第28話・工事現場の日々

side・久遠一馬


 何事もやってみるもんだね。土木工事に参加して十日ほどになるけど、おかげで打ち解けて話せる人が増えた。


 今までは大橋さんや商人の人たちとか信長さんの悪友の皆さん以外は、オレを少し怖がるような人も居た。それが、一緒に作業をしてると反応が良くなった。


 よく考えたらガレオン船を持って、見たこともない外国人連れてるオレって、一般の領民からしたら未知の怖い存在だったのかも。


「ありがとうございます」


「二日はそのままにして」


 そして数日前には工事現場に付き物の怪我を治療する救護所を作ったら、これがまた評判がいい。


 織田家の陣幕と天幕を借りて即席のテントを作り、救護所にして無料で治療している。


 織田家の評判も上がるし、オレたちも領民と打ち解けて一石二鳥だね。




「あの南蛮漆喰は凄いな」


「遙か西の、今は滅んだ国にあった物らしいですよ」


 あと川辺のところは治水の実験と職人の反応を見ることも兼ねて、一部をローマン・コンクリートで補強している。怖いのは水害と地震だからね。


 見た目から南蛮漆喰なんて呼び方が定着化しつつあるけど。


 機密保持のために、材料の内訳は今のところ職人にも秘密にしてる。


 治水は特に日本列島の課題の一つだからね。


 ただ、治水をするなら、史実を参考に河川の流れを一部変えるべき場所もあるし、遊水地とかため池の設置に堤防造りとか、単純にコンクリートで補強していればいいわけでもない。


 まあ大々的にコンクリートを使うなら、将来的にはセメントを使った方が効率は良さげな気も。


「若。少し妙な連中がうろついてますな」


「どこの間者だ?」


「清洲の者は分かりますが、他は分かりませぬな」


 今回はせっかくなんで、多少失敗してもいいからと、職人の練習と実験を兼ねてこの時代でもできる新技術を少し使ってみている。


 でも、大規模な工事をしてると当然他から注目を集めるようで、周囲に間者、いわゆるスパイが来てるらしい。


「大方、城造りだと勘違いしておるのだろうが……」


「見ただけで真似できる物ではありませんよ」


 この時代に大規模な堀を掘るのは、城造りとか寺社造りくらいしかないんだろう。織田家がやるなら城造りだと勘違いして探りに来てるみたい。


 オレには分からないけど、政秀さんが目星を付けた者が居るようだ。


「では適当に追い払っておきまする」


 明確なスパイとして敷地内に侵入でもすれば斬り捨ててもいいのかもしれないけど、現場の周囲には見物人や物売りに娼婦なんかが集まってるんだよね。


 先日の泥棒の時もそうだったけど、地元の人とそうでない人は見分けがつくみたいで、素性を確認して更に怪しげなら捕まえるか追い払うかのどっちかなんだろう。


「物騒ですね。おかげでウチも人が増える一方で」


「お前たちは少なすぎだ」


 ああ。女中は十人ほど雇った。


 あれ実は妾として勧められてたみたいだけど、妾じゃなくてエルたちの付き人と屋敷の雑用に雇ってる。


 妾は要らないよ。百二十人も妻ができたのに。


 エルたちの場合は普通の商家や武家の奥さんと違い、今みたいにオレや信長さんと出掛けて現場で仕事とかするからね。


 外出時には一人に対して二人の男性の護衛と、女性一人の付き人を付けることにした。


 雇ったのは商家から妾でなくてもいいならと紹介してもらった人と、ウチで雇った信長さんの悪友の家族や親戚の後家さんだ。


 エルたちも形式的には武家の嫁になるから、侍女とまではいかなくてもお付きの女性の一人は必要みたいなんだよね。


 今のところ織田家家中との付き合いはないけど、今後は少しずつ付き合いも出てくるだろうし。


 尾張に来た頃は、オレとエルたちだけで散歩したり釣りしたりしてたんだけどな。正直なところ、常に人が周囲に居ることにはまだ慣れない。




side・滝川一益


「それにしても馬や牛を育てるとは……」


「うふふ。いい牛馬はいい子を産みやすいの。それに多くの子を残した方がいいのは、人も牛馬も同じよ」


 ワシは尾張郊外の荒れ地に来ている。メルティ様・セレス様・パメラ様という殿の奥方様のお三方の供として。


 形式としては織田の大殿様による賦役だが、実際には殿たちが南蛮の知恵で新しく牛馬を育てる場所を作っておる。


 集められた者たちは詳しく知らされていないので、砦でも作っているのだと考えてるようだがな。


「はーい、おしまい。今日は無理しちゃダメよ? この人には、簡単な作業をさせるようにしてあげて」


「はっ」


 それにしても殿の奥方様は変わった御方ばかりだ。


 今日お供をしているお三方も見ているだけのメルティ様に自ら領民を指揮するセレス様。それと医術にて怪我人を診ているパメラ様と、それぞれ自由になされておる。


 現場の差配は平手様の家中の者がされておるが、具体的な計画は奥方様たちがしておるのも、他ならばあり得ぬことだ。


 南蛮では女が差配するのは、よくあることなのだろうか?


「お主ら、何処の者だ?」


 それはいいとして気になるのは、物珍しさから奥方様たちを見に来る者たちが集まってくることか。


 まあ珍しいことではないのだがな。他国の軍が来たりしても見物に集まる者は居るし、戦の見物に集まる者も居るほどだ。


 だが、明らかに近くの農民ではない、他国の者が混じっているのは問題だ。


 手荒な真似はするなと言われておるので深追いはせぬが、十中八九は何処かの間者であろう。


 正体を確かめるにしても、ワシ一人ではどうにもならぬな。


「今の人たちは今川かしらね」


「お分かりになるのですか?」


「少しだけあっちの人の訛りがあったわ」


「報告をしておきまする」


 怪しげな者は追い払って終わったが、相手の正体は意外に早く分かった。メルティ様が間者の言葉から、駿河訛りを感じたらしい。


 現場を差配する平手様の家中の方に報告をしておくか。


 特に急がねばならぬ話ではないが、今川の間者がすでに那古野近辺をうろついてるのはいいことではない。


 久遠家は人が足りずにツテを使い雇ってはいるものの、言い方は良くないかもしれぬが、農民の子ばかりでは少し心許ないな。


 ワシの文を見て、益氏だけでも来てくれると助かるのだが。


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