に存じます」


 そろそろ来る頃だったから、到着したら屋敷に上げて休んでもらうように言っといたんだよね。


「よく来てくれました。ウチに仕官してくれるんですよね?」


「はっ。宜しくお願い致しまする」


「歓迎します。細かい話は後にして、今日はゆっくり休んでください。食事の用意をしてますから」


 彼らについては、一益さんが実家と数回ほど文のやり取りをした結果、一族郎党で尾張に来ることになった。


 もちろん一益さんからは事前に相談されたんで、全員受け入れることにして支度金も出した。


 一人で何でもやれるはずはない。史実の一益さんだって、きっと一族郎党呼んだんだと思う。彼らは史実の織田四天王の活躍を支えた人たちなんだろうし、大いに期待してる。


「殿、もう一人来ました」


「もう一人?」


「こら! 慶次郎! 貴様それは何だ!!」


「猪ですよ。南蛮の者は肉が好きだとか。土産に良いかと狩ってきました」


 一族の代表者である資清さんも他のみんなも、オレが歓迎したからかホッとした表情をしたけど。身の丈ほどある大きな猪を担いだ、体格のいいワルガキが屋敷に来ると表情を一変させた。


 うん。ちょっと待って。今、慶次って言った?


「どちらさんで?」


「申し訳ありませぬ。某の甥の慶次郎にございまする」


 滝川の慶次郎って、まさか前田慶次か!?


「美味しそう。貰っていいの?」


「もちろんでござる」


「じゃ、解体するから手伝って」


「お任せを」


 傾奇者の前田慶次だよ。滝川一族の扱いは、傾奇者ってより変人扱いな気もするけど。


 一族のみんなが顔色を青くしてるのを見て、少し楽しげにも見える表情を見せた若き慶次は、猪を担いだままケティに連れられて台所に行っちゃった。


 一益さんは怒ったけど、滝川さんたちを出迎えるために同席してたジュリアは人目も気にせず大笑いしてるし。エルたちもクスクスと笑ってるよ。


「本当に申し訳ありませぬ。後できつく言っておきます」


「怒らなくていいよ。面白いじゃないの。若様が好きそうな手合いだし。他のみなさんも、そんなに畏まらなくていいから」


 この時代だと本当、異端なんだろうね。へそ曲がりとも言えそうだけど。


「面白いね。鍛えてやるよ」


「ジュリア。程ほどにな」


 一益さんとか他の滝川さんたちは、理解できないと言いたげな表情をしてる。でも前田慶次は傾奇者でないと面白くない。


 ジュリアなんか、某漫画みたいに強くしてやろうって考えてるようだし楽しみだ。




 滝川さんたちの家はすでに用意してる。主に那古野城下で、屋敷や一部は長屋になるけどね。


 ただ、今日はウチに泊まってもらおう。さすがにちょっと狭いけど、美味しいご飯とお風呂で旅の疲れを取ってもらいたい。


 布団はさすがに人数分ないし大半が雑魚寝になるけど、旅の途中は大抵そんな感じだから大丈夫みたい。


 まあこの人数をもてなすのは大変だけどね。テーブルはこの人数には対応できないし食器も足りないから、食器とお膳とかは那古野城から借りてきた。


「米だ。白い米だ」


「何の魚だろう?」


 お風呂は入るのに時間がかかるから、先に夕食にしよう。


 夕食は白米のご飯に焼き鮭と、この時期出回ってる新鮮なきのこと高野豆腐の煮物に漬物と味噌汁だ。


「それは鮭だ」


「こっ、これが鮭なのか!?」


「初めて見た」


「皆さん冷めないうちにどうぞ。お代わりはたくさんありますから」


 滝川さんたちは真っ白いご飯に驚き、誰も見たことが無かったらしい鮭を一益さんに教えてもらい更に固まってる。


 鮭は漁業で獲ってるから、ウチにいっぱいあるんだよね。


 この時代だと身分や立場で違いがあるみたいだけど、今日はみんなお客さんだから、滝川さんの郎党の人たちにもみんな同じ料理を出してる。


「ほう。これが鮭ですか。なんと美味い」


 身分の低い人たちは食べていいのかと、一益さんや資清さんをチラチラと見てるけど、オレとエルたち以外で真っ先に箸を付けたのはやはり慶次だった。


 豪快に鮭にかぶりつくと、白いご飯を掻き込むようにして食べて、満面の笑みを見せてくれた。やっぱり慶次は面白い。


「ありがたや、ありがたや」


「いい冥土の土産になる」


 まあ、慶次はいいんだ。端に座ってる郎党のお爺ちゃんとお婆ちゃん、拝んでないで食べなさい。冥土の土産なんて言わなくていいから。


 飽きるまで毎日食べさせたらどうなるのか、見てみたい気もするね。


「お代わりをお願い致す」


「フフフ。食べないと慶次に全部食べられそうだね」


 最初にお代わりをしたのもやはり慶次で、そんな慶次の様子に、半ば遠慮して食べてなかった人たちが触発された。ジュリアが煽ったのもあるけど。


 女中のみんながお代わりをあちこちに運んでと、忙しく働いてくれるおかげで、エルたちもゆっくり食べられるんだよね。


 もちろん彼女たちにも、あとで同じ料理を食べられるようにしてる。余り物なんて可哀想なことはしないよ。


 食後は蜂蜜酒を振る舞って、お風呂に入ってもらう。


 でも、疲れてたんだろうね。ほとんどの人は、お風呂からあがると早めに寝ちゃった。

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